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2016年9月18日 (日)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」9/16 テーマは「障碍者スポーツ」 ワールドメイトブログ

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「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2016年9月16日
テーマは「障碍者スポーツ」です。


こんばんは、深見東州です。
毎週金曜のこの時間、30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話ししましょう。

今週のテーマは「障碍者スポーツ」です。
リオデジャネイロ パラリンピックも日曜日に閉会式。障がいがあってもスポーツをする心は誰でも一緒。健常者よりも激しい競技もありますね。車イスバスケットなんかもうぶつかり合うのがすごいですね。
今日という日が終る時間までおつき合いくださいませ。

(CM)

障がい者のスポーツについて、私も28年、37の時にオーストラリアのパースで、ゴルフ始めた直後ですね、僕の友人におもしろい友達がいてねといわれて、うちのジェネラルマネージャーがね、紹介するよっていってさ。

どういうおもしろいの?

会ったら分かるよって。

会ってお話しして、普通にスポーツのお話しして、どうだったってさ。

実は彼は5%しか見えなくって。95%見えなくって、5%は明暗がわかる程度なんだって。ところが人の顔を見て、相手の目を見て話をするし、歩くときも椅子とか机にぶつからないで、普通にすうっと歩いているから、目が見える普通の人と思うじゃないですか。

ところが、目が見えているようなフリをして、ちゃんと話をしながら、微妙に最小限度のタッチで机とか椅子に体がぶつからないように、手でこうやっているので、全くわからなかったですね。

実は彼は95%見えなくって、5%は明暗しかわからないんだけど、目が見えないっていうことが人に気づかれないようにするというんで。

彼は、ゴルフもやるし、セイリングもやるし、マラソンもやるし、自転車競技も出ているんだ。

「えー、どうやるの」っていったら、まあ明日彼とゴルフしてみなよって、パースにあるパブリックコースで、そんなに難しくないんだけどね、僕ははじめたばっかりだからハーフ75ぐらいで(笑)。彼は62ぐらいだった。

その彼が、ミスター半田はひょっとして目が見えないんじゃないのっていわれて(笑)、えらい明るい人でね。

だから障がい者っていうのは、たまたま、目が見えなくなったり、たまたま事故でそうなっただけだから、それを助けてあげればいいじゃないかという考え方ですよ。

ところが日本の場合は、過度に腫れ物をさわるように、気をつかっていたり、過度にお世話したりするんで、もっと自然に扱ってくれっていうんで。

ボランティアにだけは世話になりたくないという盲人もいたり、ボランティアのおかげでできるんだけども、ボランティアはしてやっているとか、してあげているというのがイヤなんだと。

だから、自然と普通に扱ってくれということですね。普通と同じように扱うのが一番喜ぶんで。

その当時は、目が見えないんで、カタカタカタカタとフラッグをね、穴にカタカタカタカタという音で。ああこんな感じかということで、それで、歩測で歩いて、で10mぐらいのパットが入るんですね。

キャディがちょっと合せてあげるんだけどね。でも上り坂下り坂で、何メートルで、スライスラインでというようなかたちでイメージして。ただ合せたところに黙って打てばいいんじゃないんですね、パッティングね。

カップに1個半ぐらい左に傾けたから、オッケーって、そうやってイメージして、決まって、10メートルのパットが入ると、ワーっと、大感動でみんな涙が出ます、周囲の人がね。

それも、B1、B2、B3っていうんで、目が見えないレベルをグレードを分けないと不平等になるんで。B1が全盲、それ以外に明暗がちょっとわかる程度なんで、B1クラスはみんなアイマスクして、

「へー」(東海林さん)

黒いマスクして、見えないっていうふうにしないと不平等だということでね。B2は明暗わかるし、見えるけども、目の前の景色というのか、球は見えないですね。B3っていうのは、何でも見えるんだけども、球だけフォーカスしたらゆがんで見えるとか、とにかく球をまともに見れない、でもなんとなく周辺の景色はわかるという。

B1、B2、B3のグレードごとにチャンピオンをつくらないと、不平等ですわね。トータルしてそれでどうなのかというトータルチャンピオンですけど。

そういうふうに分けているんで盲人ゴルフは。でも、障がい者ゴルフになると、片腕がない、両肩がしびれてダメとかね、片半身マヒとか、手がない、足がない、半分右側しびれているとか、耳が聞こえない、目が見えない、片足か両足が義足とかね、それぞれ分類がある。5種類か6種類ね。

それぞれごとのチャンピオンを決めないと、不平等ですよね。そういうような形で、障がい者ゴルフ、盲人ゴルフだけ15年やったんですけどね。

その時に、ジャパン ブラインドゴルフ アソシエーションをつくって、15周年の時ですね。僕が37から始めたんで、50歳の時かな。ちょうど神戸ゴルフクラブが100周年だったんですね。

神戸ゴルフクラブは、まさに日本のセントアンドリュースで、つくった人はイギリスのビジネスマンでね、息子さんが言葉ができない人だったんですね。

だから、地域の人にお世話になたし、息子にもいいようにということで、ゴルフ場をつくったのが、日本のゴルフの始まりですね。明治時代に。

始まりが、そうなもんですから、地域への貢献とか、理解がありましてね、100周年のときに、15周年の我々を100周年のパンフレットの最後に大きく紹介してくれて、100人以上の盲人ゴルファーとボランティアが集まって、ゴルフ発祥の地だからね。みんな大喜びで、大歓迎してもらったんですよ。

その時に、このゴルフクラブはゴルフクラブライフ、ゴルフを弘めんということで100年、使命感を感じてやって来たけど。戸張 捷(とばり しょう)さんもメンバーかな。

地元の白鶴、白鹿とかね、そのような人たちがメンバーなんだけど、イギリスの公使とか外人も多いですよ。これから100年どうするかというときに、ゴルフの社会貢献をこれから100年めざそうということでね。

日本一古くて、それなりに名門なんだけど、エラそうにしてないし、お高くとまってないんですよ。

季節によってはクローズのときにね、六甲山の上の方で海抜800メートルくらいで涼しいんで、秋か冬かクローズの時に、子供たちに、池に魚がいるので、釣り堀をやろうということで、釣り堀にして、もちろん無料で。

池の魚を釣ったり、ピクニックみたいにしてやったり、あるいは100年くらい前のカレーをね、海軍カレーなんかあるじゃないですか。100年くらい前のカレーの味をそのまま維持しているという、100年前の味のカレーっていうのがあって、カレーを食べるためにだけ来て頂いても大歓迎ということで、地域の人ね。

そういうところで、3番ホールから4番ホール、好きなところのホールから回れるんですよ。なんか今日はいっぱいのようなんでという形で、じゃあ、ということで5番ホールから順番に回っていくとか。

「へー」(東海林さん)

好きなホールから回れるし、途中でやめてもいいしという、そんなフレンドリーなところでね、素敵なゴルフクラブですね。

ただし、登山とゴルフが両方楽しめるくらいに、めちゃくちゃアップダウンがあるんですよ。

「あははは、そうなんだ」(東海林さん)

最初に造ったコースの100何年前のそのままのコースが1つか2つ残っていますね。

全部地元の甲南大学とか神戸大学とか関学とかの大学生がアルバイトで、若いお兄ちゃんがバックを担いでくれるんです。

「キャディさんをやってくれる」(東海林さん)

だいたい10本で、重すぎるから14本全部は持てないんで、その内自分の好きな10本ぐらいを選んで、それをみんな学生が担いで。本当にイギリスとかのやり方のままなんで。

「プロのツアーも全部歩きですもんね、当然。カートないそうです」(東海林さん)

シニアはときどきあったりするけどね。

「つい、乗っちゃいますけどね(笑)」(東海林さん)

後半バテバテになる。カートに乗っても1万歩くらい歩きますよ。カートに乗らなかったら2万歩くらい歩くから。なかなか、1万歩って歩けないなあ。

意味もなく1万歩、2万歩、歩けないけど、ゴルフだったら自然に1万歩歩いてますもんね。カート乗っても1万歩です。

「やっぱり、打ったボールの自分の責任があるから、そこまで歩いて行かなくちゃいけないという」(東海林さん)

まあ、そういうんで盲人ゴルフから始って、15周年のときにゴルフの社会貢献ということで、それで僕はシニア、女子シニア、男子シニア、ジュニア、それからレギュラー男女ということで、広がっていったんですね。

その中でも原点は、障がい者ゴルフなんで、盲人だけでもよかったんだけども、ずうっと28年前からの夢は、いつの日かパラリンピックでやりたい。

いつの日かパラリンピックでやりたい。言い続けていますよ。

パラリンピックでやるにしてみても、障がい者ゴルフの中の一部に過ぎないのでね盲人ゴルフは。

障がい者ゴルフの中で、両足がないというのが、ちょっと厳しいですね。片腕の人で270ヤード飛ばしてですね、グロス3オーバーという人がいますから。みんな驚きますよ。

「驚きました。」(東海林さん)

右肩が小児マヒで無くてね、それでものすごく下半身が強いんで、270ヤードぴゆーんと飛ばして、グロス3オーバーで、プロも驚きますよ。へたなプロよりうまいですよ(笑)。

だけど、足が義足の人はなかなか、

「踏ん張りが」(東海林さん)

踏ん張りがね。あと盲人ゴルフは、見えない分だけ。それでも全盲で100を切っているとか、100ちょっとで回りますからね。

「あと、僕思ったのは、ハンディによって、ティグラウンドを変えていけばまた一緒にできるんじゃないかなと思ったんです」(東海林さん)

それねえ、目が見えないというだけで、全盲でもね、ゴトウさんという盲導犬をもっている人。260ヤード飛ばして。260ヤード飛ばす全盲が、それは、前の方で打ったらはみ出るんじゃないかと思うんだけど。

だからね、想像以上にみんなうまいんで、一緒に回ったアマチュアとかプロは驚きますね。ただね、国体でやるものはそのまま数週間後に障がい者スポーツがあるんだけど、ゴルフは国体の競技なんだけど、そのあとの障がい者スポーツにはなかなか入りきれない。

それから、オリンピックの正式種目になったんだけど、パラリンピックの正式種目にはなかなかならないっていうのは、いろいろ原因はあるんですけど、ゴルフは贅沢なスポーツだというのと、まあ広がりはあるんですけど、贅沢なスポーツで、金がかかるところだとか、道具の力だとか、あるいはまた、規範をどう作るかというのがなかなかね複雑でして。それを統一的なものを作るというのと、なかなか理解されないので、まあそのロビー活動をずっとやっているわけです、今もね。

(CM)

今夜の放送いかがでしたでしょうかね。
あなたの感想、質問、笑える話、ちょっとした悩みなど、なんでもメールしてくださいね。

メールは、ラジオ日経で検索し、ラジオ日経のこの番組ブログの右サイドにある番組あてメール投稿フォームからお寄せください。

また、この番組をオンデマンドでもう一度、好きなときに聴くことができます。オンデマンドも、この番組のブログにありますので、聞きのがしたときは是非お聴きください。
それではまた、来週の金曜日の夜11時半に、お相手は深見東州でした。あなたにとって、素敵な週末が訪れることをお祈りいたします。

それではまた蒙古来襲。



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