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2016年10月 4日 (火)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」9/30 テーマは「オタク」 ワールドメイトブログ

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「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2016年9月30日
テーマは「オタク」です。


こんばんは、深見東州です。
毎週金曜のこの時間、30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話ししましょう。
テーマは「オタク」です。
元々はオタクというと、相手を指す言葉であったり、相手の家を指していた言葉ですが、1970年代に趣味や好み、それも強い趣味などを持つ人を指す言葉になりましたねえ。中森明菜じゃなくって・・・。

「中森明夫」(東海林さん)

中森明夫という人がね、「オタクはどういう趣味で」「私は、イヤ・・・」

「あなたは」とか「お前は」とか「キミは」とかいわずに、みんなそういう人は「オタクはどうなんですか」。そういう人たちはどういうわけか「オタクはどうなんですか」ということが多いので、中森明夫という人が、「オタク」というふうに命名したんですね。

いまはもう、オタッキーだとかね。オタクというのが世界に通じる言葉になってきました。秋葉原のオタク文化というのか。

それから、ご託宣を投げる。ご託とオタクって。オタクはご託を並べてましたって。

「クイズは3択」(東海林さん)

どれにしたらいいですかっていって、3択を選ばされて苦しんだサンタクロースってね(笑)。

まあ、そういうことでですね。オタクが世界の言葉になりましたよね。今日はオタクについてお話ししましょうね。

今日という日が終る時間までおつき合いくださいませ。

(CM)

えー、僕はオタクなのかどうなのか。オタクは日本発の文化といってもいいかもしれません。タランティーノというのもなんか、ビデオオタクだよね(笑)。

それが、ああいう監督になっちゃったんで、徹底的に趣味に没頭する人っていうのは、オタッキーなんていうけども、オタッキーとか、オタッカーとか、いいんじゃないかと思うんだけどね。

お便りを紹介しましょうか。

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ラジオネーム:ザボーン
鹿児島県、30代、女性、会社員

東州さん、私、柑橘類が大好きなんです。(「私もそうです」(東州さん))
すでにスーパーでは、ハウスもののミカンが売ってますけど、まだまだ高いです。
最近は、果物も季節感がなく一年中売ってますね。
季節感ってやはり大事だと思うんですけど、東州さんはどう思いますか。
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いやーね、大事ですよ。
でも、年中食べたいなあと思うんですけど。

「何をですか」(東海林さん)

あらゆるもの(笑)。やっぱりね、英語でいえば旬というのは、イン シーズンというのね。

「旬以外は、オフ シーズンなんですか、やっぱり」(東海林さん)

そうですね(笑)。ミカンが旬だねっていうのは、Mikan is in season っていうんだけどね。

「ミカンは、ミカンなんですよね、たぶんね」(東海林さん)

ミカンは、マンダリンですね。

「あと、主に英国で用いられる、ア サツマ オレンジとかって」(東海林さん)

サツマ オレンジってもろだな。サツマのオレンジで。

「サツマって鹿児島ですよね」(東海林さん)

僕はね、ザボンの中でもとにかく、巨大なるザボンが熊本で採れますね。バンペイユって。なかなか熟するのに時間がかかるので。バンペイユっていうのは、ばかでっかいんですよね。ものすごいでかいです。

「直径で何センチくらい?」(東海林さん)

そうですね、ディレクターの頭ぐらいの大きさ。

「50センチ」(ディレクター)

「50センチもあったら大変じゃないですか(笑)」(東海林さん)

50センチもあるわけないでしょう。人間の頭ぐらいありますよ。えー、と思って食べてみたら、わりと、すごい美味しくて。

「皮は厚いんですか」(東海林さん)

分厚いです。日向みかんみたいに、白いところがたくさんフワフワしてまして。

「白いところが甘いらしいですよね」(東海林さん)

日向みかんはね。それで、僕はいっぱいハチミツづけしてね、3日ぐらい食べましたね。ものすごく美味しくて。それでこの柑橘類、とくにザボンの親玉のバンペイユ。おそらく一番でかい果物かもしれませんけど、バンペイユが大好きになりまして、それでバンペイユという曲を作ったんですよね。

(CM)

後半もメールをご紹介いたしましょう。

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ラジオネーム:イトキンさん
北海道、30代、男性、

深見東州さん、こんばんは。
因果応報という仏教用語がありますが、本当でしょうか。
自分は昔ある人を大事にしたら、その後人が何故か大事にされたということがありました。
今はちょっと大変な生活をしていますが、「愛燦燦」(あいさんさん)の歌詞のように、過去にしてきたよいことが人生にあらわれてきたらよいなと、漠然と未来に期待しています。

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うん、なるほどね。
因果応報ということは、仏教用語にあります。因果応報という言葉と同じく、天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)という言葉がある。

天の網は見てないようにみえてても、疎のようにみえても、一人も漏れることなく、因果応報と天地の法則に基づいて生きているんだと。

実は因果応報の因果律というのは、日本の歴史でいうとですね、仏教にあるんですけど、これを盛んに民衆教化のために、因果応報の説をいったのが行基菩薩。

聖徳太子が亡くなったのが622年。無事に越えたよヘジラ遷都の年ね。その14年後に生まれたんで、636年に生まれたんです、役小角さん。

役小角の開いたのが、大峯山、富士山、全国66州に天の通い路(あめのかよいじ)を作ったんですね。宇宙空間、天空から降りてくる目に見えない通い路を作って、それを修験道の霊場としたわけです。

だから、箱根修験道だとか、富士修験道だとか、大峰山をね、全国66州開いたといわれているんですけど、拠点は、奈良の大峰山です。

そこでですね、ずうっと行基菩薩が、天平時代ですね700何年、巡って修業したそれが、日本霊異記という物語の中の聖人はみな行基菩薩のことをいっている。

行基菩薩というのは、6000人ぐらいの人達を引き連れて、信奉者が多くて、治水灌漑事業をしたり、飢えてる人に食べ物をあげたりして、橋をなおしたり、家をなおしたりして、民衆のために大いに活動した人で。

その時の仏教というのが、坊さんというのが野山をふらふらせずに、人々の生活の中にいなけらばいけないと。

本来、仏教というものは、諸行無常、諸法無我、涅槃寂静。世の中は変わり続ける、これ諸行無常。諸法無我、人間の肉体もこの世のすべての存在は実態がない、やがて消えていく。そんなものに執着せずに、此の岸から彼の岸へ渡れと。ニルバーナ、又の名を涅槃。
涅槃といっても二つ意味がありまして、禅とかっていうのは、顕在意識をパアッと開いた悟りの世界っていうのがニルバーナ。死んだらそのまま極楽へ行く、これもニルバーナ。
二つの意味がありますけども、それが仏教の本質なんで。この世のものは一切執着しちゃいけないわけですよ。

というようなことでですね、民衆を引き連れた行基菩薩が弾圧されていたんですね。

話は長くなるけれども、聖徳太子さんが本来出家思想である仏教を日本流に定着させた。それは日本の神道とか古来からある日本の習慣に根ざすために三つのお経を選んだ。

それが、法華経、勝鬘経(しょうまんきょう)、維摩経(ゆいまきょう)です。法華経というのは、この現実界を理想の世の中にするという、これが法華経だけ。あとは勝鬘経は、女性も仏教では不浄なるもの救われないといわれていたんだけど、女性も救われますよと。だって、推古天皇は女性なのに。本来の仏教からいえば推古天皇は救われないかと思うじゃないですか。いや、勝鬘夫人のために説かれた、女性も救われますよっていうのが勝鬘経。

次に、維摩経というのは、維摩という在家の人でですね、色街に通ったりする在家のおっちゃんだったのが、悟りを開いて、お釈迦さんの10大弟子を次々次々と、阿難尊者だとか、目連尊者(もくれんそんじゃ)だとか、次々次々と論破して、10大弟子全部論破して、最後は文殊菩薩とやり合ったら、お互い五分五分だったと。勝負つかなかったと。

ということで、「維摩の沈黙雷のごとし」って、お互いがグッと黙っているんだけど、黙っている維摩居士の沈黙は雷の如きものだという。文殊菩薩だったら、五分五分だったと、勝敗つかなかったという。

このように出家の弟子よりも、在家の維摩のほうが偉かったと。打ち負かしたというお経が維摩経です。

聖徳太子は、その三つを選んでですね、在家の仏教のあり方を説かれた。そして、女性も救われる、現実界も理想郷になるというのは、本当に日本の神道の日本古来からのあり方に根ざすようにもってきた。

あとは、灌仏会、4月8日のお釈迦様の誕生日。これ聖徳太子が定めた。それから盂蘭盆会の説で、親孝行の子供が、母親が地獄に落ちて苦しんでいるのを助けたという盂蘭盆会の説を。

そのときお正月は、冬と夏、両方あったんですね。ユダヤ教と全く同じです。夏のほうを先祖崇拝と結びつけて、仏教が日本社会に根ざすようにしたんです。冬のほうは神道の昔のまま。

「だから、夏はお墓参りに行ったりするんですね」(東海林さん)

お墓っていうのも本来仏教じゃないんです。あれは儒教なんですね。位牌もお墓も仏教にはない。そういうようなものは絶対執着心になるから。

先祖崇拝も執着心。仏教には先祖崇拝もなければ、お墓もなければ、位牌もない。お墓と位牌は儒教のものなんでね。先祖崇拝は日本古来のもの。ユダヤ教もそうです。

そこに結びつけて、仏教が日本流に定着した。それを聖徳太子がしたんですね。その聖徳太子がやった14年後に役行者が訪れて。

だから、坊さんフラフラするなと。人間のいる生活の所にいなきゃいかんということで。弾圧されていたんだ。

ところが、聖武天皇のときに、日本の国が飢饉が続き、天変地変が続くのに、これはやっぱり鎮護国家、仏さまの力によって、日本の国を安泰にしてもらおうということで、聖武天皇が発願し、光明皇后もやってですね、奈良の大仏を造った。

大仏建立の折、その当時の人たちは真剣に、天変地変をなくし、飢饉をなくすためには、仏さまの力がいるというふうに、国家事業として仏さまを造ったわけです。これが、鎮護国家の思想ですね。

奈良の大仏に誰が開眼供養するかというときに、やっぱり弾圧しておったシャーマンの行基菩薩に頼もうということで、弾圧したのを許して、6000人ぐらいの人たちがいて。

行基菩薩が命をかけて天皇の思し召しに、鎮護国家のお国のためにということで、あそこ猿田彦さんを祀っているところですが、二見ヶ浦の夫婦岩のちょっと近いところで、ずうっと、命懸けで祈り修業して、大仏開眼供養の前日ぐらいに亡くなったんですよ。

だから、命に替えて行基菩薩が奈良の大仏の開眼供養の魂を込めた。実際はインドの坊さんが奈良の大仏の開眼供養をしたんですけど、聖武天皇は行基に頼んだんです。それだけの民衆を教化するシャーマンだったからね。

その行基菩薩はなにかというと、この因果の法則を説いたわけです。あなたがこのように苦しむのは、前世にこのような悪因縁を積んでいるからこんなわけあって。自分の運命を嘆いちゃいかん、不幸を嘆いちゃいかん。

前世にまいた劫がこのようにきて、そしてあなたがこんなにいいのは、前世に人に恵みを与えた、徳を積んだそれが報い来て今このように幸せなんだ。

でも、今人々のために徳を積まなければ、次に生まれ変わった来世は、不幸な人に生まれ変わってきますよという、そういうふうに民衆教化してきたのが、因果応報の説なんです。

奈良時代の仏教というのは、このようにですね教学と呪術の仏教なんですね。平安時代になって密教だとか、華厳経、五大宗教が出てきたんですけど。

教学、仏教というものは哲学の如く勉強する、この役行者、行基菩薩のような呪術ですね。呪術の中心が因果の法則を説いて民衆を教化し、民衆が納得し導かれたわけです。

因果の法則なんて仏教用語というと、どうしても私の持っている知識と咀嚼力のインプットがですね、耐えられない状態で、歴史を話してみたくなる。

そういうことも考えない放送作家は、簡単にこの放送を読めというんですけどね(笑)。
「また宗教学の講義ですか」(東海林さん)

また宗教学の大学の講義みたいになっちゃうんだけど。そういう意味で因果応報、また因果律、善因善果、悪因悪果。今の幸不幸というのは変わらないと。今までの自分の結果だと。

でも、未来は変わるんだと。今、徳を積んでいけば未来が変わっていく、これは、前世から今世、今世から来世という長いスパンなんです。

でも、今世生まれたときは、8割ぐらいはもう決まっているといわれているね、これ易学の。というのは、どこの時代に生まれたか、なに人に生まれたか、男に生まれたか、女に生まれたか、身長どれぐらいで、どのお父さん、どのお母さんに生まれたかというのは、選べないでしょう。

本当は、潜在意識で選んではいるんだけど。オギャーと生まれたときには、なに人で、何時代で、どのお父さん、どのお母さんで、どの地方に生まれたか、決まっているじゃないですか。

その命運の8割は決まっているという。2割は努力して変わるというんだけども、改善の余地があるわけです。この2割が大事なんです。

その8割はなぜ決まるかというと、常に自分の前世が、徳を積んだ人がラッキーの星に生まれてくる。徳とは何かと、陰騭録という明の時代の本があってね、世に益すること、これ善行なりと。世に益する善行を積むと善徳を積む、そうすると、幸運の星にオギャーと生まれ変わってくるわけ。

逆にいうと、世に益しないこと、世とは人の塊ですよ、人とか世に益しないことをしたら悪劫を積む、そうするとオギャーと生まれたときに運の悪いところに生まれてくる。

だから、8割は決まっているといっても、やっぱり自分が前世にまいた種を、今世刈り取って。でも改善の余地があるわけです。

今世積んだものは来世へのラッキーを生むし、今世積んだ悪劫は来世の悪運不運に結びつけるから、みな平等ですよと。これが、善因善果、悪因悪果という。

善因善果、悪因悪果が因果の法則。正しくいうとこれが因果応報という。仏教の言葉にはこういうものがあるわけで。

今なにかやったら後で報いがある。その通りですけど、これがもっと長いスパンの話なんです、因果応報は。因果応報の前には、善因善果、悪因悪果の因果律という天地の法則があり、それを天網恢々疎にして漏らさずという北極星の神様が見ておられる。

そういうことで確かに愛燦燦のように、若いときに徳を積んだことは後半報いられるんですけどね、徳っていってもいろいろあってね、人のためにっていうことを体施、物施、法施があって、体でやった善徳は体で、物で施した物が一番早いんですけど、法施っていうのは時間かかるんですけど。

実は、いろいろ徳があるんだけどね、人徳というのがあってね、精進努力してきた人徳っていうのが一番晩年に影響しますね。でもそのときにオギャーと生まれてきた因果律というのは因果相応というんだけど、家代々に。

これ易経に「積善の家には余慶あり、積不善の家には余殃(よおう)あり」という、善を積んできた家には余りの恵みがありますよと。だから代々おじいちゃんとかおとうさんとかひいおじいさんが、多くの人を助けたという家はですね、善を積んだ家には余りの恵みがありまして、そういう家はみんなうまくいっていると。悪徳を積んできた人たちは、家族全部が運の悪い家になるでしょう。そこに生まれてきたというのが自分の縁なんですけどね。

だから、人を怨むな、家を怨むな、運命を怨むな、時代を怨むな、みんな自分の魂が選んで生まれてきた因果応報なんだよと。

こういうふうに仏教の因果応報というのはつかわれてきた。それを盛んにつかって人を救ったが、奈良時代の行基菩薩だった。聖武天皇、光明皇后の奈良の大仏が建立したときにおった人ですね。その時代に遡るんです。

そういうことで、難しい話になったけど、善因善果、悪因悪果なんで、心がこうすればいいんだと思ったら、これ偽善なんですよ。よかれと思って積んだ、体でよかれと思って奉仕したものは晩年豊かになるし、よかれと思って人を励ましてきたらこれ法施、それから財徳、自分なりに、後で悔やんじゃいけない。

「晩年っていいますけど、僕なんかまだ間に合いますか」(東海林さん)

間に合いますね。一般には、60才から年金が降りてくるように、還暦で0に戻ってくるというのは、人生どうだったのか、人間としての努力精進ですね。そして、いったい世の中とか人々にどれだけしたのかっていうのが、だいたいその結果が家の善徳と悪劫というものプラスマイナスするんで、必ずしも努力したことが全部報いられるとは限らない。それよりも何倍もよくなるのは家の徳、それよりも何割引になるのは家の悪劫なんで。

でもね、努力したことはそれなりに報いられるけど、必ずしも努力が全部報いられるわけではない。たいして努力していないのに、えらい報いられるのは不平等じゃないんですよ。そういうところに生まれてきたし、家の徳っていうのがやっぱりあるわけで、おとうさん、おじいちゃん。

結局、いろいろ考えてみても天地は平等にできている。文句いうことはない、不平いうことはない、世の中を怨むことはない。ただ今を精進努力して、人のために益することをしていくのが、晩年もそうだし、来世もそうだし、その中の苦しみというのは前世や先祖が積んだ悪劫を苦しみというものに対して決済してなくしていっていることになるわけなんだ。

ということで、文句いうことはない。あらゆる不幸や不運は、結果、長い目で見た自分のせいなんだと考えて、文句いわず、不幸を怨まずに。不運を嘆く間があったら、目の前に少しでも自分を向上し努力し、少しでも人様のために益することをしなさいっていうのが結論ですね。

「ありがとうございました」(東海林さん)

はい。

(CM)

えー、急にみなさんに短めのお知らせ。
10月27日の木曜日の6時半、10月29日土曜日5時半から。新国立劇場の中劇場で国民のコンサート。みんなが聴きたい知りたいという曲をやるのが国民のコンサートで。

やっぱり、アンケート見たら、私の日本歌曲を聴きたいという声が多いもんですから、オペラ歌手の日本歌曲というと本当にあんまり聴いたことのないような歌ばっかり歌って、どこがいいんじゃ、というのを歌うんで。

本当に素晴らしい、みんなが好きな名曲を歌ってあげるのがほんとうだと思うわけでね。お問い合わせは、たちばな出版までお問い合わせください。新聞広告とかに先立ちまして、ラジオを聴いている皆さんにお知らせしておきます。

今夜の放送いかがでしたでしたか。またもや大学の講義みたいになりましたが(笑)。

仏教用語なんていう単語をいうと、止まらなくなるでしょう。

「はい」(東海林さん)

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また、この番組をオンデマンドでもう一度、好きなときに聴くことができます。オンデマンドも、この番組のブログにありますので、聞きのがしたときは是非お聴きください。

それではまた来週金曜日の夜11時半に。お相手は深見東州でした。
あなたにとって素敵な週末が訪れることをお祈りします。
それではまた来週。蒙古も来襲、台風も来襲、今週もまた来週(笑)。



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