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2016年5月22日 (日)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年5月20日前半 ワールドメイトブログ

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。


2016年2016年5月20日 前半
今日のテーマは「熊本・大分の大地震について」です。


こんばんは、バンコンワ、アナコンダ(笑)、深見東州でございます。毎週金曜日この時間、30分という短いような長いような、長いような短い時間ですが、私とあなたを繋ぎながらお話しいたしましょう。2週間お休みいただきまして。

さて4月14日というのは、熊本を震源とする震度7の地震がですね、あれ、2度あったんだね。最初あって、その2日後に、余震かと思いきや最初のが前震で次が本震だなんて。前震なんて初めて聞きましたけどね。あの2日後に震度7の地震があって、九州 熊本、大分では、今もね、自宅に帰れずに避難施設で暮らしている人がいますね、たくさん。そんな人たちに、私たちは何が出来るのかとか、私はいいプレーをして励ますしかないとか、よくいうでしょう。どう考えても、あれ変だと思うんだよね。中居みたいにこっそり行けばいいのにね。

私らは、ハトホル隊という隊を作ってね、2週間かな、ずうっと隅々まで、トラックをチャーターして社員で行きましたよ。阪神大震災の時も、東北の震災の時もね、みんなそういうふうに積極的に行く人がいるので。気持ちはわかるけども気持ちだけなんでね。そう思うんなら何かアクションを起こさないとね。

アクション起こすっていうのは、駅とかどこかで募金をいうでしょう。募金せず、貯金を下ろせと私が思うんだけどね(笑)。まあ、こんなところで怒ってもしょうがないんだけど。私たちは身銭切って、人様からももちろんある程度募集するのはいいけども、まず自分から身銭切る、それから自分でなにか行動を起こして、なんかするというので初めて本当の気持ちがあり、本当の気持ちが伝わるんじゃないか。私たちに何かできたというのは、何かよりもそれができるのが本当だと思って、大きな地震、阪神大震災からね、僕はそうするように決めたんだけどね。

まあ、私はそういうことで、地震があるごとに、やれるだけのことっていうのは、それぐらいした方がいいんじゃないかと思いますよ。これからも地震は日本列島たくさんあるんで、そういう風にできる人がおったらばいいんじゃないかと。阪神大震災のときに始まり、次に東北震災で、今回もね、一千人以上の人とか、なんかねスポーツカーに乗って、ボランティアに行く人なんていうのは、これは本当に災い転じて吉が生まれてきたという感じでね。若者文化にいいものが生まれてきたんじゃないかと思うんですけどね。

それにしてもね、一番心ない愚かなことが、「頑張ってください」って。どう頑張ればいいの、避難所で暮らしてもう頑張っとるじゃないか。それよりも、たとえば自分の身内が亡くなったとか、どうしょうもないときっていうのは、頑張ってくださいっていうのは空しく聞こえてね。ああいうときはどういうふうにいえば一番嬉しいかというと、「いやー、大変ですね。避難所暮らしは不自由で、本当にストレスが溜まって、大変でしょう。さぞかし、不自由でつらかったでしょうね」っていったときには涙でるんですよ。

身内が亡くなったとき、僕も肉親が、両親が亡くなりましたときに、頑張ってなんていうことがあると、空しく聞こえるけど、両親が亡くなることは自分もつらいけど、普段とは違う悲しさ、悲劇と衝撃と喪失感ですね。

恐らく震災に遭った人とか、大火事に遭った人というのは、ショックと衝撃と悲劇とボーッとなっていますけど、喪失感なんですね。しばらくしたら、揺り返しが来てトラウマになったり、なんにもやる気がなくなったりするんで、そういうときはどうすればいいかというと、一緒にことを同じくして、いやあ、さぞかしつらかったでしょう、寂しかったでしょう、ショックだったでしょうねえ、っていうと「いやー、そうなんですよ」っていって、共有してあげることで、救われて頑張れるんですよね。

頑張ってください、頑張りましょうっていったって、何をどう頑張れば。頑張れないのが避難生活で、頑張れないのが被災者なんだというのに。

まあ、そういう経験したことがない人っていうのが、悪い気持ちじゃないんだけども、いまいち空しい言葉です。

身内が亡くなり、同じような悲劇に遭ったとき、なにが一番本当に喜ばれるし、感激するし、慰めになり、力になるのかっていうのは、頑張ってくださいとかいう軽い言葉よりも、さぞかしつらかったでしょう、さぞかし寂しかったでしょう、ショックだったでしょうね、寒かったでしょうね、っていうと、「いやー、そうなんですよ」っていうので頑張れる。

そういうちょっとしたことがわからない人が多いんで。そういう人と遭遇したときには、そういう風に言葉をかけてあげてくださいね。

僕らも國弘正雄先生という同時通訳の神様で、参議院で、ニュースキャスターしていた人がいて、僕のことを最初にルネッサンスマンといってくれた人なんだけど。母親が亡くなって、1年ちょっとで父親も亡くなったんですけど、父親が亡くなったときに、國弘先生が葬儀に来られて、僕に便せんに書いた手書きのアレをパッと渡してくれて、見たら、「さすがの精神的に強いあなたでも、今回ばかりはおつらいと思いますが、自分の父親が亡くなったときというのは、相撲でいう徳俵がなくなった感じがする。」

徳俵に乗ると、見たところ輪っかなんだけど、徳俵は最後に踏ん張りがきくじゃないですか、そこからまたうっちゃりもできるんだけど。

見たところちいさな存在のようなんだけど、徳俵があるが故に、土俵際で踏ん張れるじゃないですか、そんな感じがする。

さぞかし御大(おんたい)のこと、僕のこと御大と御大といい、自分も肉親を亡くしてそう思いますよって、という手紙でね。今も台詞覚えているくらいだから。そういう手紙を渡してくれてね。やっぱり気持ちがこもっていますね。

だから、頑張ってねという言葉だけはやめましょうね(笑)。あまりにも文学性がないといおうか、真実なる人の気持ちの、どういうふうにしてもらったら、なぐさまって元気でるのかっていうようなことが、このラジオを聴いている人はね。そういう時があったら是非ね、ヒントにしていただきたいと思います。

今日は、そんなお話をしていきましょうって、すでにしているんだけど、では今日という日が終る時間までおつき合いくださいませ。

(CM)

今週は、関東でも震度5弱とか、地震がありまして、熊本、阿蘇、大分などでは、今も余震が震度4とか3とかね。震度4というのは、わりと恐いですよね。それがしょっちゅうくるわけだから、どれだけ大きな、特に子供たちなんてトラウマになっているみたいでね。

しかし震度7の地震が2回もやってくるとはね。実は昭和24年というのは、私が生まれる2年前なんですけど、震度の階級を作りましてね、第一回目が阪神淡路大震災が震度7を記録しまして、第2回目が中越地震、3回目が東日本大震災だったんです。4回目が今回の熊本地震の最初の地震。だから、あれが本震と思って、次は余震かと思いきや、2日後にもう一度あったんで、実は4回目と5回目の震度7が4月14日、16日で。こんな地震活動で連続震度7がね、4回目と5回目が熊本であるとは、誰も想像だにしなかったことですね。

マグニチュード6.5以上の地震の後に、それよりも大きな地震が発生するのも明治18年以来初めてだったし、阿蘇地方や大分にまで地震活動が拡がるような現象も、こんなに広範囲に移動していくなんていうことも、観測史上なかったことですね。

熊本城の国宝が壊されているのが哀れでね。石垣の中から観音様の彫刻が出てきたなんて、あれを視察した熊本市の市長が悔しいっていってね、涙ぐんでいましたよね、映像で。大事にしておった自分たちのシンボルが一瞬のうちになって、悔しいというよりも、残念ですよね。でも、悔しいっていっていましたよ。

「西南戦争でも落ちなかった熊本城ですから」(東海林さん)

まあ、それだけ自然の驚異というのは、東日本大震災の時に、何度も何度もいいふるされた想定外の地震、想定外の津波っていってね。想定外、想定外っていうの本当に使われましたけども、自然の驚異は常に想定外ですよ。

想定外のことが起きると想定して備えるのが、本当の災害の対策だと思うんですけど。想定外のことが起きると想定してどうするのかっていうことは(笑)、想定外のもんだから想定できないですね。

「卵が先か、ニワトリが先かと同じになっちゃいますね」(東海林さん)

でも、1回あったことはまたあると考えて、想定外のことが起きたときはこうしようという緊急体制ができるというのが危機管理ですね。

「あとは人間の想像力ですよね」(東海林さん)

確かにね。朝のテレビの番組で、「天の声」っていうのが、誰がいっているのか顔見えないけど。この番組にも天の声といおうか、壁の声というのが、東海林桂さんっていう、古いさだまさしのセイヤングでしたっけ。

「はい、その他にもいっぱいやっていますけどね」(東海林さん)

なに。

「所さんの目がテンとかもやってましたし。今は卒業しちゃいましたけど」(東海林さん)

所さんの番組もおもしろいね。所さんの目がテンというのはトコロテンから来たんですかね。

「いや、あの実をいうとですね、『目がテンになる』というのはさだまさしさんが最初にいいだしたんですよ。ビックリすることは『おおー、目がテンになる』と。これいい言葉だよねっていってたら、それがだんだん拡がっていったらしいんですけど、そうしたら番組のタイトルに『所さんの目がテン』という。」

いや、僕ね、目がテンじゃなくってさ、所さんの場合は、目がイタチじゃないかなと(笑)。テンはテンでも種類が違うね。まあ、そういうことで、目がテンになったり、イタチになったり、ハクビシンだったりして。小動物の目になるというのとは違うんですよ。

マンガで出てきた言葉じゃないかと思うんですけどね。

「じゃ、『目がテン』のルーツを知っている方、メールください」(東海林さん)

そうですね。目が10個という意味じゃないですからね。



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