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2016年2月 9日 (火)

深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2016年2月5日後半 ワールドメイトブログ

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。


2016年2月5日放送分、今回のテーマは「春」。後半部分を書き取りました。


ここで、メールをご紹介いたしましょう。

------------------
ペンネーム:青春一号
21歳、学生。

こんばんは、東州さん。
青春時代って、いつまでをいうんでしょうか?
二十歳を過ぎたら、もう青春じゃないという人もいますが、
40代でも私は青春だという人もいます。
青春、なぜ青い春なんですか?
東州さん、教えてください。

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これはもう、文献みてみたら、中国の五行説からきているんですね。中国の五行説では、春は青いんで、青春。夏は赤いんで、朱夏。で、秋はというと、白秋ですね。北原白秋もここからきたわけです。

白い秋、なぜ白い秋なのかというと、五行によって色分けされているからですね。

それから、冬は玄冬。冬というのは玄妙なる冬。

青春、朱夏、白秋、玄冬。玄は黒いという意味ですね。これは、五行の中での色というものを表すんで。

それ以外にもですね、春夏秋冬の、春は生じる、夏は長ずる、秋は収めて収穫の秋、冬は蔵する。エネルギーを蔵していますよね樹木は。そして春になって芽が出てくる。

漢字一文字で、昔は自然の働きを言い表しておったわけですね。自然の働き、これが人生にも、森羅万象なんでもあたったと。そういうことの五行説から青い春と。

青春時代って、いつまでをいうんですかって、「オレはいまが青春だー(笑)」って。

ところがですね、こういう歌がある「青春時代の真ん中は~♪胸にトゲさすことばかり~♪」ってね。

僕なんかはね、二度と20代なんかは戻りたいと思わないし(笑)、30代なんかは戻りたいと思わないし、40代も御免こうむりたい。50代にも戻りたくない。60代、今が一番いいと。

50代の時は50代が一番いいと思ったんですよね。40代は40代が一番いい、30代のときは30代が一番いい、20代は20代が一番いいと思った(笑)。

10代は10代が一番いいという、まあポジティブな考え方なんですけど。やっぱり、人間って年とってくると、過去を振り返ったみたらセピア色の写真のように、なんでもつらかったこと苦しかったことがいい想い出になるんですね。

だけど、僕なんかも目一杯生きてきたつもりで。私の一緒にやって来た栂村先生という弁理士さんでね、もうお亡くなりになったけどね。

「30代というのは、相当目一杯やっても、後から振り返ると、もっとやれたのにな、もっとやれたのにな、と思うもんだよ」ということを26歳で聞きまして、40代の人でね。

40、50になると、30代は相当やったつもりでも後から省みたら、もっとやれたのになと思うということは、僕もきっとそう思うなと。

というので、目一杯、死ぬほどやったけども、やっぱり40代でみたら、栂村先生がおっしゃったように、本当にもっとやれたのになと。それで、50代になったら、40代もっとやれたのになと。

60代になったら、自分を伸ばすというより責任ですね。組織の責任、お金のやりくりの責任、従業員の生活の責任、社会的責任がやっぱり重くなってくるんで。

定年退職すると責任なくなるといいますけど、私達みたいに、作ってきた人間は、定年もなければ、卒業もない、最後まで引退なくやり続ける。

芸術家っていうのは引退なんかないです、作品が命だからね。

スポーツ選手っていうのはもちろん引退はあるけど、スポーツの関わり合いっていうのはずっと続くわけでね。

結局、青春時代って、10代というのは20代からみればまだまだまだできたのに、足りなかったなあというのが青春時代で。30代になったら、20代まだまだまだ青かった、というのは未熟だった、もっとできたのになあというのが青春時代。40代からみたら30代もっとできたのに。50代からみれば、40代もっとできたのに、まだあまかったなあ、未熟だったなあ。60代からみたらまだまだ。70から見たら、たぶん60代はもっと時間がでてきたのになあと。

私の高校の、還暦を迎えたときに、我が県立鳴尾高校で、みな還暦だからっていって、同窓会やろうやろうって、行ったときに。

生徒会ばかりやっていましたけど、書道部に2年生から入って、そのときの田端先生っていうね、日展にも入ってきた先生で、「君たちね」って、テニスもやっていた先生。

「僕は76、7だけど、いろいろ振り返ってね、人生で一番いいと思ったのは、60代が一番よかった。だから君たちは還暦でこれから60代だからね、人生の一番いい時をこれからすごすんだよ」

だからやっぱり、10年前が一番よかったと思うか、未熟だったと思うんじゃないか。僕は10年単位で努力しているんですね。

40代っていうのは50代の準備で、10年かけて50代で花開き、50代で頑張ったものは60代で花開き、60代でやったものが70代で花開き、70代でやったものが80代で花開き、80代でやったものが90代で花開き、90代でやったものが100代で花開き、開かなかったらあの世で延長戦だと(笑)。

あの世で延長戦でやれなかったら、生まれ変わってやってくるんだという人生観なんで。ずっとぼくの場合は、努力、精進が続くんですけど、青春時代っていうのは、いいもんだとは思わないです。

実際に、青春時代の恋なんていうのは、トゲ刺すことばっかりで、輝いて見えますよ。よかったな、よかったなって。青春時代はよかったなっていうふうにいってる人は、もう老化して(笑)、劣化して(笑)、人生がダメになり、そんな人間はダメですよ。

だから僕は、青春時代がよかったねとか、青春時代を懐かしむとか、青春時代はああだったねと語り合っているのをみたら、こいつら本当に平凡なバカな愚かな月並みなやつらだと。

絶対にこいつ等みたいになるか、ということで、青春時代は、胸にトゲ刺すことばっかりだったんだ。今もトゲ刺しているけども、人間は生きている限りトゲ刺しっぱなしだと。
そういう意味での青春だと。青春時代を懐かしむっていうのは、適当な日々を送っていたんでしょう(笑)。

目一杯生きたらね、懐かしいことももちろんあるけども、それよりも、「ハーッ大変だった」ということばかりでね。

どうですか、東海林さん20代にかえりたいと思いますか?

「まだ、30代の方がまだいい」(東海林さん)

青春時代がいいっていうんだけど、未来がどうなっていくんだろうか、自分の将来はどうなっていくんだろうか。ただいいのは、健康だっていうだけですね。でも、20代で病気の人もいるからね。

いつもいうんだけども、青春時代っていうのは、星空が輝くようなものでね。可能性のランプという、要するに自分で夜空にかけていくんだ。

夢というものは、あるとかないじゃない、作るか作らないか。可能性というのは、あるとかないじゃない、作るか作らないか。時間というのは、あるとかないじゃない、作るか作らないか。カネというのは、あるとかないじゃない、作るか作らないか。

カネも時間も作るか作らないか。夢もあるかないかじゃない、作るか作らないか。

未熟なるがゆえに、まだまだこれから頑張っていこうという希望があるわけですよ。未来がわかんないから不安で葛藤してね、社会的に確立していないから苦しいことも多いですよ。

でも、夢を持って、可能性を信じて、健康で何でも食べて、ぐっすり寝て。もう、グーグーグーグー寝ていますよ若い子は(笑)。20代、30代。

そういう意味で、「心はオレはいつも若いんだよ」っていう、平べったい意味で今が青春だというんだけども、私は本当の意味において、未熟で足りないなと思いながら、自分で夢と希望を作って、トゲ刺すことばっかりやりながら、これでいいと。

そういう意味における青春を続けている限り、自分は進化している。進化してきて伸びているから、後で振り返ればもっとできたのにと思うんだけども、普通の人の何倍も何十倍も有意義な人生を送っているんで。

有意義な人生を送ろうと思ったら、青春というものは、葛藤と苦しみと未熟さと足りなさの反省のなかで、胸にトゲ刺すことばっかりのものを、真っ正面から見て、こんなものに負けてたまるかと思って、星空にランプをかけ続けているその血と涙と汗の葛藤の、それを続けていくことが尊いと。その青春こそが尊いんだと。人の何倍も素晴らしい人生を送る、本当の青春じゃないかと。

後から思い出していい想い出の青春というのは、いかにも浅い、たいしたことない人生、平凡な人生、月並みなことをやる月並みな人間が、平凡に生きている普通の人間が考えることなんで。

私は、まあ平凡な幸せ喜びっていうのはありますけども、それは非凡を極めた人が感じるわけなんで、非凡なことが何もできなくて平凡っていうのは、普通というだけのことですから。

それは、快速とか、特急とか、新幹線に乗っている人間は、各駅停車の人生っていうんですよ。まあ駅を楽しんでいるかもしれないけどね。

一生のうちに行った距離というのは、ちょっとしか電車走れないじゃないですか。どんな人生を送るんか、どんな価値観で生きているのかと考えたときに、青春というのもそんな、この質問にあるみたいに、気持ちはわかるけどね。「オレは今青春だ」なんていうのは、あまりにも浅くて、あまりにも平べったくて、あまりにも平凡で、普通の人間ですよ。

青春というのは、青くて春。春はね、「ふと、もの憂くなりぬ」っていうね。春のよさっていうのは三寒四温ですから。

春は、目覚めてくるんですけども、なぜ青いかというとですよ、三寒四温、胸のうずきがあるわけですよ。

春というものは明るくてうきうきして、芽吹くし、動物たちは盛っちゃうんですけどね。人間も盛っちゃいますけどね(笑)。

でも、春は、ふともの憂くなりぬ。もの憂いというのはですね、人々がさんざめくコミュニティの中に、ふと入っていけない自分というのがいる。

これ孤独というんですけど、自我の目覚めなんです。おとうさんおかあさんが仲よくしている中に、ふとそこに入っていけない自分、これが青春の春。

みんな賑々しくワーッと楽しく楽しくしている、その友達の中に、ふと入っていけない自分っていうのは、春なんだけども、もの憂さがある、これは自我の目覚めです。自我が目覚めてくるから、そういう明るい楽しいところに入っていけない自分というのが、本当は大人のはじまりなんですよ。

だから、本当の春というのは、明るくて楽しくて芽生えていくんじゃなくて、もの憂い、葛藤と苦しみとね、もだえと産みの苦しみっていうのがあるのが本当の春ですよ。

三寒四温です。四日温かいけども、三日は寒いんですよ。この春っていうのが素晴らしいじゃないかと。

というふうに、同じ春でもですね、もうちょっと文学的、哲学的に深く考えてですね、生きて欲しいなと。

これが私の、青春に関していつも思うことであります。




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