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2016年8月 6日 (土)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」7/29 テーマは「七福神」 ワールドメイトブログ

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「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。


2016年7月29日
テーマは「七福神」です。


こんばんは、深見東州です。
毎週金曜のこの時間、30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話ししましょう。今週のテーマは「七福神」です。大黒天、毘沙門天、恵比寿天、寿老人、福禄寿、弁財天、布袋さん、七つの神様のグループ名と呼んだら、罰が当たるかもしれませんが、7月29日はですな、語呂合わせで、729(七ふく)ですね。

こういう語呂合わせが好きな放送作家が書いておりますので、

「私が決めたんじゃない(笑)」(東海林さん)

今、ささやく声がね。東海林さんという方でして、障子をすうっと開けて、薄い髪を見せながらささやきかけているというね、構成作家。

では、今日という日が終る時間までおつき合いくださいませ。
本当は、七福神の話すると止まらなくなるのをこらえて、最初は短めにお話しいたします。

(CM)

七福神の話するだけでも30分から1時間から3時間ね(笑)。今日は少し音の響きが違いますでしょう。これ私の会社の事務所の会議室でやっておりましてね。ゴルフ場でやったこともありますけどね。あのときとまた雰囲気が違うんで。

響きがこう、鉄筋の会議室ですので。ここは多目的会議室で、あらゆる会議とか、ミーティングやっています。私の事務所に来ていただきました。

ところでですね、七福神に参拝すると七つの災害が除かれて、七つの幸福が呼べるといわれていますが、全く根拠はないと思いますが、実は室町時代の末期に発祥した信仰といわれているんですけどね。

もうこれでね、メールの話からずうっと書けというんですね(笑)。そこから話しろという構成作家の意図なんですけど、そう簡単にいってたまるかと。

実はですね、七福神というふうになってくると、なんでも私は、これ日本人の典型的な宗教性、精神性。神道というもののね、いかに寛容な宗教かというね。まあ、インディーナス・リリジョンと英語でいいますけど、民族宗教かな。

七福神がですね物語っているわけですよ。七福神の中でメイドイン・インディア、インドせいの神様はですね、大黒天、毘沙門天、弁財天さん、これがメイドイン・インディアで、インドの神様なんですね。

布袋さん、福禄寿、寿老人、これが中国の神様なんです。唯一日本の神様は恵比寿さまなんですけど。

「渋谷生まれ?」(東海林さん)

いいや、兵庫県西宮市、私の出身地(笑)。実は西宮神社が全国の恵比須信仰の中心でして、

「渋谷の隣の恵比須は後から?」(東海林さん)

それはね、神道を理解する”エー、ビー、スー”の知識なんですけどね(笑)。まあ、それ置いといて。とにかく西宮が恵比須信仰の発祥中心で、大阪に今宮戎っていうのは、今新しく作った恵比須さまで、今宮っていうんですよ。

東京にも摂社とか、末社とかいいますけどね。摂社が、東京に作ったのが、それが地名の恵比須になったわけです。そこでビールを作っていたので恵比須ビールになったんです。これ本当の話ですよ。

その恵比須さまだけが、メイドイン・ジャパンなんです。日本の神様は、七福神のうちに恵比須さまだけ。

恵比須さまはどういう意味かというと、どこか外国の方という意味なんですよね。

「え、そうなんですか」(東海林さん)

だからね、インドでも中国でも、どこかわからない神様でもね、福を与えてくれる神様なんだから、いいじゃないかということで、仲よく一緒に船に乗って行きましょうやっていうね。

アイデンティティとか、その教えとか関係ねえと。福の神様なんだから、みんなに福を与えてくれるんだから、仲よく一緒に行きましょうやって、一つの船にインドの神様、中国の神様、日本の神様。その日本の神は、どこか分からない神様なんだけどね、恵比須なんですから。

「仲よく行く」と、これが日本精神の典型的なのが七福神信仰なんです。

そういうふうに行かないですよね、アラブとか、イスラムっていうのは。自分の教義とか教理とか。それも意味はあるんだけども、そこにはドグマがつきまとう。イスラム教、キリスト教、仏教、だけどいろんな、もちろん古いものがあれば、新しい宗教もあります。儒教もね。

それ関係ないと。よかったらいいじゃないか。生活の中で役に立って、みんなにとっていいんだったら、どこの神様だっていいんじゃないの。大歓迎ですよ。一緒に行きましょうよ。

しかも、船に乗っているわけだから、外国から船に乗ってきたと。みんなを助けるために、来てくれればいいんじゃないの別に。どこの国の・・・。

「日本の信仰って、心が広いんですね」(東海林さん)

だから、それは宗教的に大変寛容な、だからこそマオリの宗教とか、インデアンの宗教にも近いんですけどね。

いわば、アニミズムという、すべての山とか川に神様がいるというんですけど。神道は厳密にいうと、アニミズムじゃないんです。すべての山とか川に神様がいるとはいいませんね。霊はいます、スピリッツはね。でもその中の特定な山を選んで、それを神山というわけですよ。

それ以外の山はどうするかっているのは、畑にして生活の役に立つように耕して、生活するために活用するわけですよ。

海も山も、全部の森とか、全部の山とか海が神いますところじゃないんですよ。特定の所だけが神います海で、神います湖、神います森と、そこはアンタッチャブルで大事にしなきゃいけない。

じゃあ、どういうふうに、特定のものだけが神山といい、神います森というかというと、これシャーマニスティックに、いい神様が、非常にいいことが起きるということと、たたりがあると恐い。両方神様なんですね。

いい神様は敬って、恵んでください。悪い神様は、お祀りするからもうこれ以上我々に悪さしないでくださいって、要するに、祭り上げると。

昔は、社会党の土井たか子さんなんかはね、衆議院議長に祭り上げて、うるさくいわないようにってね(笑)。うるさいものは祭り上げて、これもやっぱり神様。

だから、素晴らしい神様が神様とは限らないんでね。ものすごい悪さする恐い神様も祭り上げるわけです。

2つの意味があるのね、嫁さんなんかは、ずうっと祭り上げとかないと(笑)。

例えば、菅原道真公もね、9月10日 讒訴されて、そして天神様の呪いと祟りでね。雷が清涼殿に落ちて、落雷で死んだら、それを見ていた天皇様がのけぞっちゃって、精神的におかしくなっちゃって、次々と藤原時平とか、そのときの道真公を讒訴したものが次々と病気で死んでいった。

そして、ある人が、これは菅原道真公の祟りだ、ということで、天変地変が起きる、次々と病気がおきる、清涼殿に雷が落ちると。そして、落雷で死んだと。

なんで、こんな不吉なことが都で起きるんだ。菅原道真公の祟りだ、ということで、祭り上げて、位を上げて、それで収まったと。

それから、もちろん神田明神。平将門の首塚があったところで、祟りがあるんで、怨霊が。怨霊信仰というのがあって、神田明神様ということで祭り上げて、それで収まったと。
だから、特異な強い霊威で、人に災いをもたらす霊を、神様として祀る。それでまた、すばらしいいいことが起きてくるねっていう、いわば加藤清正の井戸、待ち受け画面にするといいことが起きるなんてね。そういういいことが起きるのが神様。

だから両方。日本の場合は、いいものも悪いものも、特別な霊威と霊的なパワーがあるものを神という。そういうような、いろいろな山があるなかで、もちろん霊は、木霊でも井戸霊でも大事にするけど、それを神とはいわないわけですよ。

だから、特定のそのものを神山、神います森、これは祟りがあったり、いいことが起きたり。これは大事にしましょうっていうんで、ずうっと残っている。

だけど、そうじゃないものは、農業にしたり、漁業にしたり、森を開拓して住んだりして、生活の中に活かすわけですよ。

「あと、お家の中にも神様が」(東海林さん)

だから、神道のものは聖と俗を区別して共存すると。聖なるものは聖なるものじゃなくって、これは聖、これは俗っていうのを区別して共存すると。

だから、ロボットの工場に神棚があったり(笑)、近代的な工場にここだけ神棚があって。だから、聖と俗を区別して共存する、一つの家の中に聖なるところと、お台所とおトイレが区別して共存している。

これは、縄文時代の家の機構を発掘されても、みなそういう昔から聖と俗を区別して一個の家の中に共存する。

だから、聖か俗か。信じれば天国に行き、信じなければ地獄に落ちるというのは、キリスト教、一神教的な宗教的背景と、多神教的、まあ天照大御神様がダメでも須佐之男さんがいるし(笑)、恵比寿さんがいるし、七福神も、弁天さんに嫌われても布袋様、げほう様、毘沙門天がいるからというんで、どこか救われますよね。

最高の神はいても、絶対の神はいないんですよ。マイティゴッドはいない。シュープリームゴッドはいますね。

だから、天照大御神が最高だけども、海原に関しては須佐之男さん、お月さんに関しては月読の命、風は風の神ね。樹木はけつみけの神、水はみずはぞめの神、うんこも神様、ハニヤスヒコ、ハニヤスヒメというのはうんこですよ。

うんこも神様だと(笑)。だからうんこといっても、おろそかにできない(笑)。

「また、今週もうんこの話?(笑)」(東海林さん)

朝じゃなくてよかったですね(笑)。晩ご飯を今食べている人は申し訳ないんだけどね。そういうスピリットっていうのは認めるけども、特定なものしか神と敬わない。そうじゃないものは生活に活用すると。

だから、聖と俗を区別して共存するだけじゃなくって、選択的な信仰なんで、だから神道のお陰で日本は1万5千年前の縄文時代から残る、こういう先祖崇拝とか自然を大事にする。

自然を大事にするんじゃないんですよ。自然の中にいるスピリット、神様を大事にする。だから、富士山を崇敬するんじゃない、富士山に住む木花咲耶姫という神様を敬う。その神様がそこに住んでいるから敬うんで、自然を崇拝しているわけじゃないんです。

「山岳信仰」(東海林さん)

山岳信仰というのは、山を信仰しているのではなく、山に住むスピリットを、神様を信仰している。神様が山に住んでいるから敬うわけで、山自体を崇敬しているわけじゃないんですよね。そこは間違わないようにしなければいけない。神います森を崇敬するとは、森に住む神様を崇敬するわけなんで。

だから、尊いものは森の奥にいるというふうにいうんで、日本にきたら仏教も秘仏として、姿見せないね。

マリア様なんかも、ブラジルのアパレシーダというマリア様も露骨に、中国、韓国からきた仏さまも露骨に姿をあらわすけども、日本にきたら秘仏化で、尊いものは見えないっていうのは、どう考えてもユダヤ教の、古代のユダヤ教の影響で、神様というのは姿見えないと。

だから、偶像崇拝しちゃいけないわけですよ。ユダヤ教は。だから、日本にきたら秘仏化で、尊いものは姿見えないと。偶像崇拝しないと。スピリッツ、霊を敬うけども、その霊は森とか山に住んでいる。森とか山を敬うわけじゃないですよ。森とか山に住んでいる神様の霊を敬うと。

そういうことなんで、聖なるものは大事にするけども、そうじゃないものは活用する。

マオリ族の宗教とインディアンの宗教は、すべてのものを敬う、アニミズムだから敬うでしょう。ところが近代文明と相容れないですよ。

神道だからこそ、古来からある自然崇拝し、霊を敬い、先祖崇拝し、植物や霊を大事にするというのは基本的にアニミズム的ではあるんだけど、近代的な科学、経済。そして七福神にあるどこの宗教だっていいんじゃないの、何教だっていいんじゃないの。

「アボリジニなんかもそうなんですよね」(東海林さん)

あそこにありますね、エアーズロック。あれはやっぱりね、ご先祖様がそこにいるという、だから「人は祖に基づき、祖は神に基づき」、我々はご先祖様から来た、ご先祖様は神様から来たと。

基本は同じですよ。でもアボリジニは近代文明と相容れないでしょう。アボリジニの宗教やアフリカの宗教、インディアン、マオリは近代文明と共存できないです。

だから、日本の場合は、家の中に聖と俗とを区別して共存するわけだから、古来からあるものを敬いながら、新しいものも取り入れると。

そこに七福神の思想が、別にどこから来たっていいじゃないのと。何教でもいいじゃないの、宗教の教えとか、アイデンティティなんかどうだっていいと。教えなんかどうだっていい。ありがたい神様ならいいんじゃないの。

恐い神様なら、ハハーってお祀りしましょっていう、こういう非常に現実的な寛容的な理屈を超えた、そういうものが日本の神道に1万5千年前からの縄文時代から持っているんで、だから経済が発展するわけですよ。

キリスト教の時代があって、そのキリスト教暗黒時代のためにルネッサンスが起き、地球は、海は滝みたいになっているって、実験してみたら、元に戻ってきたというね。

コロンブス、バスコダガマ、そういうふうな思想に影響されませんよ。非常に柔軟なんで、新しいものを取り入れるし。

これは誰から始ったんかって、古来からあるもんだけど、聖徳太子が日本の社会の中にこれを確立させた。

神、儒、仏を使い分けした。手に持っている笏(しゃく)はね、神道で。だから古来からある神道を皇室祭祀にしたんです。

神道は大きく分けて5つあって、皇室神道、神社神道、民族神道、学派神道、教派神道というんです。

その中心になるのは皇室神道、皇室代々の祭祀の中に古来からあるものが残っているわけですね。

それは、神道というかたちで聖徳太子さん残しながら、仏教は民衆教化のために使い、儒教は日本の律令体制とか道徳、官僚たちの道徳規範として残したわけなんで。

「中国とか韓国とか」(東海林さん)

韓国は、日本みたいに古来からもあったんだけども、仏教を受けたら全部仏教一辺倒、儒教が来たら儒教一辺倒、キリスト教が来たらキリスト教一辺倒なんです。キリスト教も盛んですし、儒教も・・・。

日本は、選択して残していますね。面白いことに、雅楽というのは中国の宴会のおまつりですよ。宴会の音楽が来て、雅楽として今、皇室祭祀に使われています。越天楽(えてんらく)なんていうのは、中国で宴会の踊りですよね。

それがずうっと残りながら、そこから神社のお神楽みたいなのが発達して、お神楽みたいなのが15世紀に世阿弥、観阿弥が能という体系付いた芸術にし、能から17世紀、江戸の始めに出雲の阿国が出て、歌舞伎が出て、歌舞伎から日本舞踊だとか、新派のああゆうのが出てきましたけど。

ずうっと雅楽は雅楽のまま残っていて、そこから発達した能も残っていて、そこから派生した歌舞伎も残っていて、そこから派生した日本舞踊とか新派の・・・も残っている。

全部そのままずっと残っていますでしょう。オリジナルのものもオリジナルから派生したものも。これが七福神のいいものはいいんじゃないの。なにも新しいものができたら全部なくさなくてもいいんじゃないのっていって、ずうっと残っている。これが日本の文化や日本人のポテンシャルなんですね。

「フレキシビリティがあるという」(東海林さん)

フレキシビリティだけじゃなくて、要するにいいものをなくさないわけです。だから、やっぱり選択的ないいものを、自分たちのいいねっていうものを、根ざす宗教性っていうか、カンとか、コツとかハラとか、という日本民族のフィーリングに合うものだけを残す。
例えば宦官(かんがん)制度ね、カストラート、いろんなものを切っちゃうというね、日本に入れなかったし。それから、纏足(てんそく)ね、足のかたちをアレするね、纏足も入れなかった。

それから、同じ名字のものは結婚しちゃいけないっていうんです、中国は。近親結婚はいけないということでね。日本は、従弟同士はしょっちゅう結婚しますでしょう。

だから、宦官制度、纏足制度、同姓同士は結婚しないという制度は、来たけども日本は入れなかったわけですよ。日本に合わないと。

選択的に日本文化の中に取り入れているんで、なんでもだから、中国のモノマネ、韓国のモノマネじゃない。日本に合うものは取り入れる、取り入れないものは取り入れない。

そういうことで、七福神の話に戻ると、七福神は北斗七星なんですよ。北斗七星のケンシロウ、北斗神拳みたいなものでね(笑)。北斗七星の七つの働きを表わすものといわれているんで。

そういうことで、実は7というものは、ユダヤ教では、7つのローソクがあるので、その影響ではないかと。7は変化の数といいます、数霊ではね。ユダヤは7つのローソク、7は変化の数。

だからそういう北斗七星の七つの働きを、北極星の恵みを中心に動いているというものが、室町末期からこの七福神の話でいわれているわけですね。

ちなみに福神漬けの材料が7種類なのが、七福神から来たといわれていますけど(笑)。その7という数は変化の数。北斗七星の七星を表わすと同時に、人間の教えですね。

だから、おそらく室町時代には、そういう毘沙門は戦って戦って努力してね、そして貧乏を克服しなさいと、貧乏と戦え。

恵比須さまは忍耐を、鯛を釣るので忍耐がいるよ。弁天様は要するに愛嬌、秀吉なんかは度胸と愛嬌があったわけでね、この愛嬌を持っていくのが福をもたらしますよと。

福禄寿は徳を積むことによってなりますよ。げほう様は頭長いでしょう、智恵あるものは頭下げて、こうべを下げていきなさいよ。またげほう様はね、節約の神様なんです、ご眷属に鹿がいるでしょう、グーッとエネルギー、そうやってエネルギーを奮い立てて、知恵を持って頭を下げて節約しなさいと。節約の神なんでげほう様は。

布袋さんは、でかい腹で、もっと太っ腹で度胸を持って、人の言い分とか文句を袋に入れて、背中にしょって、清濁併せのむという、この七つの徳が福をもたらすものなんですよという教えが、おそらく中世にはあったんだろうといわれている。

(CM)

今夜の放送いかがでしたでしょうか。小さいときは疱瘡にかかりまして(笑)、水疱瘡で、天然痘と水疱瘡の区別がつかず、天然痘だといわれ、ぶつぶつになるのは天然痘だと思っていたので、いやそれ、水疱瘡と天然痘は違うんだということは大きくなって分かりましたけど。水疱瘡で、潰した後が残って、熱出ましたわ。

えー、今夜の放送いかがでしたでしょうか(笑)。

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また、この番組をオンデマンドでもう一度、好きなときに聴くことができますよ。オンデマンドも、この番組のブログにありますので、聞きのがしたときは是非お聴きくださいね。

それではまた、来週の金曜日の夜11時半に、お相手は深見東州でした。あなたにとって、素敵な週末が訪れることをお祈りいたします。

それではまた来週。七福神来襲。ラッキー。



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