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2016年6月13日 (月)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年6月10日 ワールドメイトブログ

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。


2016年6月10日。今回は前半、後半の区切りがなかったので、1日分通しです。
テーマは「ストレス」です。


こんばんは、深見東州です。毎週金曜のこの時間に30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話ししましょうね。今週のテーマは「ストレス」ですね。

ストレスは、もとは物理学の言葉でしたが物体に圧力をかけることで出てくる症状。ゆがみのことがストレスなんで。ストレステストというのがあって、耐久性とかの検査に使われます。

そのあと、カナダの生理学者がストレス学説というのを発表してから生理学的な言葉になって、心に圧力をかけたら心がゆがむということでね、ストレスの感じない番組をお届けしようということなんですがね。このストレス学説ほどいいかげんなものはないね(笑)。

昔は、わけの分からないので調子が悪いっていったら、これは自律神経失調症という。なんかわけのわからないのは、なんでも自律神経失調症という診断書を書かれて。その次にストレス学説がきたら、なんでもストレス、ストレスで(笑)解決してしまう。今は何かというと、鬱ですねというのよね。

同じ症状なのに、なんで昔は自律神経失調症、その次はストレス障害、その次、今は鬱ですねと、軽い鬱ぎみですねというんだけど。

要するに打つ手がないから、そういうふうにいうんだろうなと、医者がストレス溜まるからそういうふうにいうんだなと。自律神経失調症なんてさ、自律神経どこに出張していったんだ。出前一丁じゃないんだから帰ってこいっていうんだ。漢字が違うってことなんですけどね。

実は、免疫力が落ちてたりする。菌が、常在菌が悪さしたり、菌がいろいろなところに入って、ウィルス、細菌のいたずらとか、あるいは骨がゆがんで、どこかの脊髄かなにかに影響を与えたり、脳の中の障害だとかいろいろな原因があるのね。その医学の進歩がまだの時は、そういう言葉で説明してたわけだ。

栄養学はもっといいかげんでね。昔は卵がよくないといわれていた、コレステロールが高いから。あるとき、卵食べましょうって、卵にはレシチンが入っているから。レシチンはアセチルコリンになって、アセチルコリンがコリンをつくって、コリンは脳細胞をつくりますからっていってさ。

まだお前たちはコリンのかっていって、で、卵は食べましょうということになったんですよね。前はダメだったのが、なんで突然いいんだ。否定形から肯定形になったっていうのは、卵食べなかった時代の人はかわいそうがなと思ってね。だからね、栄養学の学説というようなものはいい加減なもんですよ。

そういうことで、昔、人生幸朗が「責任者出てこい!」ってあったけど。

「そこへ行きましたか」(東海林さん)

今だったら、医者出てこい、病院出てこい、といいたいようなことが山ほどありますけど、医学とは関係ない話をたくさんしたいと思います。今日という日が終るまでおつき合いくださいませ。

(CM)

まあ現代社会ちゅうのは、人間関係なんかがね、ストレスの元といわれます。主に最近のアドラー心理学というのは、ストレスとかトラウマっていうのは、人間関係がほとんどだっていうね。

トラウマ、トラウマっていうんだけど、それをどう受容するか、そのときの自分を思い浮かべるとき、どうとらえたかによってトラウマになるかならないか決まるんで。ストレスもそのときにどう自分がとらえるかになるんで、とらえ方を変えるとトラウマがいっぺんに消えるし、ストレスも消えるわけです。

そのとらえ方がどうなのか、っていうことを知っておくということが、ストレスとかトラウマにやられる前に、客観的に上手におつき合いしていく。トラウマとかストレス常にあるわけなんで。

これは仏教でいう煩悩というものを無にできないと、煩悩といかに上手におつき合いして自分の魂を磨くのか。煩悩はどこからでてくるかっていうと、肉体から出てくる欲求ですね。これを儒教では人心、ひとごころ、といった。魂から出てくる心は道心、みちごころ、といった。

人心と道心との戦いが、煩悩と仏性との戦いなんですね。これを中国での理想は、尭(ぎょう)・舜(しゅん)・禹(う)の時代といって、尭が舜、舜が禹に伝えた。これを儒教は理想としているわけですよ。

儒教は聖人に至るの道を学ぶ、これが学問なんですね。今の学者は知識を自慢するために、昔の学者は自分の修養のために勉強した。今ようの学者は人のためにし、いにしえの学者は己のためにした、というのはエゴじゃなく、己の修養のために学問した。どんな修養なのかというと、聖人に至るの道。その聖人が誰かというと、尭・舜・禹のことなんだ。3代の。

どんな人が聖人かというと、帝であり、そして政治の宰相であり、かつまた哲学者。そういう尊敬する人材、人間性という、聖者のような性質と聖人(ひじりびと)のような性質と、帝という天子の位と、政治家としてのトップの宰相。この3つを兼ね備えた人を聖人と定義したわけです。

だから、孔子さんがいったのはそういうことなんで。

東大の前は、一高、その前は開成、その前は昌平黌学問所という幕府の学校だった。その教科書は近思録という本がありまして、宋学という宋の時代に起きた周濂渓先生、程明道、程伊川、張横渠という。宋学が日本に入ってきて、大義名分論になって、これを学んだのが楠木正成公ほか。大義名分論の大義に生きるという。

神道と結びついたのが宋学といって、吉川惟足ほか、山崎闇斎なんかがいう儒家神道という、これを極めて免許皆伝までいったのが保科正之公という、会津藩の創設者。三代将軍家光の腹違いの弟ですね。

これが、由井正雪の乱とかことごとく治めた人で、当時江戸時代の前期の名君は、みんな保科正之公に影響を受けているんです。池田光政にしろね、後期といったって、島津斉彬とか、幕末の頃は名君あるんですけど、江戸の前期の名君というのは、みんな保科正之に影響を受けているんです。

この会津藩の最初の保科正之公がそのような立派な人だったんで、明治維新のときも戊辰戦争のときも、どこまでも幕府に対して忠義を誓って、江戸時代に親孝行を表彰しようとして、いちばん親孝行が多かったのも会津藩だったんですね。

会津藩が何故そうなのかというと、ルーツとなった初代会津藩主の保科正之公がそのような立派な人だったからで、この人が吉川惟足の神道の免許皆伝までいった、それが儒家神道。

神道というのは本来は、物語があっても教えがないです。だから、仏教と結びついて両部神道、儒教と結びついて儒家神道になった。それが宋学というものと結びついたわけです。

宋学って何かというと、孔子さんが、だいたい紀元前500年ぐらいですね。ところが漢の時代にですね、訓詁の学、要するに文字ばっかり、文字や言葉にとらわれる学問になった。うんこの学じゃないですよ(笑)。うんこの学に似てるんですけど、訓詁の学というのはですね、訓戒とかね。ごんべんに川とごんべんに古いと書く。

訓詁の学というのは、文字や言葉ばかりにとらわれるようになったんで、本来の意味に戻ろうじゃないかっていうのが、周濂渓先生の宋学。周濂渓先生がいったのは、静を主とし人極を立てろといった。

静かなるを主とし人倫の道の極を立てる、静を主としということは何かというと、仁義礼智信、こういうときは仁、こういうときは義、礼をしなきゃいかんと、ねばならないという気持ちになっちゃうんで、そうではなく、おのずから、おのずからの気持ちで仁義礼智信をしなきゃいけない。

本当は仁義礼智信は、仁の中の仁、仁の中の義、仁の中の礼、全部仁の中にある仁義礼智信なんですよ。だけど、それがねばならないからじゃなく、おのずからの内なる心で仁義礼智信するのが本当だというんで、宋の時代と明の時代は儒教と老荘思想と仏教、この3つが習合した時代なんですね。

だから、宋学というのと明の学問というのは、いちばん日本人に合うの。明の時代の儒学が日本に来ていちばん影響与えているし、宋の時代の学問というのが日本に影響与えているのは、儒教と道教と仏教が習合した時代。これがいちばん日本に合うんですね。それが宋学。

話が長くなるけども、東大の前身の幕府の学問所の教科書がその周濂渓先生、程明道、程伊川、張横渠という宋学の始まりの人たちの対話が教科書だったんだ。

そこに出てくるのが、「聖人は学んでなりますか」って程明道先生が聞いたら、「なるよ」。というところから始る。この聖人は何かというと、尭・舜・禹。

その学ぶとは何なのかっていうのは、学校の勉強じゃないんだ。日々の修養という意味なんですね。これが本当の学問。心の教養を磨く自分というものの修養としてやるのが本当の学問なんだよと。

それが、「学びて時にこれを習う、また楽しからずや。 朋(とも)あり遠方より来る、またよろこばしからずや。 人知らずしてうらみず、また君子ならずや」。

学習っていうのはここから出た、このいちばん最初の言葉ですよ。学びて時にこれを習う、また楽しからずやというのは、何を学ぶかというのは学校の勉強じゃない、聖人に至るの道の政治家であり、立派な人間であり、帝であるという、そういうものを学ぶというそれが学問です。

そして、そういう道をともにする人たちが、はるばる自分を訪ねてくれた、「朋(とも)あり遠方より来る」、そしてそういう聖人に至るの道をお互い修養を語り合う。これほど楽しいことはないな。これが「朋(とも)あり遠方より来る」の本当の意味なんです。

いちばん大事なのはここからなんで。だけどこのように、聖人に至るの道を、人格と人間性とリーダーシップと勉強している私たちの努力を世間の人は誰も知ってくれないと。だけど、それは世間に知ってもらうためにやるわけじゃないから、そんなことをちっともうらみに思わない。「人知らずしてうらみず、また君子ならずや」と。

これが君子なんだと。徳高き本当の学問のある君子というのは、そういう修養している自分のことを世間が知ってくれなくっても、なんで俺がこんなに努力しているのに知ってくれないんだといって、それをうらみに思わない。それが君子だよと。

この論語の一番最初に出てくる言葉が儒教の全てを物語っているわけですよ。学習、学習っていって、学習塾もやってますけどね(笑)。本当の学習はそういう意味なんです。

何故こんなことまでいうのかっていうのは、そういう学問が明治維新、日本人のリーダー、武士、貴族の人たちの教養の原点だった。

道元禅師も論語だけは読んだほうがいいと、禅宗でも。そういう学問を踏まえて、ヨーロッパのこと勉強した和魂漢才、日本の魂を持ちながら頭に漢学。中国の学問がありながら西洋のものを取り入れたからこそ、世界で最も成功した日本の明治維新ほか近代化に成功したのは、そういう学問の厚みのある江戸時代の蓄積があってのことなんですね。

だから、学問の本質はそういうことですから、そういうものを学んでおったわけです日本人は。そういう学問じゃなくなったところから、教養のない、心の厚みのない、平べったくしかものを考えないような政治家とか学者とか、偏った。それから、経済人、学校の先生も。だから、国力が衰えるんですよ。

昔の人は、江戸時代、明治、大正、昭和の初期っていうのは、そういう学問の厚みのあった人たちが、いわば知識人階級、オピニオンリーダーだったわけですよ。学問の厚みが違うわけですよ。

だから、僕は遅ればせながら、その時代の人たちと同じレベルの勉強を25、6のときからずっとしていますから。物事をどうとらえるかということに対する、そういう中国古典、日本古典で若いときに磨いたものの考え方っていうのが、平べったく現代の小説読む人間ともののとらえ方が違うのが、一味二味違うような表現と行動と人生を貫く指針になっとるわけでね。

急に話が深くなりましたけど、元へ戻すと、人心と道心っていうのは、初代聖人の尭が、二代目聖人の舜に伝えた、「人心これ危うく、道心これ微かなり」。人間の煩悩から出てくる人心というのは、あらゆる危険、政治的堕落、人間的堕落、帝としての堕落は、みな人心、煩悩のまにまにいくとだめになるよと。「人心これ危うく、道心これ微かなり」と。

人間の持っている仏性から来る微かなものだ。だからこの微かなものを大事にして、己の身を滅ぼす人心に気をつけなきゃいかんよ。これが聖人であり、ひじりびとであり、政治家である修養のポイントなんだということをいったのよ。これが儒教のいちばんの本質です。

ところが、二代目から三代目以降というのは言葉が短すぎて、咀嚼力がないもんで、言葉を足したね。「人心これ危うく、道心これ微かなり。これ精、これ一、まことによくその中を執れ」

人心という煩悩というのは出てくるんだけども、人心との戦いと葛藤なんだけどもね。だから、そのために、微かなる道心を大事にして、7:3か8:2ぐらいで、道心が勝たなきゃいかんよと。

そのためには、「これ精、これ一」。これ精というのは精力の精です。これ一。一つのことに精を出して、努力しなきゃいかんと。そして、「まことによくその中を執れ」というのは。中とは何かというと、「中庸」に出ている喜怒哀楽の発する前にして、ひとたび発して節に中るという言葉がある。

人間の喜怒哀楽が出てくる前の状態を中というんです。なにかパッと出たときに物事のポイントに当たるのが、「ひとたび発して節に中る」。普段、喜怒哀楽の発する前の状態におって、なにかの折節にパッと物事のポイントがわかったとらえ方、行動ができる、これが中の意味なんだ。

中庸ってことは、それが日常生活の中でできる。庸は、日常生活のことですから。日常生活の中で喜怒哀楽の発する腹が据わってて、物事をやれば、ポイントを押さえた仕事、ポイントを押さえたとらえ方ができる日常生活。これが中庸という意味なんで。

仏教でいう中道とは真ん中に行く。難行苦行に行き過ぎず、そうかといって自堕落になることはなく、その真ん中を行けという、仏教の中道と、儒教のいう中庸は意味が違うわけですよ。

中はポイント。だから、アラビア石油の小林中(あたる)というのは、中をあたると読むでしょう。アダルドビデオというのはありますけど(笑)。あれは意味が違うわけなんで。中をあたると読むのはそういう意味なんです。

「ひとたび発して節に中る」そういう状態にいる。それが隅々まで行き渡らせる。「中は天下の大本(たいほん)にして、和は天下の達道(たつどう)なり」中というのは天下の大本、根源なんだと、中というのは。

だから、中心というのはそういうことで、達道なりというのは、天下の大本から隅々まで行き渡らせるのを和の道、和道というんです。中と和が天と地に位してうまく機能する、これを中和というんです。

だから科学の中和という言葉は本来、「中庸」から来る「中は天下の大本(たいほん)にして、和は天下の達道(たつどう)なり 中和致して 天地に位(くらい)し、万物育む」という言葉があって、これ中和という。

「中和」(東海林さん)

だから、昔の人はそうやって自分を修養したわけです。禅のお坊さんにしてみても、儒家にしてみても、あらゆるものの教養の原点として、勉強してたわけですよ。今は誰もこんなもの勉強していない。私はしてますけどね。常に修養の心構えだから、四書五経というのは。

そういうことで、煩悩というのがですね、人心、人間の肉体から出てくる欲求、この煩悩というのは否定しちゃいけないんです。必ず反動が来る。それが、ストレスですよ。

煩悩が来て、その反動が来たのを、グーッとこらえたらどうなるかっていうと、サディズムに走って、とにかくいじめたくなる。それをグーッといくと、今度マゾヒズムで、自虐的になる。そのサディズム、マゾヒズムをグッとこらえるとどうなるかというと、自殺したくなるんですよ。

だから、煩悩とかというものは、否定しちゃいけないし、また煩悩のいうとおりにしたら身を滅ぼすから、活かさず殺さずなんです。これが仏教でいうと、煩悩というのは肉体をもって生まれてきたらしょうがないわけでして、肉体から来る欲求、これを活かさず殺さずでいかに上手に煩悩とおつき合いして、自分の仏性を磨いていくのか。

要するに、人心というものの危険さを知って、人心をいかに上手に活かさず殺さずでおつき合いして、道心の微かなる神なるものいいもの、聖なる人間の部分を進化させていくのかっていうことが、実は儒教の修養のいちばんのポイントなんです。仏道ももちろんそうなんです。

そういうことを踏まえてですね、ストレスということを考えなきゃいけないのに、ストレス学派は、いろいろなストレスは心にゆがみがなんて。これが恐らく東洋医学とか江戸時代の御典医だったら、私みたいに説明するでしょうよ。ラジオでいわないかもしれない、ラジオない時代だからね(笑)。

だから、ストレスっていうのは、本来そうなんです。煩悩とどうやっておつき合いしていくのか、活かさず殺さず。そして、より高いレベルの自分をいかに修養していくのかというおつき合いの仕方のわけなんで。

「煩悩と共に生きる」(東海林さん)

うん、煩悩と共に生きる、活かさず殺さず。まあ、そういう自分というものの心を見つめて煩悩と聖なる部分、人心と道心を、どう向かっていくのかっていう心の修養のできている人は、ストレスがどうのこうのなんていう病気にはならないですよ。

それは心の教養、学問の厚み、自分というものの修養の仕方がどうあるべきなのかという、要するに人間ができていないから、こんなストレスがなんていうわけですよ。

(CM)

今夜の放送いかがでしたでしょうか。ちょっと話が難しすぎたと思うかもしれませんけど、悔しかったら難しいこといってみろと、かなり太りすぎのオカマだとか、着物着てるオカマだとかが(笑)コメントするのはおもしろいかもしれないんだけどね、もっと難しいこといってみろっていうんだ、この世の中で。

世の中に一つぐらいものすごく難しいことをいって、有意義な話をする番組があってもいいんじゃないかと、早口でいいましたけどいかがでしたか。

難しいなんていわないでくださいよ、悔しかったら難しいこといってみろと。難しいことを聞けるということが尊いと思っていただければ幸いでございます。

あなたの感想、質問、笑える話、ちょっとした悩みなどなんでもメールをくださいね。メールは、ラジオ日経で検索し、ラジオ日経のこの番組ブログの右サイドにある番組あてメール投稿フォームから寄せてください。

この番組をオンデマンドでもう一度、好きなときに聴けますよ。オンデマンドもこの番組のブログにありますので、聞きのがしたときは是非お聴きください。

それでですね、7月21日(木)夏休みの始る頃、予備校のみすず学苑も一生懸命勉強してますが、武道館で深見東州オリジナルコンサートを行います。去年も単独公演しましたが、これも一万二千人いっぱいでした。

今年は、ぜんぶ私のオリジナルソング、シンガーソングライターとして、全部私が作った曲ですね。30人のオケでやりますので、是非お聴きいただきたいです。

FOX TVでも流す予定にしておりますが、後ほどまたお知らせいたしますね。夜の5時半開場で、6時半から開演いたします。トークが半分(笑)、歌が半分で、3時間半立ちっぱなしで歌うんですね。

みんな何に感動したかっていうのは、ノンストップでステージで3時間半も歌い続け、しゃべり続けたことに驚いたと(笑)。

よくおトイレ行かなくていいなと思ったそうですけど、緊張するとね、脳に血がいって交感神経が動いて。終ったっていうと、副交感神経が動いて、内臓に血が巡って、急におトイレ行きたくなります。

だから、恐らく楽団なんかは、年寄りが多くて(笑)、リラックスしているからずっとおトイレ行くの辛抱してるからね。

録音してるからね、音入れ(おトイレ)じゃということでね。文句いうなということで、ウーっとおトイレ行くのを辛抱しながら歌っているのも見物ですよ。

「はい」(東海林さん)

というコンサートですので、チケットはたちばな出版のホームページからお求めいただきますように。全国の27局でテレビコマーシャルをしておりますので、テレビのコマーシャルも見てくださいね。

それではまた、来週の金曜日の夜11時半に、お相手は深見東州でした。あなたにとって、世界にとって、日本国にとって、素敵な週末が訪れることをお祈りいたします。

それではまた、蒙古来襲、宇宙人来襲、UFO来襲、未確認飛行物体、未確認生物来襲。



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