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2016年6月 7日 (火)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年6月3日前半 ワールドメイトブログ

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2016年2016年6月3日 前半
テーマは「ジンクス」です。


こんばんは、深見東州です。毎週金曜のこの時間に30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話しいたしましょう。テーマは「ジンクス」ですね。

ジン、ジン、ジンクス~。

「ジンギスカンですかね」(東海林さん)

そうですね(笑)。えー、ジンギスカンでした。

縁起を担ぐジンクスを持つ受験生とか、アスリート、いますけどね。信仰深いというかなんというか、縁起を担ぐというのはね。

グッドラックとか、オペラなんかだったらトイトイトイトイというんですね。頑張ってねえっていってさ、グッドラックという感じで、オペラ歌手はトイトイトイトイといいながら・・・。

「え、トイトイトイトイ」(東海林さん)

そうですよ、どこから始ったのか知らないけど、ジンクスで、出番の前にお互い、トイトイトイトイっていってさ、

「それは、外国人が」(東海林さん)

主に外国人ですね。トイトイトイトイって。

「おもちゃ、おもちゃ、おもちゃ」(東海林さん)

いやー、近いのか遠いのかわからないけど(笑)、遠くて近きは男女の仲なんか知らないんだけど。トイトイトイトイっていうんですよ。

今日という日が終る時間まで、おつき合いいただきますように、どうぞ。

(CM)

えー、ゴルフをするときのジンクスってありますか。というねえ。誰の質問ですか、これは。

「わたしから」(東海林さん)

東海林さんからね。ジンクスっていうのは、実は英語だったんですね。縁起が悪いという意味のジンクス、「jinx」。ティーグラウンドに立ったときのルーティーンって、ラグビーの五郎丸っていうのは、英語ができないからってイマイチだというんだけども、もてはやされすぎると。やっぱり、誉れというものにいくと。美空ひばりとか舟木一夫、山口百恵ほか、それなりにスターで華がある人っていうのは、家庭的に恵まれない人っぽいですよね。

最近だったら、風間トオルだとか、成宮なんとかだっていうのは、本当に貧乏な、弟をお兄さんである成宮君が育て。風間トオルなんか、お母さん5歳の時に別れて、お父さんが死んで、おばあちゃんにあずけられてね。そういう人ってなんかこう家庭的に恵まれない人っていうのは、社会運というか、華があって、だからスターとかいうのが、家庭的に恵まれない人って多いですよね。

そして、その家庭運と誉れ、あるいは家庭運と財運というのは、なんらかの目に見えない徳分、福が名誉になるか、健康になるか、財産になるか、誉れになるかなんで。全部、家庭も円満で、社会的にも誉れ高く、財政も豊かで、長寿を全うするというのは、よほど徳分の多い、おじいちゃんが多くの人を助けたとかね、村が危ないとき助けた村長さんだとか。

そういう世に益する徳を積んだというのは、易経では、「積善(せきぜん)の家には余慶(よけい)あり、積不善の家には余殃(よおう)あり」と。善を積んだ家は代々いいことがありますよと、恵みや喜びがありますよと。不善を積んだ家はよくないことが子々孫々起きますよということで、易経にあります。

おじいちゃんとかおばあちゃんが、そういうふうに命助けたり、洪水で人をね、財産をはたいて助けたりなんていうのは、孫とかひ孫とかに、子孫に美田を残さず、美田を残さなきゃ何を残すかって、徳分を残す。

徳とは何かって、社会に益する働き。善すなわち社会に益することが善なりっていうのは、「陰騭録(いんしつろく)」という本に書いてある。

「陰騭録」というのは、あなたは寿命がいくら、子供ができない、何歳の時にこれぐらいの給料って、当代随一の易者にいわれたことがピッタリ当たっていたんで、もう自分の運命は決まっているもんだと思っていて、雲谷禅師といっしょに坐禅したところ雑念、妄想がなにもない。なんであなたは雑念がないんだ。いや実は易者さんにいわれて全部百発百中その通りだから、僕の運命は決まっているんだというときに、雲谷禅師に喝入れられて、そんなものは凡人のものの考え方だと。

先人というのは、徳を積むことによって本来決まった命運を皆改善してきたんだと。運命、宿命があるけど、宿命は宿った命ですね。運んでいくのが運命です。そして、命っていうのは、運というのはつくっていくものだ、これを造命という。

徳を積むことによってできるんだということで、人の命助けたら徳分が何点、神社仏閣を修復したら何点って、(雲谷禅師が)点数表にしてあげたの。

その通りにやったら予言されていたより、少しずついいほうに変わっていって。子供もできないっていってたのが56歳で子供もできて、「天恵」という名前をつけてね。

結局、同じように徳積んだ人は、みんな科挙の試験に通ったと。そういう記録をですね、徳を積むことによって、こういういい子孫ができたと。子供が科挙の試験に通ったってのが多いんですけどね。

そういう風な記録が明の時代にできて、それが日本に来てですね、石田梅岩の心学、いわば寺子屋ね。石田梅岩の心学他、明から来た。その庶民の教科書になったんで、だから徳積みましょうねって。

うなぎとかなんか魚を買って、それを放した放生会とかね。蟻塚をなおして蟻の命を救ったからとか。特に、清水次郎長という人はあるときに、坊さんとすれ違ったとき、ちょっとあなた待ちなさいっていうんで、怒るかもしれないんだけど、私は人の人相を見たら百発百中当たるので、これだけ言わしてくれ。

あなたの顔には死相が出ている。来年まで生きていませんよ、このままだったら。っていうふうにいわれて、なんてひどいことをいうんだこの坊主はといって。しかし、嘘をいっているとも思えない、坊さんがっていうんで。

そうか、ワシの顔には死相が出ている。歯槽膿漏じゃありませんよ(笑)。死の相です。
というんで、どのみち死ぬんならというかたちで、清水次郎長の財産を全部庶民のためにあげて、すっからかんになって、これでもう思い残すことないからいつでも死ぬわと思っていたら、1年後か、何年後かにまたお坊さんが来て、お前このワシが来年死ぬっていったが何年してもピンピンしてるじゃないか。

あ、死相が消えている。私にいわれたあと、何か多くの人のために、財産を寄附するとか命助けるとか、そういう善行を施したり徳を積みませんでしたか。

あんたにいわれて、どのみち死ぬんだったら、同じ死ぬんならというかたちで全財産を庶民のためにくれてあげて、私の財産を施しましたよ。

だから、その徳によって死相が消えたんだよと。というふうにお坊さんにいわれて、そうなのかということで、ヤクザであってもそういう義侠心をもって、徳を積む大切さを終生忘れなかったのは、清水次郎長、実際あった話だね。

これは造命。だから運命というものは、徳を積むことによって変えられていく。ホロスコープとか、四柱推命とかね、名前とか家とかあってもですね、徳を積むことによって、だいたい8割ぐらいは命運は決まっているといわれるんですけど、徳を積むことによって、オギャーと生まれた運命を改善できるんだよ。

人に知られずにやった徳を陰徳、人から知られる徳を陽徳。たとえば火事で死にそうな子供を助けた、人命救助で警察庁とか消防庁から表彰された、これ陽徳なんです。陰徳はたとえば、あっ、たばこの火がくすぶってこのままなら火事になるわということで、人の知らないうちに踏み消してですね、危うく火事になるところだったといって火を消したら、火事を未然のうちに防いだんだけど誰も知らない。俺が踏まなかったら火事になってたんだといっても、あーそうですかということで(笑)。

表彰もされないし、人にも知られない。だけどもその行為のお陰で、火事を未然に防いだ。これは天地の法則からみれば陰徳を積んだというわけ。

だから、陰徳というのは中国の言葉で陰騭(いんしつ)っていう難しい漢字を使うんですけど、これを積むことによって、命運が改まっていく。四柱推命やホロスコープや姓名学で、ここがだめですよっていってても、それがプラスに改善されていく。その記録を作ったのが陰騭録。

陰徳を積んだ記録によって、自分も百発百中の易者にいわれたことが、いいほうにくるい始めて、子供もできた。それで長寿を全うしたと。私だけじゃない、それを同じように勧めた人たちはみんな子供が科挙に通ったり、運命を改善できたんだよって。その記録を陰騭録っていうんですね。大きく日本の江戸時代に影響を与えた本なんです、古典として。明の時代の。

まあ、そういうことで、明治の頃なんかはそういう年寄りがね、動物を買って放してやる放生会をしたり、施しをするなんていうことが、二宮尊徳も勿論そうでしたけど、二宮尊徳の「徳を以って徳に報いる(以徳報徳)」。どこから来たのかっていうと、やはり陰騭録の影響をたくさん受けているんですね。

これが隠れた日本の道徳教育に与えた中国の古典なんですね。私も愛読して、徳とはなんなのか、善とはなんなのか、世に益する行いこれ善なりと。善をすることによって徳が積めると。

しかし、こうすると徳を積むんだ、こうなると寿命が延びるからという気持ちでやるとこれは偽善ですね。心の底から、英語でいえばコンパション(compassion)。中国の言葉でいうと、忠恕。真心と思いやりのことを忠恕っていう。忠臣蔵の「忠」に、如しの下に心があるんで。奴に心と書くと怒りですけどね。

「女の又の心ですね」(東海林さん)

女の又の心は怒りですね。女の口の心なんです。必ずしも思いやりとは思えないんだけど、グチ、不平という感じで(笑)。グチ、不平かもしれないけど、女の口でね。でも、女の口の心と書いて「恕」という。

孔子さんがね、論語に、仁とはなんですか、弟子の曾さんが聞いたら。仁とは、子路には暴力をしないことが仁だ。ある人が仁とはなんですか、学問をすることが仁だ。なんでもベラベラベラベラいう商売人は、あんまりしゃべりすぎずに黙々と行動することが仁だよと。

孔子さん、仁とはなんですかといって、答えがバラバラでみんな違うんですけど、なんで同じ質問なのに答えが全部違うんですかと聞いたら、我が心はこれ一をもって貫けりっていうね。私がいっているのは、一つのことで貫いていますよと。

弟子が一番弟子に聞いた。一とはなんですかと。曾さんは、一とはこれ忠恕たりと。それは、その弟子に対する真心と思いやりでいっているんだ。暴力ばっかりする子路には、暴力を慎むことが仁だと。仁は人が二人いて必要なこと、まあ真心と思いやりなんですけど。

だから、愛とか、英語でいえばコンパション(compassion)ですね。そういうので、暴力やっている子路は暴力を慎めよと。なんでもべらべらとやる人間は黙って実行することが大事だよって。学問の足りない人間は学問しろよと。昔の人たちがこのような仁をしたということを、顔回はそれだけの咀嚼力があるからなんでも話ができた。

だから、忠恕っていい単語ですね。真心と思いやりよりも、一とはこれ忠恕たりっていうのは。忠とか恕というのは素晴らしい漢字なんだけども、誰も最近の人は知ってくれない。

どこからこの話になったのかなあ。

「仁です」(東海林さん)

仁、仁。

「ジンクスです」(東海林さん)

そういう仁(笑)。仁の心を持ってウンコをしたら、ジンクソですね(笑)。そういうことで、話はいろんな方へ進んでいくのが私のジンクスですので、ご辛抱いただいてですね。

目の前に黒い猫が通ると良くないことが起きると、これ本当ですよ。黒猫が出てくると宅急便がくるという人もいるんですけどね(笑)。黒い猫が通ったら、なんか不可思議なこと、夢を。

お猿さんの夢とか、猫の夢見たら、裏切られているというか、陰謀がある。でもねこれ反対があるのよね。目の前を着物を着た女性が通った場合は、なんかいいことがあるなと。
黒猫が通ったジンクスとか、僕の場合は反対で、着物着た女性が通るといいことが起きる。だいたいそれは、数日間とか数時間後ですね。

神社のおみくじっていうのは、だいたいここ数日間のことで、長くて3ヶ月です。手相なんかもはっきりわかるのが3ヵ月先なので、未来は変化していくので。3月先ははっきりしている。それから先はボンヤリとわかっていて、本人の心がけ次第でどんどん変化していく。

だから、手相でいえる未来は、確実なのは3ヵ月先ぐらいですね。おみくじなんかは、長くて3ヵ月、普通数日間。

こういう猫が通っていくとか、着物着た女性が通るというのは、数時間後かその日か、1日か2日。ジンクスといっても、賞味期限がありますね。


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