フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

« 「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年6月10日 ワールドメイトブログ | トップページ | 「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」6/24前半  テーマは「下ネタ」 ワールドメイトブログ »

2016年7月 1日 (金)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」6/17 テーマは「忠誠」 ワールドメイトブログ

いつも応援していただきありがとうございます。 ブログランキングボタンのクリックをお願いいたします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ ワールドメイトへ「にほんブログ村」『ワールドメイト』カテゴリ
「人気ブログランキング」



「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。


2016年2016年6月17日
テーマは「忠誠」です。


こんばんは、深見東州です。毎週金曜のこの時間に30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話ししましょうね。今週のテーマは「忠誠」です。アルカリ性と酸性の中性じゃありませんよ(笑)。男なのか女なのかよくわからないような中性じゃありませんよ。会社に対する忠誠心、古くは、忠臣蔵のようなお殿様に対する忠義の心。

新社会人になって3ヵ月が過ぎました。そろそろ新人研修は終り、実践配備でしょうかね。研修などでたたき込まれた会社の方針、就職した会社に忠誠を尽くせるか、日本の武士道や文化において忠誠は大きな意味を持っているような感じもします。

では、今日という日が終る時間までおつき合いくださいませ。

(CM)

さて、メールを紹介いたしましょう。東海林さんメール?

「はい、見えます」(東海林さん)

------------
静岡県、40代、女性、会社員。

いつも番組を楽しみにしています。深見さんが先日の放送で、忠誠心と何回もいっていましたが、上司が部下に期待する忠誠心はどういうものか教えてください。

------------

忠誠心とはっていうんでね。東海林さん、黒いカラスが白いといわれれば、白いというのが忠誠心なのか、ってね。その通りです。

「その通りなんですか」(東海林さん)

上司が、「お前、黒いカラス、あれは白いカラスだ」。「そのとおりです。白いですね」といって、実はこの愚かな質問なんです。

間(ま)をおいて、この間(ま)をおくということね。なんであのときに白といえとおっしゃったんですか。背景は?

実は、社長が聞いておったから。

なるほどねといって、ワンテンポ間をおいて、後で上司に聞いて、ああそういうことですか、わかりましたっていう、ということなんです。

こういう間をおいて、後で本音を聞くと、こういうことがあってねということで。それは、社長がいるとか、みんながいるところで「白だろ」「白でございます」というふうに、一旦いってですよ。

ワンテンポおいて、プライベートなところとか、居酒屋で酒飲んでいる時とか、後日、
アレどういう風でああなったんですかね、っていったら、実はこういうことがあったんだよと。

なるほどそういうことですか、わかりました。

「それは、新社会人にとって、すごいいいアドバイスですね」(東海林さん)

これが社会人の大人の考え方なんですよ。それが、学生ってのはバカなもんだからね、どうしても忠誠しなきゃいけないと。

そんなこといっとるかコリャ。TPOのものの考え方の判断とか、社会人の立場とか、いっている理由とかあるわけなんで、

そういうことを踏まえて、多くの場合は間をおくという、間をおいてテンポをずらして、どうなのかっていう。その間をおくということができないんです。だから、間抜けなんですよ。

「あ」(東海林さん)

間をおくということができないから、間抜けなんです。バカなんですよ(笑)。だから、それだけのことなんですよ。上司から見たらそういうことなんで。

だから、上司の気持ち、なにか深い意味があっていっておられるんだろうと。黒いカラスを白といえというのには、何か深い意味があるんだろうと。自分にはわからない。

だから、その時はしたがってて、ワンテンポおいて後でゆっくり聞こうということね。

今を去る1200年前のことなんですよね。

あざなを弘法大師といわれた空海がですね、私も高野山に行ったときに空海の書いた本というのは、代表的なのは、十住心論とか弁顕密二教論というのがありますけど、だいたい秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)というのは、オフィシャルにお宅の宗教はなんですかというもののを、真言宗はこういうものです。オフィシャルな宗派の特色として、教学はこうですよというものが書いてあるのが、秘蔵宝鑰という空海の書いた本なんで。

いわゆる十住心論、人間の菩提心とか宗教心を十段階のレベルに当てはめたというね。九番目が華厳経、八番目が天台宗。三番目ぐらいから菩提心が目覚めてくるというね。

密教は十番目なんで、密密のうちにやるもんだから、顕教の南都六宗と共存共栄できるんだと。形がない、密密のうちにやるもんだから密教というものは、華厳宗とか他の宗派とみな仲よく一緒にできますよというので、空海がそういうかたちで南都六宗を、全部真言宗の伝法会(でんぽうえ)を受けて空海の弟子になったわけですよ。

これが有名な弁顕密二教論。顕教は南都六宗、密は密教のことです。そして、そのランクに合せるのが十住心論。十段階の心に住みますよと。これをオフィシャルに提出したのが秘蔵宝鑰っていうのがあるんですけど。

そういう空海のもっている般若心経秘鍵とか著作がいっぱいあります。だいたいみな読みましたよ。

いちばん感動したのは、高野山に行って見た空海の言行録。弘法大師さんがいった弟子とのやり取りの言行録。薄いのがあって、それ全部買って読んだ。それがいちばん感動しましたね。

52歳の時に空海の書いた言葉でこういうのがあった。

ある人がお役所勤めをしたときに、上司というのがほんとうにどうしようもなくって、わがまま放題し、明らかに間違っていることをやれというんだから、もう私はこんなお役人なんか辞めて田舎に帰って、百姓したほうがいいと思うんで、こんな上司の言葉を聞いてやるべきなんでしょうか、なんてことを悩み相談を空海にしたんですよ。

それに対して空海が書いたお返事の手紙が素晴らしい手紙なんですよ。その時に空海がその人にどうアドバイスしたかっていうのは。

あなたの気持ちはわかりますよ。仏教でもどこでもみんなそういうもんだからね、お気持ちはよくわかります。しかし、仏教にはね、「同時」という言葉があると。

その前に「和光同塵」という言葉がある。和光とは光をやわらげるということなんです。同塵というのは、塵(ちり)と同じくする。すなわち、光をやわらげ塵(ちり)と同じくすると。

仏さまの智恵はあまりにも、後光が差して光がまばゆいし、存在が。そして、あまりにも智恵が深いんで、普通の庶民にはよくわからないと。

まばゆ過ぎて近寄りがたい。だから、光をやわらげて、100ワットぐらいの電球を30ワットぐらいにして、薄暗いところに住んでいる人にわかりやすく、光をやわらげて降りてきますよと。

そして、塵(ちり)と同じくすると。塵芥(ちりあくた)みたいなところにも、塵(ちり)と同じくして光を落として、私たちのそばに来てくれる。これが仏さま。これを和光同塵の働きというわけです。

もう一つは、同時という言葉がある。私たちと一緒に仕事をしてきながら導いてくれる。たとえば、法華経の普門品(ふもんぼん)二十五にある観音様というのは、商売人だったら商売人の姿となって出てくる。戦国時代の武将を助けるために、武将の姿となって導いてくれる。子供が苦しんでいるときは、子供の姿になって、ここは危険だから、おぼれちゃうといけないからあっち行こうよ、といって導いてくれる。子供の姿となって出てくると。三十三相化身して出てくる。

観音経にある、あるいは天龍の身を以て衆生を度脱。龍神の姿となって人間を助けるときには、龍神の姿となりますよ。

あるいは、天龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等の身を以て衆生を度脱せん時には、天龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人非人等の姿を以て衆生を度脱する。これが観世音菩薩さん。

身分の卑しい人だとか、商売人だとか、労働者だとか、そういう世界で生きている人を救うためには、そんな姿となって衆生を導いてくれる。

「同じ姿になって」(東海林さん)

同じ姿となって出てきて、衆生を導いてくれる。ことを同じくして導いてくれる。観音様というのは大きな慈悲がある。大きいが故に、大慈大悲。大慈は、母親のようにやさしく、大悲は、試練を与えることによって苦しめるんだけどね、成長にために。でも心の中は悲観してる。お父さんの愛です。

お母さんの愛と、お父さんの愛になるというのは、慈悲が大きいから。そして、相手の状況をみながら、三十三相に和光同塵の働き、同時をして導いてくれる。それは、慈悲が大きいから、知恵が深いからしてくれるんだよ。

それが、観自在菩薩というのは、観察して自在に三十三相化身して救う、それがということなんです。

「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時」ってありますけども、観音経に書かれている観音様はそういうようなの、まあそこまで詳しくはいってないけども、和光同塵と同時というこの二つのキーワードで、仏さまはそういうふうに導かれるので。

あなたもね、上司がわがままなことをいうかもしれない。「この冷蔵庫動かせ」「冷蔵庫なんか動かしてなんになるんですか」っていったら(笑)、「お前、ワシに逆らう気か、忠誠心あるのか」っていって上司を怒らせる。

「冷蔵庫動かせ」「はいわかりました、冷蔵庫ですね」って一緒に。仏さまのように、和光同塵。知恵があるのかもしれない、正論かもしれない、正義かもしれない、その知恵の光をやわらげて、バカみたいな、わがままな、へんてこりんな上司に、塵(ちり)と同じくして一緒に冷蔵庫を動かしましょうと。

冷蔵庫を動かしながら、「あの課長、冷蔵庫動かすとヤバいんじゃないですかね。漏電になったりすると(笑)、クビになりますよ」ってさ。

「違う場所のほうがいいんじゃないですかね。ちょっとヤバいですよ、この場所」「そうだね」「お互いクビになりますよこれじゃ」「そうか、じゃこっちに行こう」「こっちのほうがいいですよ、水漏れになったときに漏電になったら困ります」

「ここがいいんじゃないですかね」「ここならいいよね、漏電もしないし、通行の邪魔にならないから」

無事収ったら、上司も納得するし、変なところに冷蔵庫を置かなくてすむ。

だから、「冷蔵庫をここに置け」「そんなところ通行の邪魔になるから置けません。漏電して火事になりますよ」といって、そんなときに口答えするんじゃないよと。

間をおいて、一緒にやりながら、ここ通行の邪魔になるんじゃないですか、漏電するからヤバいんじゃないですか、といっていくと。

だから、子供のときは子供の姿となって、あっちのほうがいいんじゃないのといって子供を導くと。仏さまもそうやって人々を導いておられるんで、あなたも腹立つのはわかるけどね、いつでもやめようと思ったらやめられるわけだからね。

そこを忍耐強く、辛抱強くして、宮仕えというものはそういうもんですよ。宮仕えはどんな人もそうなんで、宮仕えの大変さはわかるけど、みなそういうふうに、仏さまもそうなんだからね。

あなたもそういう心を和光同塵と同時で考えて、行動を共にしていきながら、少しずつ上司のゆがんでいるところをただすようにしていって、くれぐれも早まってお役所を辞めていくっていうようなことをね、もうちょっと辛抱してから、よく考えてからしたほうがいいと思いますよ。

というのが、空海のお返事だったわけです。

ということは、空海もそうだったということですよ。空海も和光同塵、同時で、南都六宗の人を。最澄は当時の十大僧の身分、位のあった有名な人だった。空海はいち私度僧ですから。

おじさんは、阿刀大足(あとの おおたり)で、学者なんだけど。いち私度僧ですから。プライベート モンクですから。

そんなに身分もなかったんで、ゴマをすりながら南都六宗の方に、これも是非おめでとうございますっていったら、ものすごく筆がうまいから、見事な筆を書いて、これをって。
倶舎、華厳、いろんな南都六宗のところのお寺ができたら揮毫(きごう)してね、どうぞこれをっていったと。

要するに、空海も和光同塵の働き。

「世渡り上手」(東海林さん)

世間上手、世渡り上手、ゴマすりといえばそうなんだけど、それは仏さまというものがそういうもんなんで、さっき言い忘れましたけども、密教では煩悩というものを否定しないですよ。

煩悩を否定すると反動が来るんで、煩悩も仏さまが与えたもので、それをいかにエネルギーに変えるか。エネルギーと生命力と躍動感、パワーに変えて、より善を施し、仏道の修業のパワーに変えていくのかっていうのが、密教の考え方なんです。

煩悩を否定せずにエネルギーに変えて、いいほうに動かしていくというのが、密教の考えている煩悩というのなんでね。

先週は、活かさず殺さずつき合うっていうんですけど、密教はそれをエネルギーに変えていく、いいほうに変えていくというのが、真言密教の、空海のいう煩悩というもののとらえかた。

人間の欲というものは、本来不浄のものじゃないんだよということをいっているわけね。これが密教の考え方です。

そういう空海のお返事ということは、空海も和光同塵、同時。光をやわらげ塵(ちり)と同じくする。バカみたいな南都六宗の人に腰低く、丁寧に(笑)、いっしょに同時。「どうぞ」というかたちで認められていって。

結局、南都六宗は全部、空海の伝法会を受けて、みな空海の弟子になったんですから。身分も位もない、能力と才能で。

52歳の時の言行録でいちばん感動したのが、
「ああ、真言密教が広まらない、広まらない。いまから20年前に七祖の恵果阿闍梨から、第八祖を受けて、真言秘密の法の正統な継承者となってきたのに、本当に一生懸命努力しているんだけど密教が広まらない。誠に、歴代の師匠に申し訳ないことだ」といって密教が広まらないことを空海が嘆いているんですよ。

「へー」(東海林さん)

あの天才の空海が52歳でですよ。亡くなったのは63、4ですので、高野山もらったあと、亡くなる10年前に東寺をもらったり。あの天才で、30歳の時に帰ってきたのが、結局20何年たっても、「真言密教が広まらない、広まらない、仏さまに申し訳ない」

真言密教の元を開いたのは龍猛、龍智、金剛智、不空三蔵、善無畏三蔵、一行、恵果、八代空海ですからね。

この真言の歴代の宗祖に申し訳ないと。なんと密教が広がらない、自分は申し訳ない、情けないという嘆きが空海の52歳のときの言葉に残っているわけですよ。

それだけ人に和光同塵、同時をいいながら、広まらない、広まらないって、あの天才の空海が20年たってもいうぐらいなんだから、空海ほどもない人間が広まらない、広まらないっていうのは申し訳ないことなんで、そういう世の中というものは、いいものも素晴らしいものも、いっぺんに広がらないもんなんだ。

空海が60何歳で亡くなったあと、死後何年たってから、みな評価されたわけなんで。だから、弘法大師っていう諡(おくりな)は死後50年ぐらい立ってからですからね。

死んで50年たって弘法大師という諡(おくりな)を天皇からもらったわけなんで、死んだときはそれほどでもなかったわけですよ。それなりに有名だったけどね。

だから、生きてる間に世の中に評価されるなんていうことを思わないで、あの天才空海だってそうだったんだから、それほどでもない人間っていうのは、あせらないで、死ぬまで精進努力を続けて、和光同塵、同時をして世の中を渡っていかなきゃいかんっていうことが、空海の言行録を見て悟りました。

高野山に行って、僕が勉強した中でいちばん心を打たれたところなんで、空海が宮仕えしている役人にいったように、この忠誠心で、鳥が白いのを黒いだろといったときに、・・・というのが忠誠心だろ。そうですよ、間をおいて後でいいなさいよと。和光同塵、同時、間をおいて目上というものを導いていくという、上司はそういう部下がいたら、神様、仏さまだ。それが素晴らしい部下の道なんですよ。

忠誠心なんていって、そんな完璧な上司なんていませんから、みんな無くて七癖なんで。下にいるときはいいんだけど、部長とか社長とか上になると、アドバルーンが上に上がると下から見るんで、小っちゃなアラがっぱい見えるわけね。

部長とか課長は70点で30点足りない。97点の社長というのは素晴らしいですよ、でも足りない3点で足りない足りないというのが従業員ですわ。副社長は92点で8点足りないんだけども、8つ足りないといって文句、居酒屋で酒飲みながらいうわけですよ。

己はどうなのかっていうのは60点、40点足りないわけですよ。能力と実力と貢献度がないから、やっぱり平は平、係長は係長、課長は課長、部長は部長。それ相応の役職っていうんで。みなもバカじゃないから、己が思っている以上に自分のことを客観的に見ていますよ、普通ね。

そういうもんなんだということを考えて、居酒屋に行って、ブツブツブツブツ上司の文句いうなっていうんだ(笑)。あいつがゴマすりだから、ゴマすりだからというのは。ゴマすれない人間に私はいいますよ。

あんたね、ゴマする人間の気持ちわかってんのかと。悔しかったら、弘法大師みたいに、南都六宗にゴマすってみろと。ゴマもすれない人間が、人のことをゴマすりっていって非難するな。

まあ、そういうことが社会の、会社を経営する側から見た理想の素晴らしい従業員というのは、そういうことなんで。これらは、宮仕えかサラリーマンか知らんけど、3人おったら組織なんで、社会人である限りは、知っておかなきゃならない大人の正しいものの考え方ですよ。

それを、1200年前の空海も同じようにアドバイスしたんで、私も1200年ぶりに空海の言葉を紹介してですね。忠誠心とは何か、上司のいうことは、黒いカラスを白いといわれれば白いというのか。三菱自動車で上司が不正したら、部下は不正とわかってもやらなきゃいけないのか。こんなバカな反社会的なことでも社会的には非常識なのかっていうようなことを、こういうふうに平べったく聞かないで。

実際は、間をおく、同時、和光同塵というかたちで、していかなければ、忠誠心、チームワーク、組織として成り立たないだろうということです。



« 「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年6月10日 ワールドメイトブログ | トップページ | 「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」6/24前半  テーマは「下ネタ」 ワールドメイトブログ »

深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」カテゴリの記事

seoparts

    • SEOブログパーツ
無料ブログはココログ

ブログ村