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2016年3月

2016年3月26日 (土)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年3月25日 ワールドメイトブログ

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2016年3月25日放送分、今回のテーマは「卒業」。今回は、前半、後半なく話が続きましたので一回分全てを書き取りました。


こんばんは、深見東州です。晩婚は、35歳以上のみなさん。毎週金曜日のこの時間は30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話しいたしましょう。

今週のテーマは「卒業」です。卒業式を終えて卒業旅行に行っている人も多いかもしれませんね。今でもそうです、運転免許を取る人もおるね、この3月。

テレビで、レギュラー出演が終ると卒業というふうになりまして。要するに、クビだって降ろされたわけで、終了したのが、宣り直しして、今回○○番組から卒業することになりまして。卒業した後どうするのって、ねえ。

さて皆さんには、どのような卒業の想い出があるんでしょうかねえ。いろんな卒業があるでしょうけどねえ。今日という日が終る時間まで、では皆さんおつき合いくださいませ。

(CM)

これ構成作家がね(笑)、書いてるん。東州さんは卒業の想い出はありますか。そんなの想い出ばっかりですよ。変わった風習がある卒業式が紹介されてますね。沖縄では卒業式にメリケン粉を卒業生に投げるとか、学校側は禁止して、中学生にメリケン粉は売りませんという、そういう風に商店街はなっているんで。

こんなのは、卒業式でなくって私なんかはしょっちゅうやってますけどねえ。メリケン粉を投げたり(笑)。

「メリケン粉を投げるんですか」(東海林さん)

お祭りでよくやりますけども。岐阜県の飛騨高山では、旧制中学からの伝統でね、テレビドラマになりましたね、白線流しって何かというと、制服の帽子の白線とセーラー服のネクタイを一本に結んで川に流すって。なかなかロマンティックな。

卒業ソングも時代時代に合わせて歌われる曲が変化して、卒業の時に歌う、昔は仰げば尊し。えー、ほんとうにお抹茶を飲むときに必ずお菓子がないと成り立たないんで、仰げば尊し和菓子(我が師)の恩といって(笑)。

御座候(ござそうろう)とか塩まんじゅうとかね、玉椿なんて姫路の名産にあって、きんつばでも、和菓子がないとお抹茶って美味しくないんで(笑)、ほんとうに和菓子のお陰でこんなに美味しいお茶会ができたというんで(笑)。仰げば尊し和菓子の恩って、いつも(笑)。

まあ、蛍の光、スコットランドの歌かなあれね。柏原芳恵のなんという歌だったかな、

「春なのに」(東海林さん)

春なのに~♪お別れですか♪
中島みゆきが作詞作曲してね、私もコンサートで歌いました。あるときは春なのにがずうっと出てね。それから森山直太朗のさくら~さくら~♪、お前おかまかというんですけどね(笑)。

一定以上になると、ハァーと裏声になっちゃってるんですけど、なかなか歌はいいですね。私もコンサートでよく歌います。森山直太朗ね。

贈る言葉もそうですけど、キャンドルライトの中の二人♪、長渕の乾杯も、あれは結婚式の時のなんだけども、卒業でもね、今これから人生の大きな大きな舞台に立つって、みんな泣きますね。卒業式の歌ってそういう風に変わっているんで。

まあ、そういうことで、卒業するのも時代時代に合わせて歌われる曲が変化して、どれもいいですね。

メールを紹介しましょう。
------------
ペンネーム:10代の学生

今年、高校に進学します。
中学校はクラスの中で浮いてしまって友達もできませんでした。
でも高校生になったら新しい自分になれるような気がします。
友達をつくるにはどうしたらいいですか。

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中学から高校になるのにこう聞くのも無理ないかなと思うんだけど、大人になった私からいわせれば、この質問自体が愚かなことでね。中学から高校に入って友達つくるよりも大事なことがある。

まず数学が極端に難しくなるから、三角関数、サイン、コサイン、タンジェントとか、対数とか、複素数とか。中学の連立2次方程式とかの中学の数学と高校の数学というのは圧倒的な違うところなんで、とにかく食らいついて、高校の数学をしっかり勉強して、振り落とされないということが、まず一つです。

いっぺんでそれで数学嫌いになったら、もう理科系には行けませんからね。理科系に行けるけどもあえて文系に行くというのはいいんだけども、(理科系に)行けないから(文系に)行くというのは残念なことです。

それから大学受験の英文法というのは、だいたい高一の英文法、仮定法過去だとかね、過去分詞だとか、そういうふうな文法の難しいところはだいたい高一の英文法で習うんですよ。

だから高校一年のときの英文法をしっかりやってなかったら、ほんとうに英語嫌いになっちゃう。もともと英語嫌いかもしれんけどね。

特にね、高一の英文法って極端に難しくなる。それを食らいついていったら、まあある程度の大学に入れるだけの英語力できるんだけど、高一の英文法でつまずいたら、わからない、わからない、わからないといって、中学1年の基礎英語から勉強し始めて高一の英文法をしっかり勉強すると、まあまあのところに行けるだけの実力つくんですけど。

高校1年生のときの数学、それから英語の落ちこぼれ、極端にレベルが違うから、それに振り落とされないように食らいついていけ、っていうのがまず高校に入って考えなきゃいかんこと。

もう一つ、友達なんですけどね、友達ってそんなに大事なものなのかと思うんですね。とにかく、友達の法則というのは、小学校の低学年とか、幼稚園のときは、ご近所に住んでる子がお友達ですよ。近所で、なんとかくん遊ぼうよとか、学校に行こうよとか。

その次は、同じクラスになって、クラスメイトがお友達ですよ。ところがだんだん、まあ高校ぐらいまでは、進学校に行った子というのと、まあまあの進学校に行った子と、普通校、商業、夜間の子というふうに分かれるんですけど。中学までは義務教育なんですけど、高校に行くとうんと進路が変わっていくので、そのお友達によってですね、うんと人生の方向性が違う。

いつもいうんですけど、灘校の法則というんで。1点違いで灘校に通った人、1点違いで落ちた人、もちろんこれは業界用語で、麻布・開成・武蔵でAKMというんですけど。

1点違いで麻布・開成・武蔵を落ちた人と、1点違いで通った人というのは、わずか1点の差だったんだけども、行って大きく違う。どう違うかっていうと、灘校とか開成とか友達が東大に行くもんだと思っているから。

君、何学部に行くの東大の。僕は理学部、僕は法学部だねとか、将来はああだねといって。東大は行くもんだと、みんなもそうだし、先輩も通っているし、先生も通るといってるし、東大というのは行くもんなんだと。

よっぽど変わった人がどこか違った大学に行くんで。滑り止めは少なくとも早慶、上智か、まあちょっとICUがいいっていうのが滑り止めなんだけどね。公立と国立の受験期が違うから2回ぐらい受けられるんだけども。

そういうもんだろと思うから、そういうもんだと思って、そのように勉強していくと、普通に受験してそのように通っていくと。

ところが1点違いで、開成とか灘校ではなく普通の県立高校に行った子はずうっと行ってて、君どこ行くのっていったら、東大なんていうのは天才が行くところだよ、そんなの行けるのといって、何人かいるけどね。東大に行くって、へえ君すごいねえって。

東大に行くのはすごいことなんだ。早慶、上智なんかすごいじゃないかってさ。だいたいMARCH、明治大学、青山、立教、中央、法政っていうのがMARCHで、学習院を入れて、GMARCHなんていうんですけどね。

早慶、上智、ICUなんてすごいじゃないか、行けるの君なんていって、よほど特別な人が行く、天才的な人が東大に行くと思うんで、友達もいうし、先輩もなかなか通らない、先生方も東大に、すごいね君、頑張らなきゃいかんね、大丈夫なのというかたちでいうと。

というので、なかなか東大通らないものだ。勉強していても、直前になって志望校落とすし、ワンランク、ツウランク下のところを受けて、友達もそうだし、先輩もそうだし、先生もそうなんで、そんなもんだなと思うから。

1点差で普通の都立いった子と、1点差で灘校に通ったのは1点しか違わないんだけども、3年間でこんなに水が開くわけですよ。

それだけ、友達っていうのは、友達の価値観、人生観、態度っていうのは大事なんで。だいたい高校生になったら、だれのいうことを聞くかというと、まず、先輩のいうことを聞く。その次に友達のいうことを聞くんです。その次に学校に先生とか、塾の先生のいうことを聞く。その次にお兄さんのいうことを聞きいて、お父さんのいうことを聞いて、最後にお母さんのいうことを聞く。一応、お母さんのいうことだから反対すると。

だから、お母さんとうちの息子が折り合いが良くなくって、というのを聞いたら、素晴らしいその子はと。それは本当に健全な素晴らしい男の子だねえといってさ、男の子で高校1年の終りぐらいから自我が目覚めてきますよ。

もの憂くね、友達のさんざめく、友達の輪の中に入っていけない自分というのは、自我の目覚めですよ。

だから、自我の目覚めで健全に育った男の子というのは、お母さんの持っている母親の感覚と自我の感覚と折り合うわけがないんですよ。お母さんとそんなに仲よくというのはマザコンですよ。

だから、お母さんというのは、なかなか、うちの息子と折り合いが良くなくって、それは素晴らしい健全で普通だというふうに、お母さんというのは理解できないんですね。

結局、先輩のいうことを聞いて、友達のいうことを聞いて、学校に先生、塾の先生のいうことを聞いて、お兄さんのいうことを聞きいて、お父さんのいうことを聞いて、最後にお母さんですから。

だからそれが、ちゃんとした高校の、ちゃんとした先輩だったら、一生の方向性とか進路なんかも先輩のいうことに一番影響を受けるんですよ。

そういう優秀な高校に行き、優秀な先輩に会って、より次元の高い、より目標の高い、素晴らしい方向性に、自分を導いてくれるような友達と会えるかどうなのかを考えないといけないので、フレンドができるかというのがそんな大事なことなのかですね。

社会に出たらどうなのか、大学出たら、やっぱりね、同じゼミとか同じサークル活動なんで、友達ができる法則、簡単ですよ。目標を持って苦楽を共にすると。

うちの予備校生でも、大学行こうと思って、合宿とか何かでね、食べ物一緒にしたり、合宿したり、ご飯食べたりしたら、みんな友達になりますよ。

一つの目標を持って、苦楽を共にしたらみんな友達になるんだ。友達をつくる方法はなんかサークル活動か、なんでもいいんで勉強でも、とにかく、目標を持って友達と苦楽を共にしたら、ラグビーでもサッカーでもみんな友達になりますよ。

そんな友達になるということが価値があるのかどうなのかですよ。戦争の戦友というのは、命をかけて戦って、死ぬ覚悟をしていくという目標のために苦楽を共にした戦友というのが、ほんとう刎頸(ふんけい)の友ですよね。お互い一緒に首切られまひょっていうぐらいな。

しかし、社会に出たらどうなるかっていうと、類は友を呼ぶで。やっぱり僕なんかは、高校の友達、大学の友達、全く話が合いませんね、価値観が。みんな普通で、平凡で、その時代の自分の能力とか才能とか人間性に合った友達しか出ないんで、類は友を呼ぶっていうんですけど。

最初の頃はご近所、同じクラス、同じ高校、同じクラブ活動、同じ方向性で、先輩だったのが、社会に出たらどうなるかと考えたら、その人の生き方と生活と価値観ですよ。

だけども、それなりの能力と実力と社会的背景があったものでないと、話が合わないですね。どっちかが足ひっぱったり、どっちかが頼ったりするんで。

お互いが頼り頼り合う友達っていうのは、それなりの能力、実力、教養、学歴。あるいは、別に全く違うものをお互い持っているとか、というそういう人じゃないと長続きしないです。時間の無駄でしょ。

だから結論として、友達探すとか友達を見つけるというよりも、己を磨けというんだ。高校に入り、大学の20代は友達を探すより己を磨けと。己を磨いていくプロセスの中で、目標を持って苦楽を共にしたら、それは良き友ですよ。

「朋あり遠方より来る、また楽しからずや 」というのは、これは論語の一番最初に出てくるんだけども、論語の一番最初のこの言葉が論語の全てで、最初は学習ですよ。

「学びて時にこれを習う、亦(また)これ説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)あり遠方より来る、亦楽しからずや。人知らずしてうらみず、亦君子ならずや」というんですけど。

学びて時にこれを習う、学習っていうのはここから出たんだけども、いったい何を学んで何を習得するのかっていうのは、論語の場合は儒教ですから、聖人に至るの道なんです。

「聖人は学んでなりますか」「可なり」

学んで聖人になる、要するに政治家であり、帝であり、そして人間として立派だと。徳のある君子になる三つを兼ね備えるにはどうしたらいいという学問ですよ。

これが学習なんです。だから、「古の学者は己のためにし、今の学者は人のためにする」というのは、人に見せびらかすために勉強しているのが今の学者、昔の学者というのは自分自身の修養のために学んでおった、これが学問なんだ。

そういう聖人に至るの道を学んでいるものが、はるばると、我が道を学ぶ同朋よと訪ねてきたのは、これほど嬉しいことはないよと。

そういう道を共に学ぶ人間、友との語らいがずうっと君子に至る学問、これがなによりの喜びだと。

そして最後、「人知らずしてうらみず、亦君子ならずや」こんなに学習し学び、聖人に至るの道を学ぶ教養と修養をしているこの私の徳や努力を世間は知ってくれないんだと。

「人知らずしてうらみず」

それを決してうらみに思いません、なぜかというと、世間に知ってもらうためにやっているんじゃないと。自分自身の修養のために、天の道のために、自分というものをいかに立派にするかという学問をしているので、人に見せびらかすためのもんじゃないんだと。

これだけ私が学びしているのを誰も人が知ってくれない。それをちっともうらみに思いませんよ。これが君子だね。「人知らずしてうらみず、亦君子ならずや」

というのが論語の一番最初ですよ。これが論語の全てですよ。だから、これが学問の本質ですよ。

そういう自分というものを確立し、自分というものを修養し、自分というものをいかに立派にしていくのかということが大人になったら大事なのであって。

それに合う「朋あり遠方より来る」という友達ができるので、友達を探し、友達ができるというのは、中学生がいう台詞ですよ。

高校にはいったら、私のいうことを聞いて、まともな立派な学問のある若者になれというのが、いいたいことですね。

だから、友達というものは、小っちゃいときは近所の子、クラスの子、学校の子なんだけども、大人になったら、その人の志すもの教養と知性と人間性と生き様にあった人しかお友達になれないんで。

小っちゃいときの幼友達だといっても、なかなか時間使って会おうという気にならないです。

友達のために生きようとか、友達をつくろうと、ちょっとしたことでケンカになりますよ。「小人は同じて和せず、君子は和して同ぜず」です。

そういう学問と教養のない人間は、同じて和せず、一緒になんでも徒党を組むんだけど、すぐケンカしていると。

君子は和して同ぜず、いつも意見の違う人間とも仲よくするんだけども、自分の意見は自分の意見、あんたの意見はあんたの意見で、付和雷同しないと。

付和雷同せずに、反対は反対、賛成できないことはできないし、意見はいうけどもケンカせずに仲よくしていると。これが君子の交わりですよ。

小学校や中学校の時に、そういう学問がある人間だったらば、高校に入ってから、どうしたら友達ができるでしょうかというような、こういうあさはか、赤坂見附みたいな、浅香光代みたいな、浅香光代はいい人やけどもね。

こういう質問が私に来たら、こういうのバチーンとね、大人の正しい見解から答えてあげるという、10代の学生にはね。高校に入ったら大人の始まりですから。

三島由紀夫っていうのは、17歳で花ざかりの森というのを書いて、そこからデビューで、石川遼は15歳でレギュラーのトーナメントはいった、プロのゴルファーですから。

もう高校生から大人の始まりなんですよ。絵でも書でも文学でもスポーツでも、みな立派な大人の始まりとしてね、ものの考え方もですよ、大人の始まりのような考え方を持って欲しいなこの10代の学生は。というのが私の考え方ですね。

(CM)

今夜の放送いかがでしたでしょうかね。

15歳、16歳になろうなんていう子だったら、江戸時代とか明治の初めだったら、何というんだお前は、喝、といわれますけど。

いい友達ができればいいな、なんてことを答えるような、そういうディスクジョッキーといおうか、ビールのジョッキ飲んでいるといおうか、そういう風なものじゃないですから私は。

基礎学力と、それだけの理解力を持っている子ならば、もうちょっと違うことをきくなあ。気持ちは分かるけども、気持ちは分かるけどもね。

こういうものの考え方があるんだよということを、15、16の子に知って欲しいよね。

今夜の放送いかがでしたでしょうかね。



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2016年3月22日 (火)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年3月18日後半 ワールドメイトブログ

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2016年3月18日放送分、今回のテーマは「さくら」。後半部分を書き取りました。


ここで皆さん、告知をいたしましょう。
「第16回 深見東州・バースデイ書画展」
「かいがいしく絵画を見て、ショーのような書を見て、コテコテのギャグを楽しむ個展。」というね、今日は18日ですが、翌日の明日の3月19日、11時からラフォーレミュージアム六本木、最寄り駅は東京メトロ南北線、六本木一丁目駅、入場無料、ちょっとわかりにくいところにありますけどね。

私がパフォーマンスしますのでね、デカい筆で。これが第16回を迎えます。19日の朝11時から31日までやっておりますね、個展。だいたい2930点くらいかな、その中から新作と、人気のあるやつを展示いたしますよ。これが告知です。無料ですから、是非来て下さい。
メールを紹介しましょう。
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ペンネーム:受験生B
10代、学生。

東州さん、こんばんは。
まだ、どこの大学も受かっていません。
進学指導の先生が勉強する時間が足りない。だから、寝る時間を惜しんで勉強しろ。
二合三落、二時間で合格、三時間で落第という言葉がある。
二時間しか寝ないで勉強したものは合格するが、三時間寝たものは落ちる。
しかし、私の場合、睡眠時間が足りないと、試験の時も勉強の時も集中できません。
私は寝たら浪人生活が待っているのでしょうか。

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私は、受験生を39年教えていますけどね、全く嘘ですね。僕らの時代は四合五落っていってね、睡眠四時間なら合格し、五時間なら落ちるといわれて、四合五落。

一回やってみたらいい、その先生。進学指導の先生がやってみたらいい、一日二時間(笑)。二時間しか寝ないでやったらですね、後は寝てるのか起きてるのかわからない状態でやっているので、勉強になっていませんね。

集中が大事だというんですけど、これも本当に月並みな、おろかな、受験を知らない人がいうんで。これ基準を教えてあげますよ、受験生にいう、受験の専門家っていうのは、一年間でですね、だいたい一日四時間、毎日コンスタントに勉強すると一年間で、誰でも東大に通るといわれているんです。

東大っていうのはわりとオーソドックスでね、基礎をしっかりやっていれば、あんまり変な問題は出ない。京都大学だとか、横浜国大だとかね、芝浦工大とかね、へんてこりんなことばっかり出すので有名な学校いっぱいありますけど。

東大は、努力したら努力した分だけいくような、素直な、決して易しくないけど、決して難しすぎない。ちゃんと勉強した人が通るような試験なんですね。

それで、一日四時間勉強したら誰でも一年で通るといわれているのが基準です。ところが一日四時間勉強するというのは、恐い話で、一日さぼって勉強しなかったら、次の日八時間勉強しなきゃいかん、二日勉強しなかったら、次の日、十二時間やらなきゃいけないんです。

だから、一日コンスタントに四時間ずつ一年続けるというのは、一体どれだけ大変なことかね。集中とかいうんですけどね、そうではなく、実質的にやった勉強時間と、実質的にやった学習量、これなんです。

要するに多くの受験生というのは、とっかかりが悪くてね、机に向かって、もたもたもたもた、マンガ読んだり、電話したり、メールしたり、音楽聴いたりしながら、なかなか没入できない。

特に、ご飯食べた後なんか、血が胃にいくもんだから、頭に血がいかないもんで、なかなかとっかかりがよくない、文化系の人は。

成績が真ん中以上か、上の下というのは、とっかかりが悪いからね。机に向かって勉強してるようでも実質の勉強時間は一、二時間ですわ。だったらいいほうです。

実質、本当にとっかりが遅くて。グーッと勉強し始めてから何時間なのかですね。それは、四時間やったら、一年で、本当に東大に通るんで。

だから普通の大学には楽勝ですよ、一日三時間コンスタントにやったら。だから一日コンスタントに三時間ということは、ぐっすり眠れますよね、睡眠時間なんて関係ないですよ。

実質一日どれだけ、とっかかりのよくないのも合わせて、実質何時間勉強して、どれだけの勉強量、すなわち、入試典型問題を何題解いたかですよね。これで成績が比例されていくわけなんです。

入試典型問題は何かっていうとね、高校には学校指導要綱というのがあるので、高校の学校指導要綱から逸脱した問題を出すとですね、文部科学省から指導があるんですよ、逸脱しているよと。

それで、大学が毎年出している傾向があるんで。他の先生方も、これへんてこりんな、文部科学省の指導要綱から離れすぎて、これ良くないよと。平均六割か、七割ぐらいが取れるような試験出さなきゃいかんということで、変な問題出したら非常に叱られるし、文句いわれるんで、それぐらい取れるような、文部科学省の指導要綱に、枠内に合うような試験紙か出せないんですよね。

要するに、どこから出るかわからないというのではなくて、だいたい決まっている。文部科学省の指導要綱の中で過去あった問題。だから、いかに過去問が大事か。過去出した問題の、その学校の校風と傾向に合うようなものが出て、時々変なものがでますよ。

時々変なものが出たらどうなるかというと、誰も解けないんですね。だから、誰も解けないから自分も解けなくても差がつかないんです。

誰でも解けるような基礎と基礎から少し応用したものが普通に解ければ、普通に通るわけです。それが大学受験です。

実質的な勉強の時間と実質解いた入試典型問題、要するに文部科学省の指導要綱にあった実際の入試問題をどれだけの量解いたのかと。数学だったら、手で書いてちゃんと解いたのかと。これに比例して成績が上がるわけですよ。

だから、睡眠時間関係ないんですね(笑)。実質四時間ずうっとやってて、コンスタントにやっていたら、一日八時間、十時間寝ても全然いいし。

睡眠時間っていうのは、人によって違うんですね。早熟の場合、体が早く大きくなった人とか、背筋が発達している人、スポーツの中でも統計とってみたら一番良く勉強できるのが剣道部なんですね。次が卓球部なんです。チームワークでいくぞーというラグビーとかサッカーとかは全然たいしたことない(笑)。

それはね、背筋をつかっていくのと、相手とマンツーマンでずうっと集中しますでしょう。背筋をしっかりつかうから、長時間机に向かって座り続けて、精神力が長く続くんですよ。

その次卓球です。マンツーマンでやっているから、相手の動きを見ていながら集中がずっと続いていって、物事を考え続ける能力があって、背筋が発達しているんですよ。

背筋というのは、精神力と持続力に影響しているわけで。もちろん、サッカーとかラグビーだとかもつかいますけども、チームワークでやっているというのは、みんなで勉強するならいいんだけども、勉強は一人で孤独で黙々とやるもんだからね。

だから、マンツーマンでやる、フェンシングなんかもいいでしょうけどね、テニスもそうですね。マンツーマンでやっている人というのは、ちょっとみな省みて、剣道部の人ってよく勉強できる人多いでしょう。

次に卓球部の人って勉強できる人多いはずなんですよ。それは統計をとってみたらそうだとわかったんですよ。

勉強できるために卓球とか、卓球でもダメな人もいるし(笑)、剣道部でもまたダメな人がいるんだけど、あくまでも統計ですから。

ということでですね、睡眠時間というよりも、実質とっかかりがよくないときに、した時間がどれくらいなのか、毎日四時間ずつやったら、一年で東大に通る。だから、毎日三時間ずつでもやってきたら、本当にたくさん問題が解けるわけね。

あと、39年やってて、上、中、下の生徒の違いっていうのは、上位の生徒は予習、復習、宿題やってから寝て、授業出るんですよ。

真ん中の生徒はどうかというと、勉強時間一定しているんです。予習がいっぱいあったら宿題忘れる、宿題が多かったら予習できない。なんで予習してこない、だって宿題多かったんだもの。なんで宿題してこない、だって予習するの多かったんだもの。なんで復習、だって予習も宿題も多かったんだもの。

それ君、勉強時間が一定しているからだろって。一定している勉強時間に何かが入ったら何かが出るというトコロテンと一緒なんですよ。なにかが入ったらトコロテンみたいにはみ出るわけだ。これが真ん中の生徒です。

下位の生徒は何かっていうと、すごく叱られたときに、ダメだーといってその時だけする。君はやればできるよ、といわれたらその時だけする。何かあったときだけ勉強すると(笑)。これが下位の生徒です。

「オレはまだ本気を出していない(笑)」(東海林さん)

真ん中の生徒が一番多いです。真ん中の生徒を上に上げるように、一定している勉強時間を多くすると、予習、復習、宿題全部できる、ことができるわけですよ。

そういうふうに大学受験を考えなきゃいかんし、勉強というものを考えなきゃいかんというのが私の考え方ですね。

だからこういうふうないいかげんな指導、進学指導の先生がいうようなことはみんなウソなんで、より本質的なことを考えたときに、39年やっておりますのでね、私。私のいうことを聞いてください(笑)。



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2016年3月20日 (日)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年3月18日前半 ワールドメイトブログ

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。


2016年3月18日放送分、今回のテーマは「さくら」。前半部分を書き取りました。


こんばんは、「晩婚は」の皆さん。深見東州でございます。毎週金曜日のこの時間は30分という鼻の下の長い時間ですが(笑)、30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話ししましょうね。

今週のテーマは「さくら」です。春を感じる最大のツールといおうか、季節商品の代表、さくらの花が何で私たちに愛されるのか。さくらについて寅さんから合格電報まで、今夜はさくらの話をいたしましょう。

ちなみに今日は私の誕生日です。Happy Birthday to me という。私の誕生日が終る時間までおつき合いくださいね(笑)。

Happy Birthday to me~♪ Happy Birthday to me~♪ Happy Birthday, dear Toshu~♪ Happy Birthday to me~~~♪

「お見事です、恐れ入りました」(東海林さん)

(CM)

誕生日というと、ハッピーバースデートゥーユーというんですけど、

「ハッピーバースデートゥーユー」(東海林さん)

おつゆじゃないんだから、自分で歌うもんだからHappy Birthday to meとなって。

さくらというとね、桜前線。日本列島を北上し始めましたとかね。5月に北海道に進むまで、桜前線の話題が、ニュースや天気予報のコーナーで。

パッと咲いて、パッと散るから潔い象徴と。受験合格はサクラサクとか、不合格はサクラチルとか、日本とさくらの関係は特殊な関係があると、さくらが日本の精神の花となったのは大正以降のことだと、って書いてある。

もちろん構成作家が書いているんですよ(笑)。万葉集では梅の花が118首、さくらが44首だって。平安時代からはさくらの人気が高まり、花というとさくらを表わすようになったと。

嵯峨天皇が開いたという記録もありますがね、花見は。豊臣秀吉が700本のさくらを植えてね、有名な醍醐(だいご)の花見ですよ。

100円玉はさくらのマークで、うば桜という言葉はね、花が咲いているときに葉がないからですね、ハがないということでうば桜と。年配でもなまめかしい女性を指していった言葉だというんですよ。さくらの日が3月27日、さくら咲くだからさ、3×9(サク)=27(笑)。

まあ、そんなようなことばっかり書いて、これが構成作家がいうね、こんなことばっかりですよさくらというのは、しかし、文学者の私にとっては、耐えられないような浅い解釈で(笑)、また東海林さんの浅はか見付と、浅香光代。

浅香光代さんとは親しくして、いい人ですけどね。浅香光代さん今もお元気で。よく正月公演をみんなで見に行ってたんですけど。

さくらといったらね、何を思い浮かべるかといったら、梅とさくらっていうのは、梅は天神菅原道真公でですね、梅は神道の花なんです。さくらは仏教の花で、役行者(えんのぎょうじゃ)、役小角(えんのおづね)さんが、加茂氏、葛城山の中に夜な夜な11歳ぐらいのときから、山に入って天啓を受けていたという。

それが大阪の勝尾寺(?)というところで、紅葉の天ぷらで有名なところですけどね、滝に打たれている時に、密教を開いた創始者の龍猛というのが来てね、直接密教の極意を教わったのが役行者さん。これが日本の修験道の始まりです。

役行者さんが吉野で修業をしたときに、大峯山、そこに吉野のさくらを植えたんですよ。そして、大島に島流しされたときもさくらを植えた。役行者の行くところみんなさくらを植えるわけですよ。

さくらは仏教の花なんです。パッと咲いて、パッと散っていくというのは人間の境地、心を表わすから、さくらというのはそうなるんで。だから、護摩を焚くときの護摩木っていうのはさくらの木なんですね(ホー)。さくらの木で仏様を彫ったりする。さくらの木の精っていうのはそういう意味があるわけです。

ということでさくらは、温かくなってパッと咲いて、パッと散っていく、人間の心を表わすわけで、それに対して梅っていうのは一番冬の寒い時に、芽を出しますでしょう。だから、梅というのは天神菅原道真公がこよなく梅を愛したというのは、梅は神の智恵。

神の智恵っていうのは、非常に現実界の厳しい冬のさなかに花を咲かせるから、社会の現実で厳しい体験をしたときにつかみ取った智恵というのが、これが神の智恵。

さくらは仏様の境地、梅は現実界で苦労してつかみ取った神の叡智っていう。だから、大本教の開祖の出口なおは「三千世界一度に開く梅の花」っていう。

梅の花っていうのは神の教えの象徴なんですね。艱難辛苦を経てつかみ取った悟りの叡智。これは現実界というものと、神の世界の両方。真ん中の心の世界が仏教なんですね。これが梅とさくらの関係。

だから、菅原道真公というのは神仙のシャーマンだったんで、あれだけの頭脳のがっさいを越えた本朝神仙録(ほんちょうしんせんろく)という、大江匡房(おおえまさふさ)が書かれた。

菅原道真公というのは神仙の世界に生きた、いわば仙人みたいな人だったので、だからこそあれだけの天神様になった。人間の知恵を超えた智恵を持っていた。

梅を愛していたのは、梅は神の教え。だから、冬の一番寒いときに清らかに咲く。さくらは役小角さんが吉野に植えたのでそれが吉野の始まりで、行く先々にさくらを植えたと。だから護摩木も全部さくらでやっている。これは、仏様のパッと開く境地、悟りの境地。刻々に変わっていきますから。これがさくらなんだと。これが梅とさくらの関係なんですね。

だから、天神菅原道真公の影響を受けている人たちは、梅というのはそういう風な、梅の歌はそういう気持ちで梅を辛苦と冬の中に咲く。

さくらは本当にきれい。南北朝になってくると後醍醐天皇が吉野のところに開くんですけど、それは修験道とともに行くところにさくらがいつも植えられるわけですよ。

そういう影響で平安時代の時には密教が栄えてきたんで、さくらの方の花がだんだんと栄えてきたし、さくらの木が護摩木に使われるようになったというのは、こういう文化的、宗教的、山岳宗教的な背景があって梅とさくらの関係がずっときているわけですよ。

これを文学でいうとどうなるかですね、まさにさくらというのはですね、僕の短歌の先生、岡野弘彦先生、昭和天皇の短歌の先生というのは折口信夫っていうのの弟子でね、住み込みだった。

折口信夫先生は神道学者であり、国学者であり、歌人であり、そういう頭脳を持っていた人ですよ。歌人としては釈迢空(しゃく ちょうくう)というのがペンネームです。

その釈迢空の弟子で、住み込みでおったわけです。で、岡野弘彦先生がさくらが咲いたときに、折口先生すなわち釈迢空と一緒に居たら、いいお天気で満開だったんで、「折口先生、満開のさくらで真っ青な、雲一つない青空にね、ほんとうにきれいですね、このコントラストが」っていったら、折口先生が「ばかな、お前絵はがきみたいなこというな」といって叱られたというんですよ。

歌人、歌を志す人間が雲一つない青空の青にさくらが満開でパッと咲いてきれいですねなんていう言葉は、絵はがきみたいな言葉なんだと。さくらというものに対する古代の人たちっていうのは、さくらの木の妖精っていうのはたしか、能だったらタツかな、さくらの木の妖精となってでてきたり、

あるいは坂口安吾のね、恐い恐い物語のお姫様、さくらがワーッと散っていくときに恐ろしさを感じると、さくらがブワーッと散っていくときに人間の死とか冷厳なる恐ろしさを感じるという、さくらの花が散るのを見て恐ろしいと感じる。

西行法師が、我さくらのもとにわれ死なめという、自分が死ぬんだったらさくらの木のもとで死にたいと、さくらの木のもとに埋めて欲しいっていうのは、さくらを愛でている、西行が出家することになったその時の美人の誉れの高い、北面の武士だったときに警護しておったその親王があまりにも素敵だったために恋心を持っていたのが、亡くなっちゃったんで出家したと、いうふうにいわれているわけで、

それがさくらの象徴みたいな人だから、その恋心を託してさくらのもとで我しなめといった西行が。

だから西行法師のさくらのもとで死にたいという思いというのが恋心になると同時に、坂口安吾の後に化け物みたいな女が行くという、坂口安吾のさくらのねえ、恐ろしい生命力という。

それから、俳句は僕の先生の金子兜太(かねことうた)先生の、さくらというのは、満開のさくらの梅とさくらの時に青鮫が来ていると、青鮫のような、魚ですよ、青鮫のような生命力のある恐いものが梅の花とかさくらの咲いているところに、花の生命力を感じると。

そういう風なのが俳人とか、歌人が感じるさくらに対する思いなんであって。

こういうようなことが、全然放送作家の中では、こんなのが書かれていない。だから、嵯峨天皇なんていうのもおそらく歌人だったらば、いったいこの花を見て、どう読むんだろうか、このさくらを。

あまりにも多くの人たちが何千年という間、読み続けたこのさくらを、お前はどう読むんだ、お前はどう感じるんだ。坂口安吾みたいに恐ろしい化け物の姫のようなことをきくのか。

まあ、そういうようなことでですね。花というものに対するとらえ方が、その人の詩心や自然に対する感性っていうものを試されるという意味で、恐いドキッとするような言葉なんですよね、私にとってはね。


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2016年3月15日 (火)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年3月11日 ワールドメイトブログ

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2016年3月11日放送分、テーマは「記憶」。今回は、前半、後半なく話が続きましたので一回分全てを書き取りました。


こんばんは、晩婚のみなさんお元気ですか、深見東州です。毎週金曜のこの時間に30分という短いような長いような複雑な時間ですけども、私とあなたをつなぎながらお話ししましょうね。今週のテーマは「記憶」です。

人間は、何でも覚えていたら生きてはいけないんで、適度に忘れるからいいんだと。それにしても忘れすぎだという人も多いんですけどね(笑)。

忘れなきゃいけないことがなかなか忘れられなくて、忘れちゃいかんことを忘れるといういのが人間のことで。そんな記憶っていうのは本当に、脳みその中の海馬、海の馬なんて書いて、海に馬なんているんかいと思うんですけど、脳みそにはあるみたいですね。そんな記憶の話をしたいと思います。
今日という日が終るまでおつき合いください。

(CM)

東日本大震災から5年をむかえましたけど、どうも地震もそうですけど、津波のほうがね、強烈なインパクトで、あのときの恐怖とか、津波の恐ろしさっていうのは、本当にみな想像もできないような恐ろしい記憶がね。どんな人にも残っていると思うんですけど。

実は、東日本大震災、津波っていうのは、僕は直接行けなかったんですけども、今でも覚えている、四倉という所にね、自衛隊も来ない所に、僕らが運んでいったんですね。

で、また買い込んで、また行って、何度もピストン運転して、食べ物があったら今度はガソリンだということで、四倉という所に行ったんですね。

そしたら、震災があって3週間たって、初めて来た物資だというんですよ、我々が。特に買い物に行こうと思ってもガソリンがないものだから行けないということで、ガソリンを車に注入してあげたら喜んで、「これで自分で行ける」。

避難物資を運ぶ人が、放射能のアレが高いから来ないということでさ。

ということで、「ゴジラ隊」という隊を結成しました。ゴジラっていうのは放射能を吸収して強くなっていくわけですからね。君たちも放射能を吸収してゴジラのように強くなれということで、「わかりました」ということでうちのスタッフが。

イギリスから大学のガイガーカウンターを借りてきて、しばらく借りっぱなしでしたけどね。何ヶ月か経って返しましたけど。

ガイガーカウンターの数値が高すぎるところは行くなということで、放射能を感知しながら行きましたね。だから、一応水にあたって、シャワー浴びて、お風呂に入ったら大丈夫なんだけど、何日間かそこに滞在すると危険ですね。

放射能のレベルが一番高いときにも行きましたから。トラックで何往復もして必要なところに行ったら、初めて来た救援物資ですというところが、いくつもありましたよ。

だから、テレビとかなにかでやっているのはいいんだけど、実際は、官公庁だけじゃなくて民間のこういうようなものと、両方ないと小回りがきかない。

で、官公庁のは一番必要なものがあって、要するに細やかさがないんですよ。必要なものは刻々と変わっている。刻々と変わっている必要なものが欲しいんだけども、そういうのはなかなか官公庁というのは届けないんで、民間が柔軟にやることによって官民が協力態勢できるっていうことを、阪神大震災で学びました。

最初に東京から阪神に行った、関東から来た救援物資のトラックは、私がチャーターしたトラックですよ。僕も2週間そこにおって、だから今でもその光景残っていますね。

ここで、記憶に関して私がいいたいことは、アドラー心理学でよくいうのは、全ての悩みは対人関係で、いろいろトラウマというんだけど、それをどう捉えるか。

それが素晴らしい体験として今に生きているんだと、無理矢理にでも思うとですね、トラウマというのはないし、あっても消えるんだと。

だから自分にとってトラウマになっているんだけどトラとかウマが自分に住んでるというのは、その時の見たり聞いたりしたものをどう自分で捉えて、どう自分で位置づけするかっていうことを、自分でしっかり向き合うとですね、トラウマも消えるし、トラウマにならないわけなんだね。

そういうようなことを全ての人にいうのは難しいかもしれないんだけども、トラウマ、トラウマというふうに思っている人は、トラウマって実はないんだ。その時の体験が自分にとってどうなのかをプラスのほうに受け取るように自分で自分にいってきかせると、若干フラッシュバックがあってもだんだん消えてプラスなものとしていくと。まあ自分にとってですよ。

戦争よりは災害のほうが、自然のことだから恨めないですわなあ。運命を恨んでもねえ。記憶というのもそういうもんですね。

僕の場合は、母親が亡くなったときがもう、本当に大学2年生までマザコンでしたから、何よりも大事な母親が亡くなったときに、いっぱい俳句を書いてね、それで納得しましたね。

作品に書きあらわすと、いまでもズキンとくるような俳句だけども。作品に残すと、そっちに悲しみが行っちゃうんで、自分自身にとって救いになたという、ね。

自衛隊とか、官公庁だけじゃなくて、いかなる時にも民間の活動というのは、現場にあった柔軟な対応ができる。今ほしいものを何とか届けてあげるという民間のよさと、自衛隊、官公庁の両方いるっていうことが。

いろいろ災害あるたびに必ずやってます。人間としていかなる時にもやらねばいかんことだと思っていますね。

ここで、メールを紹介いたしましょう。

ペンネーム:ティンパン
30歳、男性、会社員。
-------------------
こんばんは、東州さん。
ある人がいいました。
喜びと悲しみは誰にも公平にやってくる。
幸せと不幸も公平にやってくる。
ずうっと楽しいことばかりで生きていると、その楽しさが当たり前になるから、辛いことを与える。
その辛いことを越えた先に楽しみがある。
お金がいっぱいあっても幸福ではない。
東州さん、人生はこんなふうに平等なんですか。
私は何か、今は不幸のシーソーのほうに傾いているとしか思えませんが。
------------------

これねえ、占いとか、ホロスコープとか、四柱推命とか、奇門遁甲学、干支学とかいろんな代表的な占いがありますよ。

それで、幸運期と衰運期があってね、幸運と衰運が両方やってくるというんですけどね、これは表面的な見方でね、もっと深く見るとですね。

幸運期というのは、努力してやってきたことが報いられていくと、衰運期というのは、思うようにやってもなかなかうまくいかないときは、自分自身の中身を耕すと。

だから、幸運期も衰運期も両方進歩向上していると。それが、内的に進歩し実力を養うときか、あるいはそれが社会的に表現できて花が咲くかと。

衰運期の時こそ、自分の中身をしっかり磨いて実力、能力を養えと。そして幸運期になってきたら、必ず世の中に開花するときだから努力したことが報われるんだと。

でもまた衰運期がやってくるというのは、そうではなくて、また次の勉強、次の内的向上があって、またその次の幸運期の時に花開いていくというね。

吸入、圧縮、爆発、排気と4サイクルエンジンのようなかたちで、それで吸収して、学んで、次に爆発、排気。また吸入、圧縮、爆発、排気というので、エンジンが進んでいくみたいに。

幸運期も衰運期も進歩向上している陽の部分と陰の部分だと考えるのが一番積極的な考え方なんで、あんまり自分が衰運期衰運期なんていうのは、落ち込んで何もできなくなっちゃうからね。

例えば、気学なんかでも自分の本命というのが北へ上がっている時というのは、子の刻、夜の11時から1時のときにいると。そういうときは、さあ皆さんやりましょうといっても皆寝てると。

丑の刻と寅の刻、1時から3時、3時から5時、5時が卯の刻になるんで、3時から4時の時に、さあ皆さん頑張りましょうって電話かけても、みんな寝てるって(笑)。

寝てるときに頑張っても皆揃わないと。5時くらいから卯の刻になって、徐々に日の出になって朝になってきたら動き始めていくんで。

みんなが動き始めてるその時に呼びかけたら、「よし」と人が来ると。そういう時間帯が幸運期なんだと。

衰運期というのは自分の学ぶときだから、ぐっすり寝て英気養わなきゃならないときに呼びかけても皆寝てるから、そんな時に呼びかけても迷惑なことだから、その時はぐっすり寝て自分で勉強して。みんなが起きてきた時間帯に、「おーい、起きろ」といえばいい。
そういうふうに、みんなが起きて頑張ろうというときが幸運期、そうじゃないときは衰運期。幸、不幸もそういうことですよ。

だから、自分が運がいいだとか、悪いだとか考えない。これいかにも平凡な普通な考え方で、そうではなく、幸運期も衰運期も両方幸運期と。

運のいいときも悪いときも、両方進歩向上している。陰の部分と陽の部分が違うんだと。ということだから、陰の部分の時はあせらずに自分をしっかり見つめて、能力、実力を磨きましょう。

その実力相応に運が良くなったときは、社会的に開花する。また花が開いたら散っていくんで、また勉強していってまた行くという。こうやってレベルがどんどんどんどん上がっていくと考えるべきなんで。

それが、平べったいこの世的な目で、いま運の悪い時期とか、いま運がいいんだとか、あたかも宇宙から突然やって来たような、悪いほうの宇宙人といいほうの宇宙人に支配されているみたいな。そういう考え方っていうのは底が浅いよね。これが一つ。

もう一つですね、喜怒哀楽のことなんですけどね。幸か不幸か、構成作家がね、嬉しさは、悲しさを知っているから嬉しいとか(笑)、喜怒哀楽という四つの心とか、中国の中庸に出てくる四つの心。山登りが辛いけども山頂に到達したときに達成感がいいとか。こういうふうにいうわけですよ(笑)。

本当に普通の構成作家のいう普通のことです。私は普通じゃない快速ですからね(笑)。時々鈍行で各駅で行くか、まあだいたい快速です(笑)。普通じゃないんで。

どういうふうにいくかというとね。喜怒哀楽というのはね、あるのが普通なんですよ。嬉しいときに嬉しい、悲しいときに悲しい、寂しいときに寂しいというような人間というのは。

神様だって、仏様だって、エンゼルだって、菩薩でもね、喜怒哀楽ありますよ。ただ、神様や仏様や龍神さんだって怒ったり喜んだりするんで。

ところがね、人間と神仏とか龍神さんの違いはどこなのかというとね、「鏡の心」というわけですよ。

「鏡の心」というのは要するに、いつまでも喜んでない、いつまでも悲しんでない、尾を引かないっていうことなんです。

ニコニコ笑っている顔で鏡の前に行くとニコニコ笑っていると。怒った顔で行くと怒っている。嬉しいときは嬉しいんだけど、その鏡の前を過ぎると元の鏡になるでしょ。

神様も仏様も龍神も菩薩も天使もどんな人もですね、嬉しいときは嬉しい、悲しいときは悲しい、怒るときは怒るんです。ただし、優れた人というのは、いつまでも怒ってない、いつまでも悲しんでない、いつまでも喜んでない。

パッと切り替えて、また人が映ってないキラキラ輝く鏡のような状態になって、太陽を映して光っているわけだ。人が来たらその顔が映る、通り過ぎたらもとの鏡になる。

そうやって、いつまでも尾を引かずに、心というものを切り替えてですね、その時々の心は映るけど、いつまでも映らない。これが達人です。優れた人間というのはそういうことで、尾を引かないですね。

呉清源(ごせいげん)さんという囲碁の名人が。僕も2、3回お会いしました。今から40年ぐらい前かな。その呉清源さんが、囲碁の名人と普通の人とどう違うのかと。

というのは、普通の人がミスをした。「あ、しまった」とそこから崩れ始めると。

囲碁の名人も必ずミスをするんですって、必ず一回は。ところが、そこから崩れないで、パッと切り替えて、何事もなかったかのように次の手を冷静に打っていくと。これが囲碁の名人だと。

だから、囲碁の名人も普通の人も必ず打ちミスはするんだと、そこでしまったと思って、崩れていくか、ミスしたときにパッと切り替えて、次の手から普通に冷静に打っていく、これが名人だと。そういうふうに呉清源さんがいっていた。

だから鏡の心ですよ。ミスもするし、しまったと思うんだけど、パッと切り替えて、また普段の鏡の如く、明鏡止水の如くっていうね。

これは、勝海舟の「氷川清和」の中でね、僕も「氷川清和」何回か読んだけど、その文章しか印象にのこってない。

私はいまだかつて外交交渉に失敗したことがない、それは何かというと、必ず明鏡止水の気持ちで会うからだと。水とどまるごとく、水がピタッと止まって鏡の如くなっていく気持ちで会うんですって。

こういうふうにいったときはこうしようと、あらかじめ考えるんじゃなく、一応基本的なものの考え方はあるんだけども、それは相手しだいなんで。

なにも考えない明鏡止水の気持ちで会うと、そうすると相手がいうことに柔軟に対応できる。これはずうっと残っていますな、「氷川清和」。

だから、人と会うとき、何かあったときは明鏡止水。鏡の如く。相手が喜んだときは喜んで、パッと切り替えて、悲しんだら、大変でしたねえといいながら、刻々に移って。

禅の言葉で、「迎えず、送らず」。

まだ起きもしないようなことを心で迎えて心配するな。過ぎ去ってしまったことを、ああすれば良かったこうすれば良かったと、心を送るな。

じゃあどうしたらいいんだと。

目の前の只今、刻々の只今を見ていく。これが禅の教えです。「即今目前聴法底(そっこんもくぜんちょうほうてい)」という臨済録にある臨済の言葉でね。即今、ワシの法を聴く、目前で。お前の心のそれが何か、ということです。

そうやって、刻々の只今に生きて、起きもしない未来のことを心配しない。過ぎ去ったことをいつまでもぐちゃぐちゃ悔やまない、というのが達人。

要するに、明鏡止水の心、鏡の心。いつまでも悲しまない、いつまでも嘆かない、いつまでも悔やまない。そして、起きもしないことをぐちゃぐちゃ考えるなと。

一応やるだけのことを考えたら、後は、嬉しいときは嬉しい、悲しいときは悲しい、怒るときは怒るんだけども、いつまでもそうではなく、パッと切り替えて、また何ごともなかったような鏡のような自分になって、只今に生きていきなさいよ。これが一番素晴らしい生き方なんです。

幸運も不幸もない、全部進歩向上で、公平にやってくるというんですけど、公平に陰が進化するときと、陽が進化するときにやってくる、幸運も不運も幸福も不幸もですね、平等に進化のプロセスとしてやってくるんだと。そう考えなきゃいかん。

喜怒哀楽もね、いいんだけども。喜怒哀楽のない人間というのは木石の如き人間で、これはダメなんです。感情があっていいんです。しかし、感情はそのような「迎えず、送らず」。

いつまでもその感情にとどまらないということが極意ですね。そういうふうに生きていったらね、非常に豊かな人間で、切り替えが早くてね、困難があっても乗り越えていくし、調子が良くてもえらそうにならないし、自然体で素敵な人間になれるという、生き方の極意ですね。

(CM)

今夜の放送いかがでしたでしょうかね。構成作家が、浅いトスを上げてくれたんで、私が深すぎた話をして(笑)、もう寝てしまったかもしれませんね、皆さんね。でも、そういうようなのがあってもいいんじゃないかと、時々。ギャグばっかりのときもありますので、

告知ね。
3月17、18、19日、バースディフェスティバルといいましてね、十日戎の宵戎、本戎、残り戎みたいな感じで。

宵戎の3月17日は、「深見東州と、友人達のコンサート」舞浜アンフィシアター。だいたい7時開場、7時半からやります。デービット・フォスター、ベイビーフェイス、シカゴのピーター・セテラ、マイケル・ボルトン、スパイス・ガールズのメラニー・C、キャサリン・ジェンキンス。SS席が18500円、S席が12500円、A席が7000円、B席が6000円。2000席しかないので、すぐ売り切れると思いますけど、チケットはたちばな出版HPで。私も5、6曲歌います。

18日の私の誕生日では、「世界の医療と、国際政治」。ピーター・ピオットさん、エボラウィルスを発見した人で、野口英世賞をもらった人です。六本木のグランドハイアット東京。6時半から始りまして、入場無料ですからね。一千人しか入らないので、すぐいっぱいになると思いますが。

それから、告知3。
「第16回 深見東州・バースデイ書画展」。タイトルは、「かいがいしく絵画を見て、ショーのような書を見て、コテコテのギャグを楽しむ個展。」というね。3月19日(土)から31日まであります。19日の午前11時からですね、ラフォーレミュージアム六本木、最寄り駅は東京メトロ南北線、六本木一丁目。これも入場無料で、毎年恒例で、第16回目です。私の書のパフォーマンス、デカい筆で書いたり、水墨画を描いたりしてね、いろんなゲストが来るんで楽しいですよ。

これ三日間でですね、大げさな話なんだけどね、バースデイフェスティバルと(笑)。

あなたの感想や質問、笑える話、街でびっくらポンしたこと、なんでもメールを下さいね。デコポンというのは好きですけど、びっくらポンというのもあるんですね最近(笑)。


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2016年3月 7日 (月)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年3月4日後半 ワールドメイトブログ

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。


2016年3月4日放送分、今回のテーマは「晩婚」。後半部分を書き取りました。


今週もたくさんのメール、ありがとうございます。後半もメールを紹介しますが、その前にですね、私のほうから皆さんにメールを差し上げますね。えー、ラジオですので、「めーる?」っていわなきゃいけませんね。

告知その1
あなたの寿命は、余命あと50年。それだけあったらいいかと。もう60過ぎた人間に、あなたの寿命は、あと50年。

「え、そんなに(笑)」(東海林さん)

もう僕も、あとよく生きて50年だからねっていったら、110何歳までになる。

告知その1
「深見東州と友人のコンサート」

「友人達です」(東海林さん)

たちますかね(笑)。
舞浜のアンフィシアターっていうのは、ディズニーランドのあるところですけど、ディズニーランドに行かないで、道まっすぐ行かないと、左の方にいくとときめくようなお店が多いもんだから、たどり着けない人もいるので(笑)、くれぐれも注意していないと。

3月17日の木曜日、午後5時半開場、6時半開演なんですけどもね、そうではなくて7時開場、7時半開演になりそうなんですね。

というのはその友人達っていうのは、デービット・フォスター。マライヤ・キャリー、セリーヌ・ディオン、マイケル・ジャクソン他あらゆるヒットを彼が。名プロデューサーのデービット・フォスターと、ベイビーフェイス、あとはシカゴのピーター・セテラ。(ピーター・セテラとは)3年前に武道館でやりました。

あと、スパイス・ガールズのボーカルで、メラニー・チズムというよりもメルシー、みんなメルシーっていうんですよ。「メルシー ボクー」で覚えたんだけど。

マイケル・ボルトンも来ます。デービット・フォスター、ベイビーフェイス、ピーター・セテラ、スパイス・ガールズのメルシー。それから、キャサリン・ジェンキンスも来ます。イギリスの歌姫。

まあ2千人ぐらいしか入らないんで、すぐいっぱいになります。国際フォーラムAがあれば、5千人入ったんですけどね。あいにく会場が取れなくて。

SS席が18,500円、S席が12,500円、A席が7,000円、B席が6,000円で。チケットは、たちばな出版HPでご覧ください。

これ、バースデーフェスティバルていって、まあ、バースデー、バースデーって、みんなその時にっていうんで、3日連続ね。まあ、いわば、十日戎(とおかえびす)みたいなもんで。

17日が宵戎(よいえびす)、私が3月18日生まれなんで、18日が本戎(ほんえびす)、19日が残り戎(えびす)。

告知その2
私の誕生日18日金曜日
「世界の医療と、国際政治」
エボラ出血熱のエボラウィルスを発見したピーター・ピオットさんという人がいましてね、野口英世賞を横浜でもらった人ですよ。

エボラウィルスを初めて発見した人で、そういう意味で、伝染病とこういう対応と国際政治っていうのは、本当に密接につながっているので、EUあるいはまたASEANで、国境がなくなった時代に、病気、伝染病も国境がなくすぐに伝播するわけですね。交通機関も発達しているから。それをどういうふうにしていくかっていうのが、国際政治の重要な案件の一つです。これ、無料で行います。

「世界の医療と、国際政治」というテーマで、私がモデレーター、ピーター・ピオットさん、高村先生も来るし、武見さんも来ます、武見会長ね。あとは、オックスフォードの前の学長とか、アメリカ、イギリス、カンボジアから専門家を呼んで。

これやはり安全保障といいましても、軍事的安全保障と、人の安全保障っていうのがあって、非伝統的安全保障というのは軍事力ではない安全保障。

これは、前の12月8日にやったのが人身売買ですね、「ヒューマン トラフィキング」。これは、2014年の統計では3600万人ぐらいが、だいたい7割が女、子供です。そういう人身売買が今なお行われておる。

あと労働環境の中では、「レイバー チェーン」っていうんですけど、労働環境の関連の中での人権に反する人身売買に似たような強制労働みたいなのが、今なお行われているんです。

そういうのも、非伝統的な安全保障、人間の安全保障、去年はね、それをやったんです、「ヒューマン トラフィキング」。それとやっぱり、伝染病と国際政治というのも、重要な人の安全保障。軍事力以上に大きいものなので、まさにお互いの国益に直接的に関わるものだから協力できると思うんですけど、まだまだ国際協力ができていない。

これを私がモデレーターで、司会で、皆私の友人達ばかりなんで、呼んで、やろうと。それが、3月18日金曜日ね。グランドハイアット東京ですね。6時半から始めて、最寄り駅は、東京メトロ、日比谷、大江戸線、六本木駅。これはもう入場無料ですからね。一千人ぐらいしか入りませんから、すぐにいっぱいになります。

告知その3
毎年18日にやっていたのが、コンサートやサミットがあったもんですから、残り戎(えびす)になっちゃった。これが第16回ですね、「深見東州・バースデイ書画展」というんで、タイトルは、「かいがいしく絵画を見て、ショーのような書を見て、コテコテのギャグを楽しむ個展。」という、これが19日土曜日。午前11時から開幕式で、ラフォーレミュージアム六本木。毎年ここでやっています。最寄り駅は、東京メトロ、南北線、六本木一丁目。入場無料ですね。

まあこういうんで、17、18、19と3日間。たまたまこの日で、バースデーだから行こうよっていうんで、盛り上がっちゃって、3日連続で、コンサート、サミット、個展というんで、3日連続で全然違うことやるというね、私にとってもチャレンジなんで。

深見東州さんのバースデーフェスティバル、宵戎(よいえびす)、本戎(ほんえびす)、残り戎(えびす)の感じでやります。

本当に告知が長かったけどね、素晴らしいミュージシャンばっかりで、2千人ぐらいの席で、チケットも6千円からありますから。安すぎるぐらい安くて、2千人しか入んないんでね。

前も、デービット・フォスターは、何人か呼んで、横浜アリーナでやっていますからね。
ぎりぎりの告知ですけど、早い者勝ちで。アンフィシアターっていうのは、シルクドソレイユのサーカスをするために、扇状になっている競技場みたいな、ああゆうのをアンフィシアターっていうんです。

3連続でやりますのでね、ぜひお越し下さい。以上ですね。

それでは、皆さんのお便りを紹介して、これはもう簡単にお答いたしましょう。
-------------
千葉県、20代、男性。

東州さん、こんばんは。
東州さんは、お薦めの温泉ございますか。
もしございましたら、教えていただきたいです。
------------

えらい丁寧な(笑)。
ありますよ。なんといっても、温泉の中の温泉、これはもう圧倒的NO.1は、草津温泉ですね。温泉の質としては圧倒的に日本一です、草津温泉。お湯の量も質も一番です。

特に、原泉かけ流しのところでね、川みたいな所からドーっと出ているでしょう。それをずうっとパイプで近くの温泉にまくばるんですけど、原泉のままっていうのはね、白旗の湯っていうのがある。一回入ったことがあるんですけど、めちゃくちゃ熱いですね。

温度の低い方が42、3度で、高い方が46度ぐらいなんですよ(笑)。それで42、3度の低い方にいっても、一緒に入った人がちょっと動くと熱いのが、「動くな、動くな、動くな、じっとしておいてくれ」っていって、入るんですけど、めちゃくちゃ熱いんですよね。

ところが、その温泉に入ったらどうなるかというと、1週間ぐらい顔真っ白ですよ。血流が良くなって。ものすごい気持ちよくって、お肌つるつるのピカピカ。

だからね、温泉の質ももちろん温泉の量も、草津温泉が圧倒的日本一で、その白旗の湯に一回入ったら、普通の温泉はもうつまんないね。

これが私のお薦め温泉NO.1です。



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2016年3月 6日 (日)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年3月4日前半 ワールドメイトブログ

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
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2016年3月4日放送分、今回のテーマは「晩婚」。前半部分を書き取りました。


今週のテーマはですね。いつもみなさん「ばんこんは、ばんこんは」といっていますけども、晩婚をテーマにしたいと思います。

ダジャレのような挨拶が、今回のテーマなんですけどね。いったい晩婚って、何歳から上をいうのか、晩婚の定義ってあるのか、いろいろ調べましたらね、いろんなところに勝手な推論があります。

僕らの20代、30代の頃は、24歳が適齢期とか、関西なんかは23が適齢期なんていわれましたけどね。23~24。僕の中学の担任の先生がナガマツ先生っていってね、26歳で結婚したのかな、28歳で結婚したんだ。

その時に、メガネかけている別の先生が、28歳っていうのは結婚の遅い方の晩婚のほうだなんてね。28歳ってそうなんだ。何歳ぐらいが普通なんですかっていったら、23くらいだって。中1の時に聞いてたらね。

それからまた何世紀もというほど過ぎてないけど、4、5、60年たっていますけどね。その頃が適齢期っていわれていました。

ところが、今はその適齢期のひとまわり上、36以降が晩婚という説もあります。いったいどうなのかね、そういうようなことをお話ししてみたいなあと。

ちなみにですね、年増女(としまおんな)ってあるでしょう、いったい何歳から年増っていうのかという議論が昔からあって、だいたい昔からいわれているところの年増って、28歳以降の女性を年増っていっていたらしいいですね。

ということで、今日という一日が終りますまで、おつき合いくださいませ。

(CM)

いつも私がギャグでいってます晩婚ね、「皆さん、ばんこんは、深見東州です」って、まあ文字通り遅い結婚のことなんですけどね。

3月の中旬はブライダルシーズンですね。結婚にまつわるこんな話があって、男女が結婚するとかしないとかっていうのでもめてね、やれするやれしないって、殴る蹴るで(笑)、今度は凶器を持って乱闘、殺傷騒ぎになってさ、翌日その場所をみたら、血痕(けっこん)だらけだったと。有名な話がありますけど(笑)。

オープニングで、適齢期は24とかいいましたけどね、実はですね、2013年度の女性の結婚平均年齢の統計を見ますとね、29歳だったんです。

これはすごいね、やっぱり30になるまでの、20代でなんとかって、滑り込みで。平均だからそれよりも若い、それよりも年とっている人なんだろうけど、29というのがね、微妙な数字ですね。

20代で結婚するのと、30代は、1年の差は大きいよね。まあ、うちのスタッフでもね、39で結婚するとかしないとかいっていたところ、もたもたもたもたしててね、注意したんですよ。

君ね、39で結婚するのと、もたもたして40歳で結婚するというのは、一生の女性の身になったらね、重みが違うよ。もう何が何でも死にものぐるいで、相手が39の間に結婚しろっていってね、お互い晩婚中の晩婚だったんですけど、ぎりぎり39で結婚しまして、親もホッとしたみたいで、あとで聞いてみたら、本当に、1年の差は大きいんだということで(笑)。

男は、無頓着な人多いんだけども、女性の気持ちをいつも大事にするもんですから。まあ、そういうようなことがありましてね。この1年は大きい。

結局、平均年齢は29だったんですね。ちなみに男の平均年齢は30歳なんです。30歳なんていうのは経済的にも社会的にも確立していないこれからっていうね、確立しつつある年齢ですね。35ぐらいである程度確立しますけど、男の場合。

35までは、体力的にも精神的にも気とエネルギーが発散しているんですね。35からおさめていくという。

だから、30代の前半っていうのは、男でも急に体力が衰えたとか、前みたいに体が動かないっていう人がいるんですね。35過ぎるとまた元気になるんですよ。あと42の厄年、また60の、特に64というくらいからガタって落ちたっていいますね。

小林旭さんなんかも、64からガタッと筋力が落ちたっていってましたね。それでも普通の人よりも強いですけどね。いつも3kgずつ重りを足につけて歩いていますからね。

だから、ああいうふうに足に重りをつけて歩くから、外してもハの字開いて、ピッピッピと、小林旭ウォークを。小林旭さんと親しいもんだから、よくゴルフをしていたもんで。彼とコンサートしましたけどね、二人でね。小林旭の歩きマネってやっていました。

でもね、そういう体力や精神や頭脳、筋力ね。やっぱり大きなターニングポイントありますよ。

まあ男女とも、29歳、30歳は、今の時代の結婚適齢期と、統計上はいえるんじゃないかと思いますけどね。

晩婚は、何歳からだと思いますかって、アンケート調査した暇な人がいましてね(笑)。あの、いつもジョンレノンの「ヒマジン」を歌うんですね(笑)。「ヒマジン、オールダピープル♪」(笑)。よっぽど時間がある人があれ歌うんですね。

アンケートとりましたらね、もっとも多かった回答は、35歳からと。35歳以降が晩婚といわれるというのが、アンケートで多かったのね。「皆さん、晩婚は」っていうのは、みなさん35歳以上の方っていうんで(笑)。

昔はおそらく、20代の後半だったら晩婚だったでしょうね。年増が28歳ですからね。昔、25歳はお肌の曲がり角っていわれたんですよ。

「25をすぎたら、クリスマスケーキと女性は値崩れする」(東海林さん)

25日だから。今、声が聞こえているのは東海林さんといいましてね、いつも障子の陰からずーっと見ている座敷童みたいな毛の薄いお方でしてね。ほんとにあの、「さだまさし」といっしょに性的にまだ若いっていう番組ありましたでしょう、なんでしたっけ。

「セイヤング(笑)」(東海林さん)

そういう番組の構成作家で、彼が構成を考えたものをことごとく外していくという喜びでこの番組をやっております(笑)。

ここで、メールを紹介いたしましょうね。

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ペンネームは、王子様を待つ姫
30代の会社員。

今年も空しいバレンタインデーが終りました。
っていうか、好きな人ができません。
さらに実家では、せっかく飾ったおひな様、4月ぐらいまで飾っています。
おひな様をすぐにかたづけないとお嫁に行けないって、
なんだか都市伝説というか、当たっているようで恐いです。
なぜ、おひな様をすぐに片付けないと、お嫁に行けなくなるのですか。

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ってね、よくいわれますけどね。
実はね、いわゆる放送作家が用意した「しつけ説」はね、おひな様を飾ってすぐに片付けると。片付けないからなかなか女の子が片付かないんだと。「しつけ」ね、そういうふうにちゃんとお片付けしてやらなかったら、お嫁にいけないですよと。

自分の人形なんだから飾ってちゃんと片付けなきゃいかんよと。お片付けを教えるというふうにね、そうしたら、娘も片付くということで、「しつけ説」から「ダジャレ説」と。これはまあ言葉がね、ちゃんと片付けるようにすると、自分も片付くというね。

まあ、そういうふうにいわれているんですけども、それは両方同時だったと思うね。お片付けしていきながら、お母さんが、あなたが大人になったらこのようにね飾ってね、お婿さんが来てね、そして子供が生まれてね、三人囃子の囃子で、嫁入りいくときにね、何が大事かっていって、子供がどうしてできるかというとね(笑)、っていってお母さんが。
まあ、小っちゃいときはそれなんだけど、年頃になってきたら、それで、江戸時代は、いろんな特別な絵本なんかももらっちゃったりしてね、嫁入り道具として、おひな様のセットと、ときめくような絵本をもらって持っていったわけですね。

それが、春信だとか、いろんな人たちがお書きになった嫁入り道具として、ちゃんと、昔は、浮世絵でリアルに描かれたもので、娘の心構えとしてね。嫁いでも何も知らなかったら、お婿さんのほうとしても困りますから。

お婿さんが、どうやって子供が生まれるかというとね、嫁をもらったときはこうだからね、元服式が、嫁をもらったときもちゃんと作法をしていかなければ、子孫が繁栄しないわけなんで。

そこが上手にうまくいくのかどうなのかということは、嫁がせる側の家の責任だし、それからお嫁さんをもらう家の側の責任として、やっぱりあったわけなんでね。

ちゃんとそういうので、おひな様と呼べるときに必ずおひな様を持っていった、と同時にときめくような浮世絵も持っていったわけですね。

13歳とか、10代で嫁に行くでしょ、江戸時代は。男も元服が13歳、12か13の時に嫁もらうわけでしょう。

その頃から、男も女も、女性も生理が始るし、男も二種類の世界が扱えるようになりますから。その時は、なんだろうこれはとか、女性も驚くじゃないですか。

これは、赤ちゃんが生まれることなんで、あなたも十何歳で嫁いだときにどうなのかということを母親の責任として教えとかなきゃいけないね。お父さんの責任として、嫁もらうときに知っていかなきゃいかんわね。

そうじゃないと子孫がちゃんと繁栄するかどうなのかっていう家の責任ですよ。昔は家単位だから。そういうものっていうのが本当のところですな。

だから、本当のところが語られないでですね、片付けたら早く片付いていくとか、しつけをするというんですけど、しつけの種類が違うよね。

性教育のひとつの場だったわけですね。必要ですよ、昔は家単位ですから。12、3歳で嫁に行くんですから、それは本当に大事なことですよね。

そういうときの習慣化したほうがいいっていうことなんで、非常に合理的なものですね、昔の人の考えていることは。


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