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2016年7月

2016年7月19日 (火)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」7/15 テーマは「練習」 ワールドメイトブログ

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「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つワールドメイト代表深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。


2016年7月15日 
テーマは「練習」です。


こんばんは、深見東州です。行き遅れぎみの女性の皆さん、バンコンハ(笑)。毎週金曜のこの時間に、30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話ししましょうね。今週のテーマは「練習」ですね。

練習、プラクティス、スポーツでも楽器でも舞踏でもね、練習が大切。練習をすることでその力が身につく。身につけた力を大会などで発揮できればよいのだが、日々の鍛錬も大事というけども、いったいどうなのかね、ということなんで。

これは、私は一般的なものの考え方と全く正反対なんで、そのあたりもお話ししたいなあと思いますね。

今日という日が終る時間までおつき合いくださいませ。

(CM)

まあ、芸術に関しても練習が大事、スポーツでも練習が力がつくと。学問でいうと予習復習。練る、習うというんで、練習と書くんでしょうけど。

作家でも文章を何度も書く、習作といますね。練習をしているといいますけど、これどうなのかということですね。

これはもう、私は全く反対なんです。ほとんどがですね、練習というものに重きを置くとですね、練習した成果で発表するという。

ピアノのお稽古をしてて、その練習成果を皆さんに見ていただくというのが発表会。日頃のお習字を練習している発表会。これは入場料をもらわないかたちで発表会に来てくださいっていう本番と練習ですよ。

バレエでもバレエ教室があって、一年間努力したものを皆さん見てください。バレエの発表会、日舞の発表会、合唱も合唱部がやっている発表会を聴きに来ると。

これは、無料で聴きに来るので、まあ頑張ってたねえというね。頑張ってたねえという感想が出てくるときは、ヘタだということですね(笑)。

お金をもらって、プロフェッショナルで聴きに来るときは、そのお金の切符以上に楽しめたか、感動するかどうかなんで。歌でも踊りでも芝居でも、頑張ってたねということがでたら、ヘタだった、失敗だったということなんですよ。

お金をもらって、切符を買って、有料で来てもらっているものというのは、切符を買った以上に満足し、喜んで、感動する。「いやー、感動した」「いやー、面白かった」「いやー、本当に面白いストーリーで」。

ストーリーとか、歌とかに、感動したとか、よかったとか、面白かったとかいうのは、これは成功して切符に金払った値打ちがあったんだけど。

○○さん頑張ってたよね(笑)というのは、ヘタだったということなんですよ。そういうことが目についたということは、作品、絵でも音楽でも美術でも芝居でも、楽しめなかったと、没入できてなかったということだから、アマチュアですよ。

プロフェッショナルというのは、お金を払った切符の分だけお客さんが満足したか、感動したら、喜んだか、また行きたいと思うのかどうなのか、が大事なんで。

そのために、お客が満足するか、感動するか、喜ぶか、切符を出したのに値するのかどうなのか。

作家だったら、金出して本を買った、あるいは詩集買った人が喜ぶか、感動するかどうなのかということで。

人が喜ぶか、感動するか、納得するかという、その本番というものを想定して、本番のための練習をしていく。すべて本番を想定したものが本当の練習で。

だから、本番というものをたくさん積んでいる場とチャンスと経験がない人が、いくら練習してもですね、それは練習のための練習なわけなんです。

そういう練習は、身にならない練習だからやめたほうがいいというんで、私も世界最大の能のグループ宝生東州会。まあ1000人ぐらいおって、発表会が600人ぐらいいるんですけどね。

仕舞とか、謡いとか、舞囃子とかやって、最後に装束つけて囃子方をやとって、狂言方をやとって、ワキ、ワキっていうのはプロフェッショナル。で、まあ、シテっていうのができるんです。

歌舞伎はなかなかそうはできないですね。ファミリーとか、よほどでないとできないですけど、能はアマチュアでも、お金出したら、練習したらできる。100万か、60万か。2人でやれば50万ずつですけど、100数十万前後かかります。でも素人、アマチュアができるんです。能をだせるんですね。

そうやって装束つけて、狂言が出てきて、狂言囃子して、ワキ方が出てきて、シテ方が出てきて、お囃子が、こう全部出てきて、そういうものを全部トータルして能というわけです。

オペラというものは総合芸術です。その内の音楽はもちろんオケ、合唱。全部、衣装も、オケも、装束も、セットも、美術、照明、全部合せてオペラというじゃないですか。能も全部合せて能というわけです。

だから、常に本番主義でなきゃいけないんで、とにかく一番最初から、いきなり本番でやれということで。

これを水泳でいうと、水泳教室風の水泳と、海軍の教え方の違いというんで。

はい、息を吸って、まず浮くことから。酸素をこう吸って、はい、足バタバタしていきながらといって、順番に憶えていきますでしょう、これ水泳教室です。

海軍というのは、いきなり体にヒモつけてバーンと海に飛び込む(笑)、溺れそうになったら引っ張り上げる、こうやってこうやって泳げといって、また沈みそうになったらヒモで引っ張り上げて、こうやってこうやって、慌てるなガタガタガタガタするな、オウオウっていいながら一日で泳げるようになると(笑)。これが海軍の水泳の練習ですね、泳げない人は。

水泳教室というのは、ステップバイステップを順番にやっていって、本番と。海軍はいきなり海にバーンと連れて行ってヒモを引っ張ってこうやるわけで、一日で憶えますよね。
練習っていうのは、練習のための練習じゃなくって、本番のための練習なんで、だから、曲がりなりにも本番の場数をたくさん踏んでいって、その時に感じるハラハラドキドキ、いかに人が見ているときに、厳しい目で見ているだけに、失敗が許されないときにリラックスしてやるのかと。

いかに解放されたリラックスした気持ちで、リラックスするといい声が出てくる。柔軟な対応ができる、アドリブが利くと。ところが練習ばっかりやった、練習成果で本番を発表、で見たら、頑張ってたね、上手だったねっていって、見る人はお気の毒ですわ。

タダだからいいんだけども、それで金払ってたらもう、ああまた切符代払って見にいくのかって。皆おつき合いで行くというね。

これとは、やっぱりプロフェッショナルなパフォーマーというものとの違い。なんでもプロフェッショナルなものというのは、本番を想定し、本番で人々が喜び、感激し、納得する、そのためにどうしたらいいかっていう、本番の場数を踏んでいった中で憶えていくわけなんで。

能楽師なんか小さいときから、本番の場数踏ませるわけですね。歌舞伎もそうです、小さいときからいっぱい本番をやってきた、あのステージと照明と服着たお客さんのいる前でどうなのかと。

その経験、場数を踏んでいった中で、あのときちょっと緊張しすぎたなとか、あのときちょっと足がもたついたなとか、姿勢が悪かったなということを反省して、それを練習すると。常に本番を想定する。

だから、ゴルフも練習場でやるときは、打ちっ放しとかなんかよりも本番を、まず足りないながらも、ゴルフの打ち方、クラブの使い方、ルールなんかあんまり知らなくてもね、キャディさん間違ってたらいってくださいねっていって、モタモタモタモタ、恥かきながらも、フウフウいいながら、1回やってみたら。

やっぱりゴルフ練習場とですね、アンギュレーションが違うし、球も違うし、前下がり、前上がり、左下がり、左上がり、左斜め前下がり、ラフとか、全部違うわけなんで。

だから、なるべく僕は練習場は行かないです。練習した人たちの迷っているエネルギーって残っているから、グジャグジャなるのね(笑)。

アマチュアのチャンピオンで田村尚之っていう人がおって、広島の方でね、会社やりながら、アマチュアでマイナスハンディがある。スクラッチっていうのはハンディがない、グロスがそのままネットになるんですけど、さらにマイナス2というのをもらっている。

マイナスハンディがあるんですね、田村尚之っていう人は。50才になって、同じ広島の倉本昌弘に、PGAの会長ですけど、レギュラーのシード選手だけどね。ポパイの倉本さんにいわれて、50才でプロの試験受けたら一発で通って、50才からシニアのプロゴルファーとしてデビューして、賞金ランク4位か5位かで、優勝争いしてますよね。

あの人、東京理科大学出て、家で営業部長もやっている。冬は寒いから練習しないですよ。練習場でも調子悪いなと思うと練習しない、パッティングも、打ちっ放しも。

それで、本番でたくさん出て、ゴルフ場のアンギュレーションの中でどうなのかを練習して、ストレッチをたくさんやるらしいね、筋トレとストレッチね。

それでですね、ギリギリの田村っていわれておった。本番前に早く来すぎてしまうと迷いが起きてしまうんで、スタート時間の15分ぐらい前に来るんですって。

それで、ギリギリにやってくるからギリギリの田村と。あんまり早く来すぎると、考えすぎたら、迷いすぎたらダメなんで(笑)、本番を想定して自分の感覚を大事にするんで、本番15分ぐらい前にやってくる。

パッティング練習でも、あまりやると迷いが起きてくるので、1、2分ちょっとやるだけで、練習場も調子悪くなるので練習しないと。これが田村尚之というアマチュアのチャンピオン。

それから、手嶋多一という人も、ミズノの契約プロで10勝近くしてるかな、彼も練習嫌いで有名なんです。練習しすぎると迷いが出ておかしくなると。

あくまで、ゴルフのラウンドを多くして、本番さながらの状況でどうなのかということなんで、僕もそうですね。本番も普通の人の3倍ぐらい打つんで、ヘロヘロになってきますけどね。プロとしか回らないし。

だから、本番のアンギュレーションがあったときのトラブルショットが得意で、逆に言うと普通のフェアウェイのときはよく失敗するんですね、考えすぎてね(笑)。

トラブルショットになってきたら迷いがないもんだから。まあ、職業病ですね。易しい問題を従業員がやって、従業員ができないような難しい問題は、やっぱり社長が決済し、解決しなきゃいけないので、難しいところに行くとチャンネルがはいって、めちゃくちゃ奇跡のショットばかりができて(笑)。半田会長のミラクルショット。

1回のラウンドで3、4回でてきますね、プロが驚き、のけぞるというような。プロにあざけ笑われるようなミスショットも同じぐらいでてくるから(笑)、同じぐらいなんだけどね。

そういうことで、本番主義と。常に本番の場数、本番の体験をたくさんして、その中で、本番で必要なものを練習すると。すべて本番主義の練習でないと、練習から先に行ってから、いよいよ本番じゃ、本番ほんとうに緊張し、練習とは違うので、本番でどれだけの力が出るのかが実力なんで。

だから、実力をつけるのが練習と考えるなら、本番、実力、練習主義と。本番、場数、体験主義と。

そこから出てくる練習の仕方っていうのが、本当の生きる練習方法というふうに私が考えているわけなんで。

だから、練習しすぎない。本番の体験をたくさん積んでいった中から、体で覚えていくもんだよということですね。

それは歌でもそうです。どんなにレッスン通って、どんなにコンサートをやっても、いざ本番のオペラになったら、全部緊張して、ぐちゃぐちゃですよ。

だから、小さくてもいいから、実際お客さんを呼んで、ブーイングがきてもいいから、とにかく場数を踏んで、本当のオペラをやっていくと。

そのために、どういうふうに練習したらいいか、やっていかないと、ずうっと練習していって、いよいよ今度オペラといったら、絶対、90%くらいは思いどおりにならないですから。小さくてもいいから、とにかく本番をつくっていく。

「人前で歌うということ」(東海林さん)

人前で歌う、金もらう、厳しい目で見ていると。そういう場数の緊張する中でどれだけ自分がリラックスして歌えるのかが、歌の実力なんで。

そういうようなことを、やっぱりオペラやる人も、声楽家も考えていかないとですね、全然うまくならないですね。

音大出たとか、音大の大学院出たのと、実際にオペラ団でやっている人は、実力がもう月とスッポンぐらい違う。

そんな人がコンサートで歌っても、芝居のなかのドラマの中で歌うから感動が全然違うよね。

東海林太郎が「泣くな~よしよし♪」(笑)と歌ってるような歌になるわけです。

オペラをたくさんやっているような人っていうのは、ドラマ、芝居と観客とのやり取りの中で歌うから、ステージで普通に歌っても、歌の表現力の幅が立体的で、心に訴えかけてくる。これが本当の歌の実力ですよね。

音楽でも、美術でも、スポーツでも、そういう風なことがわかった上でやる練習が本当ですよということを私はいいたい。

ここで、メールですね。
ラジオネーム:ライちゃん
愛知県、30代、女性、会社員。

-------------------

いつも拝聴させていただいております。
「はい、ちょうですか(笑)」(東州さん)
先日は、ゴルフ場での収録ということでしたが、私は先週の日曜日、初めてゴルフ場に行ってコースを回ってきました。1年くらい打ちっ放しのゴルフもいってなかったので、ボールがコロコロ転がっていくだけであったり、OBであったり、池に2回も入りましたが、とても楽しかったです。
これからどのように上達していったらいいのか模索しております。東州さんのゴルフレッスン方法を教えていただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。

-------------------

打ちっ放しなんか、行かないことですわ(笑)。とにかく、ラウンドの場数を増やしていく。たとえハーフでもいいからコース出てくる。練習場でやったようにいかないし、ボールも違うし、コースも違う。だから、池に入れるぞと思ったら、球が上がるし、OBだと思って緊張すると、OBを避けようと思うから、反対の方に行ってOBに入ると(笑)。

そういうメンタルなスポーツなんで、本番の場数を増やしていって、レッスンプロにもラウンドレッスンをしてもらわないといけません。練習場でやってもらうよりも1、2万高いかもしれないんだけど、練習場、打ちっ放しでやる10回の練習よりも、コースに出てコースラウンドレッスンというのが10倍値打ちがあるし、早道ですね。

レッスンプロというのは、なるべく長くリピートオーダーがこなきゃいけないんで、あんまりちゃんと教えてくれませんね。

だから、自分でとにかく、理論というのは何万種類とあるんで、自分の体にあったものなんで、正しいフォームよりも自分がきもちよくやれるようにするので、できたらそういう柔軟性のあるトーナメントプロに、トーナメントに出ているプロにラウンドレッスンしてもらう、場数を踏んでいく、実際のコースにたくさんでていくと。これが一番上達する早道ですよ。

練習場で練習するとか、練習場にいるレッスンプロよりも、どんどんコースに出たラウンドレッスンを中心としてプロがいないときは自分でラウンドして、ああでもないわ、こうでもないと、課題を書いて、こういうときはどう打ったらいいですか、こういうときはどういったらいいですか、どんどん質問することですよ。いわれた通り、ハイってやったら永遠にうまくなんないですよ。

「うまい人と一緒に行けば、その人に聞けばいいですか」(東海林さん)

そうですね。そういってもね、いろんな癖があるからね(笑)。僕もね300人以上のプロに習っているから、あらゆるやり方、これは何流、これは何流、これは何流、自分で分かんなくなっちゃって、自分に一番合っているのを探していくために、いろんなプロのいろんな打ち方ができるんですね。

だけど、自分に合っているものを選んでいって、自分はこうなんだということが、まあだいたい28年ぐらいやってて、だんだん固まってきた感じですね。それでも1回試してみたくなってね、それがゴルフの楽しさなんで。

簡単にボーリングもやりましたけど、あれも極めれば難しいけど、いわばパッティングみたいなものですね、ボーリングというのは。

だから、もっとゴルフの場合は自然との対話で、季節も違うし、風向きも違うし、芝生も違うし、コースも違うから簡単ではない、だからこそ一生かけてやる値打ちがある。難しい、だからこそ、うまくなったらやめられない。それが魅力なんだと思わないと。

「止まってるボールなのに、思いどおりに・・・」(東海林さん)

ねえ、自分というものが全部問われるし、止まっているボールも、前下がり、左下がり、前上がり、ラフだったりね。砂地だったりしますでしょ。

止まっている、止まり方が違うからね(笑)、だから面白いんだと。それだから面白いんだよと。難しいから、面白いんだよ、永遠なんだよと考えないと。できないできない、できないから、こんなんダメだと思わないことですね。

それがいいんだと。だから一生の友となれるんだと思ってやるのが、ゴルフがうまくなっていくコツですね。ゴルフに負けないことですね。

(CM)

まあ、今日もたくさんメールいただきましてありがとうございました。さて、今日のトークのまとめというんですけどね、もっと格調高い話をしますと、語学が堪能とかいいますでしょ、堪能の教えというんで、徒然草の第何段かにあって、僕は浪人中、徒然草を全部品詞分解して読破したんですけどね。

そのときに印象に残ったのが、堪能の教え、語学が堪能っていうのは、はじめは不堪(ふかん)のおぼえありとも、上手の中に混じりて、道を違わず精進すれば、やがて名人に師と仰がれ人となる、という言葉があってね。

それは、ある人がこっそりと練習して、蹴鞠の練習をしてて、みんなにワッと驚かしてやろうと、こっそり練習してる人、それから馬術を練習してね、自分が出世したときに馬術で、驚かしてやろうといって、仏道に励まずにね。それ、仏道に励んだときにいるようなものばっかり練習して、肝心の仏道に励まなかった。

恥ずかしいもんだから、こっそりと陰で練習して。そして人に見せたとき、驚かしてやろうというかたちのものは、絶対にうまくなりませんよと。

本当に物事が堪能にうまくなるためには、はじめは不堪(ふかん)のおぼえありとも、ヘタクソだねといわれても、上手の中に混じりてと、上手な人の中に混じって、お前は下手くそだなあっていわれながらも、道を違えずちゃんと、正攻法に基づいて精進努力していくと、やがてその人は名人とか達人といわれる人になりますよと。

だから、名人とか達人といわれる人は、上手の中に混じってボロクソにいわれながら、道を違えずやった人が、結局いちばんうまくなるということで、人様に恥かきたくないんで、陰でこっそりと練習してやるようなやり方では、名人とか達人とか師匠というふうにはなれませんよというものが、徒然草の堪能の教えという段がありまして。

これは、今でも印象に残っている。だから僕もゴルフもスキーも常に先生、プロについて、上手の中に混じって、なんじゃかんじゃいわれながらやっていると、いつの間にか名人、達人になっていくんで、歌でも、絵でも、書でも、音楽でも、演劇でももちろん、ゴルフでも、常にトッププロと、うまい人とずっとやって、いろいろいわれながら、わかりましたありがとうございますっていってやったら、本当にいつの間にかプロになり、名人になり、達人になりというふうになってきたんです。

これが私の徒然草を、18歳の、19歳の時、忘れましたが、学んだときは今も僕の教養の大事なものの考え方の、すなわち練習とはどうあるべきなのかっていうのは、そういうふうにしないと本当にうまくなんないんだという一生の僕の教えですし、気をつけていることですね。

これは今から600数十年前の吉田兼好がいっていたということは、本当に不健康な人間にとっては(笑)、参考にしなきゃいけない言葉だと思いますね。

(CM)

さて、今夜の放送いかがでしたでしょうかねえ。徒然草の話は、徒然草150段にあるらしいんで、今ディレクターが調べてくれました。皆さんも1回、現代語訳でいいからね、1回見て勉強してください。非常に含蓄のある言葉で、私の一つのものを練習するというフィロソフィーになっていますね。

あなたの質問や感想、笑える話、下ネタ、ちょっとした悩みなど、なんでもメールしてください。メールは、ラジオ日経で検索し、ラジオ日経のこの番組ブログの右サイドにある番組あてメール投稿フォームからお寄せください。

また、この番組をオンデマンドでもう一度、好きなときに聴くことができます。オンデマンドも、この番組のブログにありますので、聞きのがしたときは是非お聴きください。

それではまた、来週の金曜日の夜11時半に、お相手は深見東州でした。あなたにとって、素敵な週末が訪れることをお祈りいたします。

それではまた、宇宙人来襲、円盤来襲、蒙古来襲。おやすみなさい。



2016年7月15日 (金)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」7/8 テーマは「ナンパ」 ワールドメイトブログ

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「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
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2016年7月8日 
テーマは「ナンパ」です。


えー、ウルトラマンの話は以前いたしましたね。ウルトラマンがビルの上からシュワッと飛んだらですね、そういう時はどういうわけか、クリプトン元素が近くにあったのか、飛べなくてですね、ビルの上から真っ逆さまに落ちて、顔から落ちた。ほんとうに、歯がボロボロになって壊れた。これがウルトラマンの歯無しというんですけどね。

こんばんは、深見東州でございます(笑)。

毎週金曜のこの時間に、30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話ししましょうね。今週のテーマは「ナンパ」です、「ナンパ」。7月8日でナンパの語呂合わせですね。

関西では7月8日は、なんやこの番組(笑)っていうんで。なにやっちゃってんのでもいいですけど。

街で見かけたかわいい女の子に声をかける勇気はありますか。若い頃そんなことやった経験は、ってことでね。

では、今日という日が終る時間までおつき合いくださいませ。

(CM)

ナンパ、硬派に対するナンパですね。今はナンパな男をチャラ男とかいいますけど(笑)、うーん、軟弱な男め、といってましたけどね。

日本語圏以外でもナンパというと、通じる国もあるみたいですね。大阪が発祥ではないですよ、「それは難波やろ」ということで、関西でね(笑)。

あの自動車っていうのは、関東、茨城とかだったら、おい早く行けよっていって、前の人間はうるさいな、わかってるよっていうんだけど。関西ではケンカにならないですね。後のほうからブーブーブーっていったら、「はよ、行ったりいな」っていったら、前の人たちは、「ちょっと、待ったりいな」っていって(笑)、会話になっているのかなっていないのかね。ケンカにならないですね。

わりと、京都の人っていうのは、「えー、まいどおおきに」って、営業も京都弁ですよね。いざ腹が立ったら汚い言葉で、これが京都の地の言葉かって。ぐいぐい突き上げてくるみたいな品のない言葉いうんで、意外に京都弁ってエグいですよ。

大阪も河内のほうに行くと、世良譲さん、もうお亡くなりでしたけどね。藤家虹二(ふじか こうじ)さんという牧師の息子さんで、クラリネット奏者とね世良譲のコンサートを僕のセミナーにお呼びして、僕の日本の歌というのもレコーディングも藤家虹二さんのクラリネットと世良譲さんがピアノでね、いい日本歌曲の日本の歌、それから日本の心という日本歌曲のCDをね発売して、この番組でもご紹介できると思うんだけど、素敵な音楽ですね。あと、きのよしおさん、ガットギターの。ギター弾いてくれて、もうお亡くなりですけどね。

その時に、セミナーに来た世良譲さんが関西の言葉知ってるんだってさ、どんな言葉ですか?

「どたまかち割って、血すうたろか」(笑)っていってさ。「どたまかち割って、ストローで血すうたろかという言葉を知っております」(笑)って。それが関西弁とはちょっと違う。微妙に京都弁とも、滋賀県とも、神戸、西宮、大阪とも違うのね、微妙に。

「ドアが閉まりようよ」とかっていうのは神戸の人がいうんだけど、大阪は「ドア閉まっとるな」「ドア閉まっとるがな」。「ドア閉まっとるけ」っていうのは滋賀県。「ドア閉まっとるなもし」とかね「ドア閉まっとるだがや」というのは名古屋。

少しずつ違うんですね。でも一番ガラが悪いのは、「どたまかち割って、ストローで血すうたろか」っていうのが、世良譲さん知ってますよって、セミナーで。おかしくておかしくてね。

「なんか、はっきり言うっていうのをよく聞きます」(東海林さん)

いやあの、一人称と二人称が同じなんですよ。「ワレ↓」と「ワレ↑」。イントネーションが違う、あなたのことは「ワレ↑」って上げるんです。

「ワレ↑何をいってけつかるねん」っていうのは、「ワレ↓はなんとかで」と「ワレ↑は」というのは同じ言葉なんで、一人称と二人称。

だから、日本の古事記、日本書紀で「どうしょきょうでんのきょうくん(?)」というのがあってね、天照大御神が瓊瓊杵尊に鏡を渡して、「この鏡をワレの如く拝せよ」という、これは標準語でワレの如く拝せよというのは、私を拝むみたいに、太陽神を拝むみたいに鏡を拝みなさいというのと。そうではなくって、己貴秘伝という本を書いた山蔭基央さん。

関西では一人称と二人称が同じなんで、「鏡をワレの如く拝せよ」、自分というものを見ているつもりで、これを神道では自霊拝、自らの霊を鏡を見て拝してという神道の行法なんですね。

最初は六角形の鏡、次にやたの鏡、そして円満な鏡をもって、自分というものを拝する如く、自分の魂を拝みなさいって、これを自霊拝っていうね。そういうことなんだという説があるわけね。

「へー」(東海林さん)

だから、河内に残っている言葉は古い言葉なんで、それが今に残っているというんで、それを考えると、河内弁もわりかし格調高い(笑)言葉なんじゃないかと思ってくれるんで。

硬派とナンパの話から随分硬派な話になっちゃって(笑)、ナンパに戻しますけどね(笑)、まあとにかく難波とかナンパというのは。

最初は、柔らかいハと書くよりは、ナンパ、ナンパっていうのは、船が難破するっていうのは、「なんばしょとるか」というのは武田鉄矢が「なんばしょとるか」、博多弁ですかね(笑)。

本当に船が、座礁するのを難破っていいますけど、幸せそうなかたちで船が進んでいるのを下のほうで、機雷をしかけたり、珊瑚礁を・・・。あ、船が難破したという感じで、幸せそうに普通に生きている女性を、なんか仕掛けをして、お誘いかけてナンパするというのも似てるなあっていう感じでね(笑)。

そういうふうに幸せそうに海の上を進んでいる船をね、沈没させるような。沈没というといろんな話しが出てくるけども、そこから発展するのはやめにして(笑)、ナンパで元に戻してですね。

メールをご紹介しましょうかね。
ラジオネーム:圏外孤独(笑)。天涯孤独といいたいんでしょうけど、圏外孤独っちゅうのは、まあ携帯使っておられるんでしょう。
静岡県、40代、男性、会社員。

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40代になっても、女性とまともに交際したことはありません。
通勤の電車の中で、よく見かける女性、かわいいなあと思っていても、声をかけることができません。ナンパの経験もないのです。そんな私は、いつか結婚できるんでしょうか。
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えー、東州さんもね(笑)、若い頃はモテたでしょう、モテたでしょうといわれるんで、いわれてみればそうなのかなあと思うんだけど、自覚なかったですね。背が小っちゃかって、かわいいし、子鹿のように走り回っていた。

高校一年生の時に手紙が来たんだけども、もっと大人でちゃんとつき合えばよかったんだけども、大学の頃はモテない、モテないという意識もなく、もっと大きな目標に向かっていたからね。

でも、みんな友達はね、ボーイフレンドがいたり、ガールフレンドがいたり。その時は僕もナンパもしたことないし、50代になってから僕は、学生の頃は特に女性とつき合ったというかまあ、高校時代に手紙をもらった女と7年間戦いをして、その女が、向こうから手紙が来たんだけど、返事したのは夜に書いて8ページも書いたのが、葛藤と呻吟するなかの日々だったんで、もうちょっと大人で。

私って半田君のことがだんだん(好きに・嫌いに(どっちかを選ぶ))と書いてあった(笑)。

嫌いだったら書かないと思うんだけど、僕も、「私もあなたのことがだんだん(好きに・嫌いに(どっちかを選ぶ))。こんどお茶でも飲みましょう」という返事をすればよかったんですよ。

「お茶でも(飲む・飲まない)」(東海林さん)

どちらかを選ぶという(笑)。というふうにいけばちゃんとうまくつき合ったんだろうとなと思うんだけど、そういう風なものではない、純粋で、ちょっとマザコンでしたからね。

結局、多くの場合、こういう男性っていうのはお母さんと仲がよくて、女性を美化し過ぎると。聖なるなるものとして扱うことによって相手の女性もダメになり、自分もダメになっていくっていうのが、アンドレ・ジイドの書いた「狭き門」という小説がそうなんでね。

「狭き門」を読みました。何がいいたいのかよくわかんなかったね。そのあと遠藤周作の「狭き門」の解説を見て、ああそういうことなのかわかったね。

「狭き門」はバイブルの中で、「滅びに至る道は広く、これを見いだすもの多し、命に至る門は狭く、それを見いだすもの少なし、狭き門より入れ」というね、バイブルの言葉なんですけど。

結局、何がいいたいんだこの小説は、というのは、あまりにも女性を聖なるものとして大事に扱って美化し過ぎるもんだから、女のほうも苦しくなって、私はそんな・・・じゃないのよ、というかたちで、苦しくて苦しくて、結局、男にひどいこといって、サディズムみたいにひどいこといって、最悪の女みたいにいって、結局、女もどこかに行って死んでしまって、自分もなんでこんなことになるんかというね。

恐らくアンドレ・ジイドの体験を書いていると思うんですけどね、僕も同じようなものだったんで。だいたいマザコンの人が多い。

だから、女性は母なる聖なるものも持つけど、娼婦のような要素を合せ持っているわけですよ。

「時には娼婦のように」(東海林さん)

時には娼婦のようにね、時には親のない子のように(笑)。でも、母の要素と両方持っているわけなんで。そういう聖なる要素、母なる要素しか思わないというのは、マザコンの典型的なものなんでね。

まあそういうことで、その原因はそうなんだということで、どこかで、女性というのはバシーンと厳しく恐いぐらいのこといったほうが、女は喜んでいたと。グズグズ、グズグズどうしょうもないような様子してるんだけども、うるさい、ガタガタいわずワシについてくればいいんだよと。

お前のほうがおかしいんだからといって、バシッといわれると、すいませんといって、なんかスカッとするんですね。そういうところと、優しいところと両方使い分けができたらいいんだけども、それがなかなかできないところ。で、男は苦しむところ。

僕も大学の2年生まではマザコンだったのが、大学の3年生で400人のクラブの部長になったときに、みんなのために僕は、というかたちで担ぎ出されてプレジデントになったんだけど、代表はクラブの知性でなければいけないね。

クラブとしてどうなのかと考えたら、その女性たちは、結局、自分が楽したい、楽しい日々を送りたい、苦しいのはイヤ、つらいのはイヤ、チャレンジするのはイヤ。

こんな女のために僕は一生懸命クラブを良くしようと思ってきたのかがわかってですね、女の実態っていうことが、クラブの責任者となってやるときにはじめて実感しました。

みんな優しい子ばっかりなんで、気がついて、今のクラブに一番何が必要かというと、鬼のように厳しい、恐い先輩、しかも鬼のように厳しくて恐い先輩だけど、ぐうの音も出ないほどの実力を持って、まいりましたというぐらいの、それがうちのクラブに今足りないものだと。

僕が1年生の時の4年生はそういう人ばかりだったのが、みんな優しい人になっちゃってね。クラブが弱くなったのはそういう先輩がいなくなってからなんだと思って、僕が1年生の時恐かった先輩を思い浮かべてですね、いろんなコンテストいっても優勝してくるしね。それだけの強い、実力があり、しかもバチーンというのがおって、でもどこか優しいところもあるというのが、引き締まってきて、女の子はそれが一番いいというのがわかったんで。

突然僕も鬼の半田に今日から変わるということで、バシバシに厳しくいい始めたんで、そしたら急に、なんか、ラブレターが届くようになって(笑)、なんなんだお前たちは、っていって。

高校時代に生徒会長していた男というと、生徒会副会長とか、書記とか、会計係はいいんですけど、選挙で選ばれただけなのにね、実力と能力で評価されたわけじゃないのに、選挙で選ばれただけなのに、高校時代の生徒会長というのは、中途半端にプライド高くて、皆ダメですね(笑)。

能力もないのに、ちやほやされてたもんだから、オレは偉いんだとどこかで思ったんか。副会長とか会計係なんか、みんなのためになんていうんで、仕事ができて有能な人多いですけどね。

結局、若いときにモテたという、その男は40過ぎたらどうなるかといったら、本当に役に立たない、どうしようもないものばっかりですわ。

「過去の栄光」(東海林さん)

過去の栄光だけど、あるときこういう本があったね。いったい若いときには女で不自由せず、いつも女の子をはべらしてね、ナンパも経験、いっぱい交際してたんだけども、ある年齢となったときにお見合いしてね、これはなかなか素敵な人だと思って、自分が気に入ってプロポーズしたすべての女性から断られたそうです(笑)。

はたして、若い時いっぱいガールフレンドがいて、ナンパの経験もあり、女性といっぱい交際してですね、「女には不自由しないんだ」といった学生の頃、40代過ぎて本当に結婚したいなあという女性に、ことごとく振られて結婚を断られたという男性は、はたしてモテる男なのかどうなのか(笑)、これをモテるといえるのかどうなのかですよ。

本当にモテる男というのは、自分が結婚したいなと思う人が、私でよければ是非、私もあなたと、というのが、モテる男じゃないかと。

やっぱり、実力が備わってないのにモテたっていうことは、若い頃のエネルギーがそっちへ行っちゃってるもんだから、職能力がない、社会的評価が足りない、実力がない、勉強してないというのが多いですよ。

全然なかったら寂しいかもしれませんけど、ほどほどで。そんなものよりも、自分の能力、実力、志を磨くのにやってて、このラジオネームの圏外孤独さんみたいな人のほうが、よっぽど私は、社会的に職能力あるんじゃないかと思いますよ。

だから、なにも過去を悔やむことがない。ただ、そういうふうに思うんならですね、1回ダメもとでいけそうな女から(笑)、やってみて、10人声をかけたら恐らく、私はやったことないですけど、いろいろな人から聞くと、10人声をかければ必ず1人か2人は、いいですよってつき合ってくれると。

7人、8人、9人断られるのをいやがらずに、粘り強くやれば、最低でも10人のうち1人、どんなに不細工なチビ、デブ、ハゲでもね。熱心にいってくれる人はね。

最低でもですよ、だから普通熱心に声をかければ、半分ぐらいは、今の時代。昔の時代はもちろん違ったでしょうけど、今はねそういう時代なんで。

若いときにそれやってた人間はダメになってますよ。40になって何もなかったていうのは、自分がまずマザコンじゃないかと思うのが(笑)。女性っていうのはひどいもんなんだというのをどこかで思い知るべきですね。

二つの要素を持っているんで、美化し過ぎて両方ダメになった、アンドレ・ジイドの「狭き門」の小説をみて、自分のこといわれてると思ってですね、壁を越えてほしいですな。
だから、5、6人ダメでもいいからやってみてね、本当に自分がこれがいいなというときに、ちゃんと自分の言葉でいえるようになったら、心の底から結婚してほしいなあと思う人と結婚できますよ。

これが本当にもてる男じゃないかと思うんで、その実験のつもりで、ダメもとで、どんどん声をかけたらどうかと思いますよ。自信持って、モタモタしてもいいですから、ハートが伝わればいいわけですから。

なんか、しょっちゅう私が声をかけているように思われるかもしれませんが(笑)、そうではなく、反省を踏まえて。そんなものよりも、もっと超然とした世界に生きていこうと思っているわけで。

だから、僕のような歳になってくると、40代以上の女性にはモテますけどね(笑)、そういってても意外に、20代、30代、10代(笑)、わかんないですけどね。

モテるとか、モテないとかいう世界に生きてないですもんね。

「なるほど」(東海林さん)

外国のすごいVIPを、次々しばきあげて、フレンドシップをもって、世界の壁を日本人として打ち破っていくということに命懸けているんで。

女性にモテるとか、モテないとか、そんなものは全然。

「器が小さい」(東海林さん)

関心もなければ、価値も見いださない。そんなのは降って湧いたように来るもんなんだ。
あるときに、なんで僕がそう思っていたか憶えがないなあといったときに、もう50過ぎて、同じような年齢の女性が、それは僕がね誘わなかったからよと。それは眼中になかったからな、でもこれはいいなと思うのは、別に他にボーフレンドがいたりしたから遠慮してたんだよといったら、それは違うと。

声をかけておけば、必ずしも1人の人がずうっと1人で行くわけではないんで、やがてそのつきあいも終るときが来るから、その時には回ってくるんだと。

あるいは、その人よりもこっちがいいなと思った女性っていうのは、そのように思うものなんで、つき合っているか、つき合っていないかと遠慮せずにいえばよかったんですよって。

いまさら、30数年前の過去には戻れないしなあ(笑)、と思ってね。というふうにいわれたことがあって、そういうふうにいっているという人は、何かの意図的にそういう話を私にしているのかと考えて、いや、考えするのはやめようと思ってね。

意外に、まだあなたは目が覚めないのねというのが、アンドレ・ジイドの「狭き門」の結論なんですよ。

だから、アンドレ・ジイドも同じような目にあって、遠藤周作も同じような目にあって(笑)、私も同じような目にあっているんで、このメールをくださった圏外孤独さんも同じような目にあってるんですけど、克服できますんで、克服していただきたいです。

(CM)

えー、お知らせですね。「深見東州 武道館 オリジナルソングコンサート」が7月21日、ちょうど大学は夏休み始った頃かな。木曜日、5時半開場で、6時半から開演します。

私が単独ですので、ぜんぶ私がシンガーソングライターとしての曲で。あらゆるジャンルの曲作ってますけど。去年は私の曲は数曲あったんですけど、今回は、全部私の作った曲です。

チケットは、たちばな出版HPで、B席:6,000円、A席:7,000円、S席:9,000円、SS席:13,000円。

すけべすけべ席、まあシーモネータとか、ターミネータとか、いろんな話が半分ぐらいありますけど、楽しい楽しいコンサートですので、是非お越しくださいね。

さて、今夜の放送いかがでしたでしょうか。たこがでしたでしょうか(笑)。タコでしたか、いや、イカがでしたか(笑)。

あなたの感想、質問、笑える話、下ネタ、ちょっとした悩み、すごい悩み、なんでもメールをください。メールは、ラジオ日経で検索して、ラジオ日経のこの番組ブログの右サイドにある番組あてメール投稿フォームからお寄せください。

また、この番組をオンデマンドでもう一度、好きなときに聴くことができます。オンデマンドもメンデマンドも、男でも女でも、この番組のブログにありますので、聞きのがしたときは是非お聴きください。

それではまた、来週の金曜日の夜11時半に、お相手は深見東州でした。時々出てくる天の声さんというか、ハゲの声は、

「ハゲの声ですか(笑)」(東海林さん)

あ、すみません(笑)。東海林桂さんでした。

「桂(かつら)ですから、ハゲですか」(東海林さん)

そうです(笑)。あなたにとって、素敵な週末が訪れることをお祈りいたします。

それではまた、蒙古来襲。


2016年7月13日 (水)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」7/1後半 テーマは「年の差」 ワールドメイトブログ

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「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つワールドメイト代表深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。


2016年7月1日 後半
テーマは「年の差」です。


今週もたくさんのメールありがとうございました。さて、後半もメールをご紹介しましょうね。

ラジオネーム:ドリーマー
松山市、30代、女性。
--------------------

深見東州さん、こんばんは。
先日、自分が死ぬというイヤな夢を見ました。
あまりにも驚いて目覚めてしまったのですが、自分が死ぬ夢っていったいどんなことを示唆しているのか。ネットで調べたら自分が死ぬ夢は吉夢と書いてありました。東州さんの夢判断はいかがでしょうか。また、東州さんはどんな夢を見たことがありますか。

--------------------

これは、まさにその通りです。

自分が死ぬ夢っていうのはいい夢で、自分が死んでいるのに自分が自覚があるのは変なんですけど。死んでたはずが途中で蘇ったっていうと、いいとこだったのが、いまいちダメだったということなんで、夢は逆さまなんですね。

正夢ってのはあるんだけど、ほとんど明け方の頃に見る天然色で見る夢は、そのまんま正夢の場合もあるんですけど。

神夢、霊夢、正夢、逆夢と悪夢(笑)と、いろいろありますけどね。体がくたびれてきて小さいころなんかほんとに、おしっこしてる夢を見て、それがおねしょだったり、あれはやっぱり正夢のほうだと思うんですけどね。

しかし、自分が死ぬ夢っていうのは、一身上の栄達とか、一身上にいいことが起きる、ラッキーな幸運なことがやってくる。そういうようなのが死ぬ夢なんで。これはまさに逆さまになってくる。

「へー」(東海林さん)

火事なんか全焼したというのはいい夢なんですけど、焼け残ったのがあるというのは災いが起きてくる(笑)。

「微妙ですね」(東海林さん)

蛇が山から下りてくるというのは、悩み事が解決するんですけど、普通の蛇がいるというのは、揉め事トラブルが起きてくる。

お猿さんの夢とか猫の夢っていうのは、裏切り者がいて裏切られたとか、自分を落とし入れる陰謀がある。

トンボの夢というのは、言い争いが起きる。

税務署がきたときは、部屋中に蛇、蛇、蛇がいっぱい。家中が蛇というときはマルサにやられましたけどね(笑)。もちろん、13年かけて、完璧に勝ちましたけどね。税務署が来る前というのは、家中に蛇がね。

あの、川上弘美の「蛇を踏む」という芥川賞をもらった作品がありますけど、あれはほんとうに蛇、蛇、蛇が出てくる。面白い小説でしたけどね。

蛇の夢も、山から蛇が下りてきてるのみたら、心配事が解決するということなんですね。そういうことで、あんまり夢を気にしすぎるととらわれちゃうんで、悪い夢はみんないい夢だと思って、いい夢は正夢だと思ってね(笑)。

ぼくは、今でも空飛ぶ夢見ますもんね。見ます?空飛ぶ夢。

「いや、昔は空飛べたけど」(東海林さん)

今もガンガン飛んでますよ。だんだん飛べなくて、うーん飛ぼう飛ぼうというんだけどね、低空すれすれですけど、今もしょっちゅう夢では、空飛んでいますよ。

「空飛ぶっていうから、軽いんじゃなくてヘビーなのかな」(東海林さん)

ああ、そのヘビーですけか。へー、ビー、シーっていうのが(笑)、へー、ビーぐらいの。ヘーエーというのは大きいオナラが一発(笑)。ビーは分割、シーは8分割っていうんで、分割してオナラをこき分けますけどね。

「シーは、すかしですね(笑)」(東海林さん)

すかしいですね(笑)。いやいやいや、なつかしいですね。すかしいの話はなつかしいですね。

「すかしいは、臭いんですよね」(東海林さん)

そうそうそう、結局音で出てくる表現力のエネルギーが臭いのほうにいってしまって。

「また、下ネタいっちゃって」(東海林さん)

ユンケル飲んだあととニンニク食ったあとっていうのは臭いですね。しかしね、オナラのオナラたる由縁、ウンコのウンコたる由縁。臭いがあってほんとうのオナラらしいオナラ、ウンコらしいウンコなんだけどね。

臭いのないオナラとか、臭いのないウンコというのは、ウンコのウンコたる由縁、オナラのオナラたる由縁がないからね(笑)。これは本物じゃないんで。

臭いものは思いっきり臭さに徹すれば、そこに男の道があるんじゃないかと私は思っているんですけどね。

「やっぱり、臭い方が健康なんだ」(東海林さん)

健康でいうと、黄色くて浮かぶウンコ。これが健康なんですよ(笑)。黄色くって水に浮かぶのが健康で、黒くて沈むのがダメなんですよ。あれは、全部結局、菌ですからね。

だから、黄色くて浮かぶウンコを目指して、頑張っていただきたいなあと。黒くて沈むウンコは悪玉菌が多いんで、不健康なウンコなんです。

「お肉とか食べると」(東海林さん)

だから、そういうことになりますね。なるべく目標は、ユンケル皇帝飲んで、とにかく黄色いのを水に浮かべると(笑)。

という目標で、今夜も頑張っていただきたいな、皆さんにということで(笑)。

「どうやって、頑張るんですか」(東海林さん)

どうやって頑張るかというのは、それは各々の課題ですね。

「野菜を食べるとかそういうのもあるんですか」(東海林さん)

まあ、それもありますね。特別に興味持っておられるようで、東海林さん。

「昔、健康番組やってたときに、ウンコでわかる体の調子っていうのをやったんですよ」(東海林さん)

黄色で浮くのが一番いいっていってたでしょう。

「浮くのは、脂肪が多いから浮くっていう話もあったんですけどね」(東海林さん)

ほー、あのね、ウンコだけで博士号とった人がいるんですよ。博士論文ってなにかものすごく狭いところに特化して、それが大きな全体像を、いわゆる健康の中でのウンコの位置ということで、ウンコだけで博士号をとったウンコ博士っているのね(笑)、これ本当の話ですからね(笑)。

まあそういうことで(笑)、夢判断。あのね、夢判断のウンコはね、便器がウンコでいっぱいっていうのはいい夢なんです。

「そうなんだ」(東海林さん)

ウンコだらけの便器、ワーッと思うんですけど、これは逆でですね、すごくいいことが起きる。

「運がつく」(東海林さん)

そうですね(笑)。便器があるんだけど、ウンコがなく比較的きれいだった、というのはまあまあ、悪くもないけど特によくもない。

ウンコがいっぱいだったという夢は、すごいいい夢なんです。

「へえ」(東海林さん)

まあ、そういうことで頑張っていただきたいな、今週もね(笑)。どう頑張れば(笑)。まあ、そういうことで。

(CM)

今夜の放送いかがでしたでしょうかね。あなたの感想、質問、笑える話、ダジャレ、下ネタ(笑)、ちょっとした悩みなど、なんでもメールをください。メールは、ラジオ日経で検索して、ラジオ日経のこの番組ブログの右サイドにある番組あてメール投稿フォームからお寄せください。

また、この番組をオンデマンドでもう一度、好きなときに聴くことができますよ。オンデマンドもこの番組のブログにありますので、聞きのがしたときは是非ともお聴きください。

それではまた、来週の金曜日の夜11時半に、お相手は深見東州でした。あなたにとって、素敵な週末が訪れることをお祈りいたします。

それではまた、いいウンコで(笑)。あれ違うかな、また来週。

「素敵な夢を」(東海林さん)

素敵な夢を。


2016年7月12日 (火)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」7/1前半 テーマは「年の差」 ワールドメイトブログ

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2016年7月1日 前半
テーマは「年の差」です。


こんばんは、深見東州です。
行き遅れ気味の皆さん、バンコンハ。毎週金曜のこの時間、30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話ししましょうね。今週のテーマは「年の差」です。

結婚のデータを調査している会社からですね、年の差婚が増えているという発表がありました。昔の歌には、愛があれば年の差なんて、というのもありました。

いったい、なんで年の差婚が増えているのか、年の差は愛で越えることができるんでしょうかね。

では、今日という日が終る時間までおつき合いくださいませ。
たとえ年の差があったとしても。

(CM)

さて、この年の差婚が増えた原因というのがですね、いろいろ調べてみてわかったんですがね、20代の若い男性は経済的に結婚できないと。

まあ、ワーキングプアというよりも、20代というのはそういう給料の絶対的なる格差があって。20代でも収入の多い人はいますけど、一般論としてね。

40代ぐらいの人は、収入も安定している男性も多いんで、そういう人と結婚すると。20代の女性が、40代の男性と。経済的に安定しているというのが理由の一つですね。

逆に、キャリアウーマンの40代の女性も収入が多いんで、40代の女性が年下の男性とですね、結婚すると。

男女共、経済的理由が背景にあると。

昔から、人生二度結婚説というんで、年上の女性と若い男性が結婚して、女性にリードされながらだんだん男のほうも。

男がこんど大人になっちゃったら、若い女性をもらうと。若い女性も、女性扱いがなれたりいろんな技が進化している男性によって(笑)、それで女性として大人になって開花していくと。

男のほうも年とってきたら、こんどは女が若い男性をもらってというんで、まあ人生二度結婚すればいいんじゃないかという説が、いっときいわれましたけどご存じですか。

「いや、初めて聞きましたけども。いいことですね」(東海林さん)

そうでしょう。考えたらいいサイクルですね。年の差婚といっても人生二度結婚説というのは、実際にプラクティカルな現実のね、いまの社会から見たら理にかなってますね。

恨み辛みがあれば問題ですけども、そういう年齢と経済性と人間の成熟度合いと体の発達具合、老化具合、考えたらば一つの生き方、やり方かなあと。

昔は、女性の人権っていうのがあんまり認められなかったときには、妾が何人もいたりね、正妻と側室があったりというんで。

しかし、今の時代から振り返ったらどうなのかっていうのは。その当時はそんなものだった。うちのおじいちゃんは千人斬りのおじいちゃんで(笑)。悪因縁だけ残して、一個飛んで孫の私は、本当に女性で苦しめられ続けて、女みたいなものはと思いながら。

もう一押しすると、男同士の世界に行って、二度と戻れないというギリギリのラインでノーマルでね(笑)。ボーイフレンドもなく、ヒツジも飼わずに、妾も置かずに、普通の人間として、普通に生きてますけどね(笑)。

アイハブ ノーワイフ ノーチルドレン ノーボーイフレンズ ノーガールフレンズ ノーシープ っていうと、みんなワーっと笑うんだけども(笑)。普通の人が、シープって何なのって(笑)。中年の女性が、シープというのはねっていって(笑)。

ギャグでいっているんですけどね。何のことかわからない人は、また後で投書してくださいね。それは、こういう意味なんだよって、東海林さんが教えてくれますから。

「わたしですか(笑)」(東海林さん)

まあ、そういうことで、年の差婚ができていると。年の差婚ならいいと思うんですけどね。人間とシープ(笑)、ちょっt種類が違うからね(笑)。

そういう男女共、経済的な理由という背景があったとして、デメリットもあるんですね。一般的にいわれていることなんですよ。話が合わないと。上から目線の発言が多いと。

40から20、特に女性がね。はじめはいいんだけど、だんだん大人になってきたら、なによと。はじめはいいんです。

40歳と20歳とか、60歳と30歳と差があるけど、80過ぎたら80でも100でもほとんどもうね。

「80と50だったら全然」(東海林さん)

80と100、70と100というのは、ほとんどオランウータンの世界で、同じですよね。

「オランウータンですか(笑)」(東海林さん)

若々しいオランウータンと成熟したオランウータンと、ほとんど、人類の前の生き物というふうになっちゃうじゃないですか。年とってきたら。まあそんな感じですよね。

まあ、そういう所もあるけども、お父さんと娘と勘違いしたり、お母さんと息子と勘違いされたり。しかし、老後が不安だと。だから、人生二度結婚説というのが出てくるわけね。

そんななかで、メールもいただいていますね。
新潟県、40代、女性、自営業。

--------------------
こんばんは、毎週オンデマンドで楽しんでおります。
女性が聴いたらメンデマンド(笑)
私事ですが、年の離れた60代の方の猛アピールを受けて、おつき合いをすることにしたものの、何かと考え方に違いがあり、苦しいこの頃です。
それぞれ、違いがあってよいし、あるのが当たり前と私は思うんですが、彼は自分の考えなりを私に押しつける愛情。違いを認め合うというのは双方に認識がないと成り立たない考えですが、我慢している自分がいることに気付き、このままつき合っていけるか、疑問が消せずにいます。
東州さん、助けて~。
--------------------

こういう悩みは、気持ちはわかるけども、私からいわせれば、これはちょっと愚かな考え方ですよ。これは、年の差がどうのこうのというよりも、60歳でもいろんな人がいるからね。

年齢差以上に、60でも非常に知的な欧米とか外国人とかの女性とか、あるいはまた化粧品、それからファッション。女性の多い職場でそういう女性の扱いがなれている方だったらば、ちゃんと女性というものの扱い方があって、民主的に意見を聞いて、押しつけないですよ。

これは、60代からだとか、どうのこうのというよりも、私からいわせれば、頭が固いというか、頑固なんですね。あの、頑固とか、頭が固いということは頭が悪いということです(笑)。

うちの主人は頑固なものでといったら、頑固といったら頭が悪いというということですよ。何故かというと、いろんな人の意見、考え方、生き方というものを理解する知的許容力がないわけですよ。

数学的な計算ができたり、知識があるかもしれないんだけども、自分は自分なりに考えはあるんだけども、自分だけが正しいわけじゃない、人にはいろんな意見があるわけだから、いろんな意見いろんな考え方というものを、許容する知的許容力がないから、結局、教養がないんです。頭が悪いんです。頑固なんです。

オレは頑固だ。頑固一徹というのは、オレは頭悪いんだと(笑)。

「頭悪い一徹」(東海林さん)

オレは、頭悪い一徹なんだと(笑)。だから、やっぱり、一つの道を貫くということと頑固とは違うからね。

鬼にも二種類あってね、鬼のような奴だというのと、バレーボールの鬼とか、ゴルフの鬼っていうのは、それはもう人間を離れたような、鬼神の如くというような、人間離れした迫力と一途な思いを鬼というんで、二種類あります。

だから、頑固といっても頑固に自分の道を貫くというのと、頑固な性質というのは違うので、頑固な性質というのは頭悪い、頭悪いというのは、いろんなものの考え方、生き方というものを理解する知的許容力がないというだけのことなんで。まあそういう人だというだけのことですよ。

60代であろうと、50代であろうと、私は65ですけども25歳とほとんど変わらない(笑)。感性はね。それはやっぱり、常に新しいものを吸収し、新しいものを学んでいこうというだけのことなんで。

だから、それはそういうもんだということを理解するしかない。どっちかが賢かったらおつき合いっていうのはうまく行くんですけども。

それでまあ、我慢している自分がいることに気づき、このままつき合っていけるか疑問が消せずにいますってさあ、我慢せずにつきあえる男っているのかですね。

男も、我慢せずにつきあえる女っているのかですね。たまにいますよ。100人に一人もいないでしょう。性的相性なんかもいいっていうのは20組に一組。

美輪明宏が、20年か30年、ラジオ番組で人生相談やってて、性的相性がいいというのは20組に一組もないと(笑)。

だから、基本的に性的相性というのは20組に一組しかお互いにピッタリというのはいないんで、19人はどっちかがすごく好きで、どっちかが普通か、どっちかがすごく好きで、どっちかがそれほどでもないとうのと。どっちも好きか、どっちも嫌いか、どっちもほどほどだったら、性的相性はいいわけですね。どっちかがそうじゃないときは、どっちかが辛抱ですよね。

それで、七夕(たなばた)夫婦というのがいて、私の音楽の先生で、彼女は七夕夫婦なのよって、七夕夫婦ってなんですかって、年に1回やると(笑)。

「じゃ、もうすぐですね(笑)」(東海林さん)

人がね「それいいなあ」って、「えっ、どこがいいの」「だって、年に1回でいいんだもの」「年に1回のどこがいいの」って。

それを聞いていた人は、年に1回もイヤなんだろうね。だから、人それぞれだなあって思いますよ。

だから、そういうふうなのは、ほとんどの人が我慢してるわけなんで。つき合うということは、我慢する、理解する。自分の思い通りには行かないわけなんで。

だから、40になってくると、自分という生活パターンができて、60というのは生活パターンができているわけなんで。

男も35過ぎたらなかなか結婚しにくくなるというのは、自分の生活パターンができちゃってるんで、それを壊されたくないんで、なかなか踏み切れないんですよ。

10代、20代っていうのは、よくわからないときに、こんなもんか、こんなもんかと思って、妥協でこんなもんかとということなんで。

ところが、若いときにいっぱい女とつき合って、男とつき合ってるというのは、中途半端に知識と経験があるもんだから、ああしそうなもんだ、こうしそうなもんだで辛抱しなきゃいかん。それは、自業自得のもんなんで。

そういうもんなんだと思って、客観的に考えて、その人間がいい人間かどうなのかっていう人間性の本質を見て理解してあげるということですね。

辛抱するとか、我慢するというのは、理解していないっていうことです。この女性もね。
理解する、辛抱する、我慢するということは、理解してないから辛抱し我慢する。理解したらそんなもんなんだと。距離をちゃんとおけばいいだけなんでね。

結婚とか、友人関係とか、全部妥協の産物ですよ(笑)。その妥協の産物が極限までいって、東海林さんなんかも、今は一人になられて(笑)。

私は、ずっと独身というのは、禅のお坊さんのようなポリシーがあっていくんで。

うちの父親がね、おまえなあ、5人ぐらい奥さんもらわないかって。中華料理の上手な嫁はん、日本料理の上手な嫁はん、西洋料理の上手な嫁はん、マッサージの上手な嫁はん、下ネタの相手をしてくれる嫁はん。これ、5人もらわんか。

結局、自分が僕の嫁さん5種類で楽しもうと思ってるんだろうって、ばれたかって(笑)。お前なあ、次々と女とやってなあ、次々と子供作れ。次々と認知していくんだな。どうして?そうしたら、半田家のDNAが社会に広がるだろって。

大きくなったら子供どうなるんかって。そんなもの勝手に親はなくても子は育つんだって(笑)。むちゃくちゃな父親だったけどね。

子供がかわいそうで、そんなことはできないけども、その気になればエネルギーはもってはいるんだけども、もっと大きな目標に生きているんで。あと35年生きても100ですからね。

若いときと比べて、1日は3倍、5倍の速度で、1年間過ぎていくわけなんで、どれだけのことをやれるかを考えたら、大したことできない。やれるだけのことやって死んでいこうと思って。そのために自分で志立てて、貫いているだけのことでね。

まあ、そういうことで、先々週は大学の講義みたいなやつだったんだけど、先週から下ネタをやり、そして今週は年の差婚になりまして、先週の下ネタの話題が尾を引いているようでございますが(笑)。

そういうことで、つき合うなら理解することですよ。我慢なんていうのは、我慢するというのはどういうことなのか。理解してないから我慢する。

人間性の本質見てね、基本的にいい人だったら続いていくんでね。どうなのかっていうことですよ。人間性の本質がそれほど悪くなければ、本当に愛してくれておるならば。

それは、押しつけてるっていうのは、お互いが60、40になったらね、男として女として生活のパターンができはじめて自分なりのスタイルというのが、殻ができちゃってるからそう思うわけなんで。

ここでもう一回切り替えてですね、どっちかが賢かったらこういう男女の間ってうまくいくんで。どっちかが賢かったらうまくいくんですね。

だから、そういうのは普通だと。そういうのが普通のカップルなんだというふうに、理解の幅を広げてほしいなあというのが僕の答えですね。




2016年7月10日 (日)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」6/24後半 テーマは「下ネタ」 ワールドメイトブログ

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2016年6月24日 後半
テーマは「下ネタ」です。



えー、メールを読みましょうね。
ラジオネーム:マイケル・釈尊大好き
50代、男性、会社員
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

東州さん、東海林桂さん、毎週拝聴させていただいております。
東州さん、時折ですが、東海林さんはさだまさしさんのラジオ番組の構成作家だったとよくおっしゃっているので、気になっていました。以前、さだまさしさんがラジオで大岡越前守忠相(ただすけ)にへいをつければ、ただの助平。大岡越前守ただすけべいということでね。ラジオの前で大爆笑した思い出があります。

この時期、新入社員も仕事がなれてくる頃で、東州さんがいうシーモネータも、時には発情(発動)しなきゃならないときもあると思います。是非番組で、明るい失敗しないコミュニケーション シーモネータの使い方を東州さんに伝受していただきたいと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「下ネタ、暗いと陰湿ですよね」(東海林さん)

まあ、金太の大冒険まではいいんだけど、吉田松陰芯なめたとか、おまんの方はちょっとこれ(笑)、ね、暗すぎるよね。

やっぱり、明るく、あっさりというんで、モロなところを少し下げてね、いくというのがね。

秋田のほうでは、フェラガモというブランドあるでしょう。あれは禁句でね。ガモというのは秋田地方では男性のあれのことをいうんで、それがフェラなもんですから。

フェラガモというと、ドキッとしてしまうんで。秋田地方で、フェラガモという商品名だけはなるべくおっしゃらないほうがいい。

昔、九州の所で、プロレス興行で、ボボブラジルというのが来たときに(笑)、ポスター出してくれなかったというのね。これは有名な話ですよね。

ボボというのは、とにかくそういう意味なんで、そこがブラジルというのは、燃えるように熱かったんかなとか、いろいろ考えたりして、結局禁止で、ボボブラジルのポスターは貼らしてくれなかったという話があるんで。

地方によっては、本当に気をつけたほうがいい話がありますよね。

「あと、イタリアでカツオのたたき」(東海林さん)

これはダメだ。カツオのたたきだけじゃなくてね、あるF1レーサーで、なんとかカツオっていたんですよ。そのとき日本人ファンがF1レースのスタジオで、「カツオ、カツオ、頑張れカツオ」って大きな声で。そしたらイタリア人がウオー、ウオーって笑ったいたんで(笑)、

「カツオ、頑張れカツオ」っていってたら(笑)、イタリア人が毎回大爆笑してて、「なんで笑ってんだ」という、実際あった話がある。

カツオというのは、そうするとサザエさんも(笑)、なかなか、配役によって、イタリア人にはいえないようなものがあるんで。

あと、フランス人に、「コン トウコウ」というのはすごい名前だと。女性のアレはフランス語でコンというんで、「こんど、またじゃあね」というと、「えー」っといわれるんで(笑)。

「マイネイムイズ トウコウ コン」というと、「ハアッ」と。コンヒデミというのもいましたね。あの評論家で。日本人では普通ですけど、フランス語では「コン」というのは、非常にときめくような、女性のことを表わすので、「こんど、気をつけましょうね」(笑)。


ということで、上ネタのほうに移らせていただくんだけど、「深見東州 武道館 オリジナルソングコンサート」なんで、私のまあ、シンガーソングライター。外のほうはトクするけども、シンはソンしてるということで(笑)、シンガーソングライターの武道館。去年も12000人、満席できましたけども。

今年は、全部私の作った、作詞作曲した曲で歌いたいと思います。30人のビッグオケでやりたいと。7月21日(木)、夕方5時半から開場、6時半から開演と。いろいろと面白い演出を考えておりますので。

ここは、とにかくラジオではないので、といってもかなりいってるけど(笑)、わりと下ネタも爆発するような(笑)、武道館で、音楽とともに下ネタとギャグで(笑)、楽しめるということで。

2年前かな、伝説のロックシンガー、TOTOのキンボールというのが来ましてね、ボビー・キンボールの、ボールは玉でしょうキンは金ですので、なかなか(笑)。

まあ、そういうことで、大爆笑したということで、そういうコンサートです。チケットはたちばな出版HPで。B席6000円、A席7000円、S席9000円、SS席は13000円。

SS席は、スケベスケベ席(笑)

「そんなこと(笑)」(東海林さん)

それ終った後、六本木で遅くまでやっているところに食べに行って、ビール飲んで、乾杯って、ステーキ食べたら、そこも結局全部下ネタでしたけどね。

そういうことで、武道館、みなさん是非お越しくださいませ。

(CM)


今夜の放送いかがでしたでしょうか。あなたの感想、質問、笑える話、ダジャレ、下ネタ(笑)、ちょっとした悩みなど、今日から下ネタが入りましたよ(笑)、なんでもメールをくださいね。メールは、ラジオ日経で検索し、ラジオ日経のこの番組ブログの右サイドにある番組あてメール投稿フォームからお寄せください。

この番組をオンデマンドでもう一度、好きなときに聴くことができます。オンデマンドもこの番組のブログにありますので、聞きのがしたときは是非お聴きください。

それではまた、来週の金曜日の夜11時半に、お相手は深見東州でした。あなたにとって、素敵な週末が訪れることをお祈りいたします。

それではまた、蒙古来襲、宇宙人来襲、円盤来襲、羽咋市のキャラは宇宙人サンダーくんなんで、それでは宇宙人サンダーくん来襲。

またお目にかかりましょう。



2016年7月 9日 (土)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」6/24前半  テーマは「下ネタ」 ワールドメイトブログ

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「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。


2016年6月24日 前半
テーマは「下ネタ」です。


こんばんは、深見東州でございます。毎週金曜のこの時間、30分という短い時間ですけど、私とあなたをつなぎながらお話ししましょうね。今週のテーマは「下ネタ」(笑)。ふふふふ。

いっていいのかどうなのか、こんな話は。という下ネタというだけでセクハラになるかもしれないという時代。下ネタは、笑いのエッセンスか、ただの下品な話なのか、下ネタについて。

前回は大学の授業のような(笑)、めちゃくちゃ難しいような、中国哲学的な難しい話でしたが、そういうものに飢えている人はよかったんですけど、前回聴いて今回聴いた人は、その落差が(笑)。

最近テレビで、保険会社の堤なんとかがやっている落差レディース

「アクサです」(東海林さん)

アクサですか(笑)。そういう落差とかアクサがあっていいんじゃないかということで(笑)。

では、今日という日が終る時間までおつき合いくださいませ。

(CM)

下ネタ、真面目な話をしている中に急に入る下ネタっていうのがあります。下ネタには歴史があったんですね。寄席での艶ばなし、バレネタというんですけど、バレネタというのは例のバレでございまして、絵を描くときのバレット(笑)、ネタをいうときのバレネタ。まあ、そういうことの隠語ですね。

隠語ばあさんというのがいますけど、世間に発表できないようなことばっかりいっているおばあさんは、隠語ばばあというのかもしれませんが。

落語の話には、おかあさんとも関係する話が出るんだけども、ラジオ放送では下ネタ全開でしたね。

金太の大冒険なんかは、僕らよりも年代が後ですけども、僕らの高校時代は、笑福亭仁鶴のラジオ番組で、そのちょっと後には鶴光のね、ネタで。

笑福亭仁鶴の、高校時代に聴いていた深夜番組の下ネタが面白くて面白くて、顔は会ったことないんだけど、「こんなんかな、あんなんかな」っていって、テレビ出たときはマンガみたいな顔でしたけど(笑)。

ラジオでね、高校生の中で浸透しておったんで、そのときはヒゲの生えている、ヒゲを「ゲーヒ、ゲーヒ」といっていたなんとかというミュージシャン。

あとは、僕は1回ハガキで投稿して読んでもらった新野 新(しんの しん)という放送作家がいて、そのときアサカなんとかという人が来て話して、それで聞いたんですよね、事前に出ますよ、っていって。

新野 新さんに一つだけお聞きしたいんです。高校生の僕が興味を持っている切ない問いかけがあるんですけど、聞いていただけますか、っていったら、「なんですか」って。

今まで何回ぐらいやったんですか?って聞いたら、「いや、それは数え切れないぐらいだね」(笑)。

真面目に答えてくれたんで、「いいなあ、放送作家は」って思ったんですね(笑)。それが、高校時代の深夜番組の思い出ですね。

東海林さんのときはどうでした。

「谷村新司さん」(東海林さん)

あ、谷村新司とバンバンも面白かったけど、これは妹の時代なんで。その頃は、もう深夜番組聴いてなかったなあ。

「あの、自動販売機で、『こ』から始って『む』で終るもの売ってるんだけど知ってる?」(東海林さん)

ほーほー、コカコーラとラムネ。

「違う」(東海林さん)

なんだろうね、それ。

「コーヒーガム」(東海林さん)

コーヒーガムってあんの。ああ、コーヒーガムっていう、自動販売機でねえ。明るい家族計画(笑)。

ということで、話は尽きないんだけども。金太の大冒険というのは、僕らのうんと後の時代だけど、つボイノリオのあれは、買って、何回笑ったかわかりません。

金太の大冒険というのは明るくていいんだけど、その後ね、吉田松陰芯なめたとか(笑)、おまんの方というのは、割とエグい感じだったけど、金太の大冒険は明るかったよね。
「神田さんから金太への伝言、『金太、待つ、神田(きんたまつかんだ)』(笑)」(東海林さん)

面白かったねえ、まあ、そういうことで男にとっては、非常にときめくような話題が多いんですけど、実は、ここで私が下ネタの本質的なことをいいたいわけね。

オーストラリアに行って、驚いたんですね。男だけのなんとかクラブというのがあって、ハイソサエティな人たちの会合があるので、「ミスター半田、行かないか」というので、行ったら。

5人ぐらいスピーチしたら、100%全部ワーッと笑っているのが、全部下ネタだった。これが、ハイソサエティな人たちの一人ずつのスピーチなのかと思って、カルチャーショックで。

次にアイルランド出身の人たちだけが出てくる高級なクラブがあって、そこでまた会合があって、格調高くチェアマンが話しかけたら、一人ずつ出てくる人が、結局、10人中10人全部話題が、下ネタなんです(笑)。

それで、たまにはこういうグループもあるかと思いきや、すべてのオーストラリア人、ニュージーランド人、そしてイギリス人、会話は全部それ。女性がいたら、普通の話なんですけど(笑)。女性がいなかったら全部それ。

男子のフィランソロフィ・シニアトーナメントやったあと、ワーっと招待選手が来て、ビール飲んでワーッと、その会話も全部100%、95%は、あっちの穴とこっちの穴がなんとかなんとか(笑)。結局、最初から最後まで全部そうだった。

これ、いったいどういうことなのかと。日本なら下ネタですけども、そういう男社会、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスでは、全部それは、上ネタ、中ネタ、下ネタ。

その理由というのはですね、ここが本当の下ネタフィロソフィーなんですけど、なぜそうなのかというのはですね、実は食事の席とか、お酒飲む席とかになってくると、政治の話題、宗教の話題になってくるとケンカになるわけですね。

労働党、保守党、共和党、民主党、オーストラリアでも労働党と保守党ありますよ。政治の話になってくるとケンカになっちゃう。ディナーでも、酒飲んでも、お茶でも。

「真剣に討論します」(東海林さん)

それで、宗教の話になってきたら、プロテスタントとカソリック。イスラム教とキリスト教になってくるんで、宗教の話になってきたらケンカになると。

宗教と政治の話だけは、食事の時は御法度ですよと。必ずケンカになるから。そうすると、宗教の話しは一切なし、政治の話もなしと。

いちばん安全で、みんなが楽しく食事できるのは、結局、下ネタなんです(笑)。なるほどそういう理由で、オーストラリア、ニュージーランド、イギリスはそうなんだな。

だから、ハイソサエティな人で会話を楽しむっていうのは、結局、英語でそれを全部やるもんだから、そういう英語の隠語というのは、だいたい全部私も覚えましたね。

そういう文化的背景があるんだということを。日本なら、政治、自民党がああだよね、こうだよねって、普通ケンカになんないでしょう。まあ、共産党はなるかもしれんけど。普通なんないでしょう。宗教の話でも、まあそうだねえということで、よっぽどのことがない限りケンカにはなんないでしょう。

ところが欧米の場合は、政治に関心があって、信じている主義主張が、それは食事の席では相応しくないということなんで、イギリスにおいても、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカもそうです。

それは、食事の時はしないという暗黙の了解なんですね。話題がそっちの方になっていくと、みんながワハハハといって楽しい食事ができると。

楽しい食事、楽しいディナー、楽しく酒飲んでワイワイワイ、楽しかったというのは、結局、そういうふうにならざるをえないわけなんで。なるほど、そういう文化的背景があったのかということで。

男も、飲みに行って、グチグチ文句いっているよりは、下ネタいっているほうが、ワハハワハハと笑うじゃないですか。理由があってね、こういう英語で下ネタいうというふうになっているわけなんで。

「英語の隠語っていうのは、辞書にもなかなか出てないですよね」(東海林さん)

時々出てますけどね。6月6日にね、今度のグローバルカップの発表会と同時に、世界6大ツアーのうちの一つが、PGAツアー・オブ・オーストラレイジアという、オーストラリアとニュージーランドとパプアニューギニアとフィジーと・・・5か国でやっているんですけど、それを総称してオーストラレイジアというね。

その6大ツアーのうちの一つがISPSハンダとパートナーシップを組みまして、えー、だから私が冠スポンサーです。

そこのCEOのソロモンさんと、もうひとりの人と終った後、瀬里奈の鉄板焼きで、最初から最後まで、テリーゲールに教えてもらったんだけどね、ノーノー ワッカーズというとワーと笑って。

ノー ワッカーは輪っかがないなんですけど、ノー ワッカーズというのは、ノー ワッキング ファーリーズの省略なんですよ。

ノー ワッキング ファーリーというのは何かというと、ノー ファッキング ワーリー。セックスのこと心配するなというのをノー ファッキング ワーリーというんだけど。
露骨すぎるので、WとFを置き換えたわけね。ノー ファッキング ワーリーというのは、昔あったラジオのスネークマンショーの「こなさん、みんにちは、今日は、かんたまが、きゆいんですよね」(笑)。

「こなさん、みんにちは、かんたまが、きゆいなあ、今日は」というのが、スネークマンショーであったでしょう。それと同じなんですよ。

ノー ワッキング ファーリーというのはWとFを置き換えているんだけど、モロ過ぎないようにスペリングを置き換えて、ノー ワッキング ファーリーというとワーとみんな笑っちゃって、それをもうちょっと省略したのがノー ワッカーズなんですね。

気にしない、気にしないといいながら、ナイスショットというのはたまたま打ったいいショットなんで、普通はグッドショットなんで。

なんか、しまった、OBだ、ミスした、池ポチャだというときは、ノー ワッカーズ、ノー ワッカーズ。気にするな、気にするな。

だから、外国人と回るときは5つの単語覚えたらいいんですよ。グッドショット、ノー ワッカーズ。それから素晴らしいというのはブラディグッド、外国人といってもオーストラリア、ニュージーランドだけですよね、血が滴るようにいいと。ブラディは血が滴るだから。

ブラディグッドというとみんな笑いますよ、日本語で言うと「めっちゃくちゃ、いいじゃんけ」(笑)。血が滴るようにいいじゃないかと、

イギリスに行くと、フラッドフリーグッド(?)。恐るべき、恐いぐらいにいいじゃないかというんだけど。

ブラディグッド「めっちゃ、ええやんけ」、それを外国人がいうとおかしいでしょう。

だから、グッドショット、ノー ワッカーズ、ブラディグッド、サンキュー

「あと、ナイスパー」(東海林さん)

ナイスパー、それで、それだけ繰り返しときゃ、みんなワーワー笑ってますよ(笑)。

テリーゲールと始めて回ったときに、まあある程度僕は英語がわかるけどね、ものすごいバーディショットを打ったときに、ナイスショット、ブラディグッドっていったら、テリーゲールが、「まぐれ」っていうんだね。

「まぐれ(笑)」(東海林さん)

ワーワーワーとなっちゃって、ロングパット決めたら、ナイスパットっていったら、「まぐれ」って。

それ誰に教えてもらったの、その日本語っていったら、「日本のゴルファーに教えてもらった」「こういうときはどういうんだ、と聞いたら、『まぐれ』というんだ」と(笑)。

それ、いい言葉だと思っているんで、ナイスショット、「まぐれ」というとみんなワーっと笑うでしょう。外人が、ナイスショット、「まぐれ」というと笑うじゃないですか。そういう感じでブラディグッドとか、ノー ワッカーズでね。

まあ、そういうことで、友達よりももっと親密な関係をメイトっていうんですよ。ところが、イギリスでメイトというとみんな笑うのは、コンドームのメイカーの名前がメイトっていうんですよね。

「あ、そうなんですか。じゃ、岡本っていっているようなものですか」「サガミとか」(東海林さん)

岡本、サガミって感じよね、メイトって。そうゆうんで、オーストラリアでは、メイトをマイトに発音するんですね。まあ、そういうようなことを繰り返していたらみんなワーっと笑っていますよ。

だから、ノー ワッカーズというのはそういうので、下ネタから発生してきた普通の笑える単語なんで、そういうのを覚えているだけでね、英語を単語を並べてるだけで、みんなワハハハ。

テリーゲールも「まぐれ、まぐれ」っていうとおかしいでしょう。それだけでいいのに、あんまり、英語が話せるとか話せないとか。ゴルフというのはだいたいルールが共通しているからね。そんなに気使うことない。気使っているということに気使うからね。

「下ネタから親近感が始るんですね」(東海林さん)

そうそう、下ネタから親近感梗塞というのがあって(笑)、あんまり親近感が湧くだろうかどうだろうかと胸がときめいたら心臓によくない親近感梗塞。

まあそういうことで、実は下ネタといっても欧米の場合は、アメリカ人は割と真面目なんだけど、まあ、酒の席いったらそうなんで、公私を使い分けているね。

女がいなくて男同士なら会話は全部、スピーチは全部下ネタですよ。アメリカはちょっと真面目だけども、それ以外のイギリス、ニュージーランド、オーストラリアなんかはもう、そういう世界、下ネタ国ですね。



2016年7月 1日 (金)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」6/17 テーマは「忠誠」 ワールドメイトブログ

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2016年2016年6月17日
テーマは「忠誠」です。


こんばんは、深見東州です。毎週金曜のこの時間に30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話ししましょうね。今週のテーマは「忠誠」です。アルカリ性と酸性の中性じゃありませんよ(笑)。男なのか女なのかよくわからないような中性じゃありませんよ。会社に対する忠誠心、古くは、忠臣蔵のようなお殿様に対する忠義の心。

新社会人になって3ヵ月が過ぎました。そろそろ新人研修は終り、実践配備でしょうかね。研修などでたたき込まれた会社の方針、就職した会社に忠誠を尽くせるか、日本の武士道や文化において忠誠は大きな意味を持っているような感じもします。

では、今日という日が終る時間までおつき合いくださいませ。

(CM)

さて、メールを紹介いたしましょう。東海林さんメール?

「はい、見えます」(東海林さん)

------------
静岡県、40代、女性、会社員。

いつも番組を楽しみにしています。深見さんが先日の放送で、忠誠心と何回もいっていましたが、上司が部下に期待する忠誠心はどういうものか教えてください。

------------

忠誠心とはっていうんでね。東海林さん、黒いカラスが白いといわれれば、白いというのが忠誠心なのか、ってね。その通りです。

「その通りなんですか」(東海林さん)

上司が、「お前、黒いカラス、あれは白いカラスだ」。「そのとおりです。白いですね」といって、実はこの愚かな質問なんです。

間(ま)をおいて、この間(ま)をおくということね。なんであのときに白といえとおっしゃったんですか。背景は?

実は、社長が聞いておったから。

なるほどねといって、ワンテンポ間をおいて、後で上司に聞いて、ああそういうことですか、わかりましたっていう、ということなんです。

こういう間をおいて、後で本音を聞くと、こういうことがあってねということで。それは、社長がいるとか、みんながいるところで「白だろ」「白でございます」というふうに、一旦いってですよ。

ワンテンポおいて、プライベートなところとか、居酒屋で酒飲んでいる時とか、後日、
アレどういう風でああなったんですかね、っていったら、実はこういうことがあったんだよと。

なるほどそういうことですか、わかりました。

「それは、新社会人にとって、すごいいいアドバイスですね」(東海林さん)

これが社会人の大人の考え方なんですよ。それが、学生ってのはバカなもんだからね、どうしても忠誠しなきゃいけないと。

そんなこといっとるかコリャ。TPOのものの考え方の判断とか、社会人の立場とか、いっている理由とかあるわけなんで、

そういうことを踏まえて、多くの場合は間をおくという、間をおいてテンポをずらして、どうなのかっていう。その間をおくということができないんです。だから、間抜けなんですよ。

「あ」(東海林さん)

間をおくということができないから、間抜けなんです。バカなんですよ(笑)。だから、それだけのことなんですよ。上司から見たらそういうことなんで。

だから、上司の気持ち、なにか深い意味があっていっておられるんだろうと。黒いカラスを白といえというのには、何か深い意味があるんだろうと。自分にはわからない。

だから、その時はしたがってて、ワンテンポおいて後でゆっくり聞こうということね。

今を去る1200年前のことなんですよね。

あざなを弘法大師といわれた空海がですね、私も高野山に行ったときに空海の書いた本というのは、代表的なのは、十住心論とか弁顕密二教論というのがありますけど、だいたい秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)というのは、オフィシャルにお宅の宗教はなんですかというもののを、真言宗はこういうものです。オフィシャルな宗派の特色として、教学はこうですよというものが書いてあるのが、秘蔵宝鑰という空海の書いた本なんで。

いわゆる十住心論、人間の菩提心とか宗教心を十段階のレベルに当てはめたというね。九番目が華厳経、八番目が天台宗。三番目ぐらいから菩提心が目覚めてくるというね。

密教は十番目なんで、密密のうちにやるもんだから、顕教の南都六宗と共存共栄できるんだと。形がない、密密のうちにやるもんだから密教というものは、華厳宗とか他の宗派とみな仲よく一緒にできますよというので、空海がそういうかたちで南都六宗を、全部真言宗の伝法会(でんぽうえ)を受けて空海の弟子になったわけですよ。

これが有名な弁顕密二教論。顕教は南都六宗、密は密教のことです。そして、そのランクに合せるのが十住心論。十段階の心に住みますよと。これをオフィシャルに提出したのが秘蔵宝鑰っていうのがあるんですけど。

そういう空海のもっている般若心経秘鍵とか著作がいっぱいあります。だいたいみな読みましたよ。

いちばん感動したのは、高野山に行って見た空海の言行録。弘法大師さんがいった弟子とのやり取りの言行録。薄いのがあって、それ全部買って読んだ。それがいちばん感動しましたね。

52歳の時に空海の書いた言葉でこういうのがあった。

ある人がお役所勤めをしたときに、上司というのがほんとうにどうしようもなくって、わがまま放題し、明らかに間違っていることをやれというんだから、もう私はこんなお役人なんか辞めて田舎に帰って、百姓したほうがいいと思うんで、こんな上司の言葉を聞いてやるべきなんでしょうか、なんてことを悩み相談を空海にしたんですよ。

それに対して空海が書いたお返事の手紙が素晴らしい手紙なんですよ。その時に空海がその人にどうアドバイスしたかっていうのは。

あなたの気持ちはわかりますよ。仏教でもどこでもみんなそういうもんだからね、お気持ちはよくわかります。しかし、仏教にはね、「同時」という言葉があると。

その前に「和光同塵」という言葉がある。和光とは光をやわらげるということなんです。同塵というのは、塵(ちり)と同じくする。すなわち、光をやわらげ塵(ちり)と同じくすると。

仏さまの智恵はあまりにも、後光が差して光がまばゆいし、存在が。そして、あまりにも智恵が深いんで、普通の庶民にはよくわからないと。

まばゆ過ぎて近寄りがたい。だから、光をやわらげて、100ワットぐらいの電球を30ワットぐらいにして、薄暗いところに住んでいる人にわかりやすく、光をやわらげて降りてきますよと。

そして、塵(ちり)と同じくすると。塵芥(ちりあくた)みたいなところにも、塵(ちり)と同じくして光を落として、私たちのそばに来てくれる。これが仏さま。これを和光同塵の働きというわけです。

もう一つは、同時という言葉がある。私たちと一緒に仕事をしてきながら導いてくれる。たとえば、法華経の普門品(ふもんぼん)二十五にある観音様というのは、商売人だったら商売人の姿となって出てくる。戦国時代の武将を助けるために、武将の姿となって導いてくれる。子供が苦しんでいるときは、子供の姿になって、ここは危険だから、おぼれちゃうといけないからあっち行こうよ、といって導いてくれる。子供の姿となって出てくると。三十三相化身して出てくる。

観音経にある、あるいは天龍の身を以て衆生を度脱。龍神の姿となって人間を助けるときには、龍神の姿となりますよ。

あるいは、天龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等の身を以て衆生を度脱せん時には、天龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等の姿を以て衆生を度脱する。これが観世音菩薩さん。

身分の卑しい人だとか、商売人だとか、労働者だとか、そういう世界で生きている人を救うためには、そんな姿となって衆生を導いてくれる。

「同じ姿になって」(東海林さん)

同じ姿となって出てきて、衆生を導いてくれる。ことを同じくして導いてくれる。観音様というのは大きな慈悲がある。大きいが故に、大慈大悲。大慈は、母親のようにやさしく、大悲は、試練を与えることによって苦しめるんだけどね、成長にために。でも心の中は悲観してる。お父さんの愛です。

お母さんの愛と、お父さんの愛になるというのは、慈悲が大きいから。そして、相手の状況をみながら、三十三相に和光同塵の働き、同時をして導いてくれる。それは、慈悲が大きいから、知恵が深いからしてくれるんだよ。

それが、観自在菩薩というのは、観察して自在に三十三相化身して救う、それがということなんです。

「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時」ってありますけども、観音経に書かれている観音様はそういうようなの、まあそこまで詳しくはいってないけども、和光同塵と同時というこの二つのキーワードで、仏さまはそういうふうに導かれるので。

あなたもね、上司がわがままなことをいうかもしれない。「この冷蔵庫動かせ」「冷蔵庫なんか動かしてなんになるんですか」っていったら(笑)、「お前、ワシに逆らう気か、忠誠心あるのか」っていって上司を怒らせる。

「冷蔵庫動かせ」「はいわかりました、冷蔵庫ですね」って一緒に。仏さまのように、和光同塵。知恵があるのかもしれない、正論かもしれない、正義かもしれない、その知恵の光をやわらげて、バカみたいな、わがままな、へんてこりんな上司に、塵(ちり)と同じくして一緒に冷蔵庫を動かしましょうと。

冷蔵庫を動かしながら、「あの課長、冷蔵庫動かすとヤバいんじゃないですかね。漏電になったりすると(笑)、クビになりますよ」ってさ。

「違う場所のほうがいいんじゃないですかね。ちょっとヤバいですよ、この場所」「そうだね」「お互いクビになりますよこれじゃ」「そうか、じゃこっちに行こう」「こっちのほうがいいですよ、水漏れになったときに漏電になったら困ります」

「ここがいいんじゃないですかね」「ここならいいよね、漏電もしないし、通行の邪魔にならないから」

無事収ったら、上司も納得するし、変なところに冷蔵庫を置かなくてすむ。

だから、「冷蔵庫をここに置け」「そんなところ通行の邪魔になるから置けません。漏電して火事になりますよ」といって、そんなときに口答えするんじゃないよと。

間をおいて、一緒にやりながら、ここ通行の邪魔になるんじゃないですか、漏電するからヤバいんじゃないですか、といっていくと。

だから、子供のときは子供の姿となって、あっちのほうがいいんじゃないのといって子供を導くと。仏さまもそうやって人々を導いておられるんで、あなたも腹立つのはわかるけどね、いつでもやめようと思ったらやめられるわけだからね。

そこを忍耐強く、辛抱強くして、宮仕えというものはそういうもんですよ。宮仕えはどんな人もそうなんで、宮仕えの大変さはわかるけど、みなそういうふうに、仏さまもそうなんだからね。

あなたもそういう心を和光同塵と同時で考えて、行動を共にしていきながら、少しずつ上司のゆがんでいるところをただすようにしていって、くれぐれも早まってお役所を辞めていくっていうようなことをね、もうちょっと辛抱してから、よく考えてからしたほうがいいと思いますよ。

というのが、空海のお返事だったわけです。

ということは、空海もそうだったということですよ。空海も和光同塵、同時で、南都六宗の人を。最澄は当時の十大僧の身分、位のあった有名な人だった。空海はいち私度僧ですから。

おじさんは、阿刀大足(あとの おおたり)で、学者なんだけど。いち私度僧ですから。プライベート モンクですから。

そんなに身分もなかったんで、ゴマをすりながら南都六宗の方に、これも是非おめでとうございますっていったら、ものすごく筆がうまいから、見事な筆を書いて、これをって。
倶舎、華厳、いろんな南都六宗のところのお寺ができたら揮毫(きごう)してね、どうぞこれをっていったと。

要するに、空海も和光同塵の働き。

「世渡り上手」(東海林さん)

世間上手、世渡り上手、ゴマすりといえばそうなんだけど、それは仏さまというものがそういうもんなんで、さっき言い忘れましたけども、密教では煩悩というものを否定しないですよ。

煩悩を否定すると反動が来るんで、煩悩も仏さまが与えたもので、それをいかにエネルギーに変えるか。エネルギーと生命力と躍動感、パワーに変えて、より善を施し、仏道の修業のパワーに変えていくのかっていうのが、密教の考え方なんです。

煩悩を否定せずにエネルギーに変えて、いいほうに動かしていくというのが、密教の考えている煩悩というのなんでね。

先週は、活かさず殺さずつき合うっていうんですけど、密教はそれをエネルギーに変えていく、いいほうに変えていくというのが、真言密教の、空海のいう煩悩というもののとらえかた。

人間の欲というものは、本来不浄のものじゃないんだよということをいっているわけね。これが密教の考え方です。

そういう空海のお返事ということは、空海も和光同塵、同時。光をやわらげ塵(ちり)と同じくする。バカみたいな南都六宗の人に腰低く、丁寧に(笑)、いっしょに同時。「どうぞ」というかたちで認められていって。

結局、南都六宗は全部、空海の伝法会を受けて、みな空海の弟子になったんですから。身分も位もない、能力と才能で。

52歳の時の言行録でいちばん感動したのが、
「ああ、真言密教が広まらない、広まらない。いまから20年前に七祖の恵果阿闍梨から、第八祖を受けて、真言秘密の法の正統な継承者となってきたのに、本当に一生懸命努力しているんだけど密教が広まらない。誠に、歴代の師匠に申し訳ないことだ」といって密教が広まらないことを空海が嘆いているんですよ。

「へー」(東海林さん)

あの天才の空海が52歳でですよ。亡くなったのは63、4ですので、高野山もらったあと、亡くなる10年前に東寺をもらったり。あの天才で、30歳の時に帰ってきたのが、結局20何年たっても、「真言密教が広まらない、広まらない、仏さまに申し訳ない」

真言密教の元を開いたのは龍猛、龍智、金剛智、不空三蔵、善無畏三蔵、一行、恵果、八代空海ですからね。

この真言の歴代の宗祖に申し訳ないと。なんと密教が広がらない、自分は申し訳ない、情けないという嘆きが空海の52歳のときの言葉に残っているわけですよ。

それだけ人に和光同塵、同時をいいながら、広まらない、広まらないって、あの天才の空海が20年たってもいうぐらいなんだから、空海ほどもない人間が広まらない、広まらないっていうのは申し訳ないことなんで、そういう世の中というものは、いいものも素晴らしいものも、いっぺんに広がらないもんなんだ。

空海が60何歳で亡くなったあと、死後何年たってから、みな評価されたわけなんで。だから、弘法大師っていう諡(おくりな)は死後50年ぐらい立ってからですからね。

死んで50年たって弘法大師という諡(おくりな)を天皇からもらったわけなんで、死んだときはそれほどでもなかったわけですよ。それなりに有名だったけどね。

だから、生きてる間に世の中に評価されるなんていうことを思わないで、あの天才空海だってそうだったんだから、それほどでもない人間っていうのは、あせらないで、死ぬまで精進努力を続けて、和光同塵、同時をして世の中を渡っていかなきゃいかんっていうことが、空海の言行録を見て悟りました。

高野山に行って、僕が勉強した中でいちばん心を打たれたところなんで、空海が宮仕えしている役人にいったように、この忠誠心で、鳥が白いのを黒いだろといったときに、・・・というのが忠誠心だろ。そうですよ、間をおいて後でいいなさいよと。和光同塵、同時、間をおいて目上というものを導いていくという、上司はそういう部下がいたら、神様、仏さまだ。それが素晴らしい部下の道なんですよ。

忠誠心なんていって、そんな完璧な上司なんていませんから、みんな無くて七癖なんで。下にいるときはいいんだけど、部長とか社長とか上になると、アドバルーンが上に上がると下から見るんで、小っちゃなアラがっぱい見えるわけね。

部長とか課長は70点で30点足りない。97点の社長というのは素晴らしいですよ、でも足りない3点で足りない足りないというのが従業員ですわ。副社長は92点で8点足りないんだけども、8つ足りないといって文句、居酒屋で酒飲みながらいうわけですよ。

己はどうなのかっていうのは60点、40点足りないわけですよ。能力と実力と貢献度がないから、やっぱり平は平、係長は係長、課長は課長、部長は部長。それ相応の役職っていうんで。みなもバカじゃないから、己が思っている以上に自分のことを客観的に見ていますよ、普通ね。

そういうもんなんだということを考えて、居酒屋に行って、ブツブツブツブツ上司の文句いうなっていうんだ(笑)。あいつがゴマすりだから、ゴマすりだからというのは。ゴマすれない人間に私はいいますよ。

あんたね、ゴマする人間の気持ちわかってんのかと。悔しかったら、弘法大師みたいに、南都六宗にゴマすってみろと。ゴマもすれない人間が、人のことをゴマすりっていって非難するな。

まあ、そういうことが社会の、会社を経営する側から見た理想の素晴らしい従業員というのは、そういうことなんで。これらは、宮仕えかサラリーマンか知らんけど、3人おったら組織なんで、社会人である限りは、知っておかなきゃならない大人の正しいものの考え方ですよ。

それを、1200年前の空海も同じようにアドバイスしたんで、私も1200年ぶりに空海の言葉を紹介してですね。忠誠心とは何か、上司のいうことは、黒いカラスを白いといわれれば白いというのか。三菱自動車で上司が不正したら、部下は不正とわかってもやらなきゃいけないのか。こんなバカな反社会的なことでも社会的には非常識なのかっていうようなことを、こういうふうに平べったく聞かないで。

実際は、間をおく、同時、和光同塵というかたちで、していかなければ、忠誠心、チームワーク、組織として成り立たないだろうということです。



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