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2015年12月20日 (日)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年12月18日前半

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2015年12月18日放送分、今回のテーマは「お一人さま」。前半部分を書き取りました。


こんばんは、深見東州です。
昔、スネークマンショーという小林克也さんがやってた、あと伊武雅刀さんなんかがやってた有名なことばがありますよ。
「こなさん、みんにちは」
「今日は、かんたまが、きゆいですよ」

なかなか、どういう意味ですかといわれると困るんですが、昔懐かしい人はアレね、と思うのでしょうけど、ラジオでなかなか名作の番組がね。

ということで、毎週金曜日のこの時間、30分という短い時間ですが、私とあなたをつなぎながらお話ししましょう。前で、クククククッと、「ようこそここへ~♪クックックック♪」といってるのはですね、薄い毛であるのにかかわらず、心は濃い青春を維持している放送作家の東海林さんですね。

「わんばんこ」(東海林さん)
「わんばんこ」というのは、発音気をつけないといけないんですが、中島みゆきさんがね、オールナイトニッポンでよくいってました。

あんなシアリアスな歌をつくるのに、「ギャギャギャギャ私は・・・・・・」って。中島みゆきって二人いるんじゃないかと思った人がいるみたいなんですけど。

まあ私は普段からずっとこんなもんなんで、ずっと深見東州さんは一人だということで、今日はですね、今週のテーマ「お一人さま」ということで。

「お一人さま、ご案内~」なんてことがよく料亭とか、お店でありますけど、要は、老いも若きも今や「お一人さま時代」といわれていますね。

恋人がいない人が独身男女で50%近いという、そいうデータもあります。20歳の未婚男性が40%、交際経験なしと。出会いの場が少ないのか、交際がめんどくさいのか、てな話しをですね、今日はしたいと思います。

えー、男女交際とか、男女共学とか、そういう高校で育った人と男子校とか女子校で育った人は、確かに出会いと青春の過ごし方が違うと思いますけどね。

特に女子校というのは、男子に対してですね、男女共学と比べて一般的傾向ね、たくさん受験生もうちの従業員もいますので、女子中、女子高、女子大出た人っていうのはどういう傾向があるかというとですね。過度に男性を美化しすぎるのと、過度に男性に潔癖に距離をおくのと両方なんです。

男子校はどうなのかというと、過度に女性を美化し過ぎたり、遠慮し過ぎたりということなんで、まあ男女共学のほうが、男女にかぎりなくつきあえるんじゃないのかというのがありますけどね。

男子校は男子校のよさがありますし、女子校は女子校のよさもあるので、一概にはいえないと。でまあそういう傾向があるということなんでね。

そういうことで「お一人さま時代」。一人カラオケとか、一人焼き肉とか、一人○○が商売になるということでね。まあ交際するのがめんどくさいとか、携帯でメールでピッピピとやって、うちのスタッフにも、隣同士で座ってるのに、会話すればいいのに、ずっとメールで。

「お前何やってるんだ」
「いや、隣の座っている人とずっとメールでやり取りして」
「会話すればいいじゃないか」
ということで、直接的にあって話しすればいいのに、メールに慣れている人は、口にだしていうというのが不得意な人が多くて。

「あと、ラインです」(東海林さん)
ラインをこうピッピッピッピ、コミックの吹き出しみたいのがずっと出てきて、まあ、めんどくさいもんですよね。

私がお話しする前に、ちょうどぴったりのお便りがありまして、ちょっと紹介しますとね。
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ペンネーム:イトキンさん
深見東州さん、こんばんは。
第4回の話しとても面白く、また勉強になりました。お話しに女性とのおつき合いの話しがありました。実は僕は今年で39歳になりますが、今まで女性とおつき合いしたことが一度もありません。人並み以上に女性に対するあこがれはあるのですが、自分はけがれた人間だから女性をけがしてしまうのではと。チャンスは何度もあったのですが自分でダメにしてきました。こんな僕は女性とおつき合いしてもよいのでしょうか。

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これ見て思い出すのは、アンドレ・ジイドの「狭き門」という作品でね。アンドレ・ジイドの「狭き門」というのは、バイブルの中に「狭き門より入れ」という、これはキリスト教の信仰に対して狭き門から入りなさい、狭く細い、しかし、命に至る永遠の幸せのある扉は、狭い門だけどもあえて狭き門より入りなさいっていうね、バイブルのことばですよ。

そのアンドレ・ジイドの「狭き門」は、なんなのかよくわからなかった、読んでね。よくわからないままだったんですけども、何年か経った後に、遠藤周作のですね、アンドレ・ジイドの「狭き門」の解説が書いてあって、それではじめてわかったんですね。

なんだ、そういうことだったのかと。結局、そこで出てくる主人公というのは、女性というものに対して、美化して美化して、美化して美化して美化して、要するに聖母マリア様のような、聖母のように敬うわけですよ。

そういうふうに自分を敬って、清らかなもの、貴いものというふうに扱えば扱うほど女性というのは暑苦しく重苦しくて、自分を美化されている純粋な思いほど暑苦しいものはないんで。

その人のことを思って敬えば敬うほど、きついこと、厳しいこと、イヤなことばっかりいって、ボロクソにいってさ、結局その女性もダメになって死んでいき、男もダメになっちゃうんですね。

で最後に、あなたってまだ目が覚めないのねって、その女の友達にその男がたしなめられて終りという。なんだこれはという。

結局、女性というものは母のような聖なる部分と娼婦のような、欲望と煩悩と愛欲に満ちてドロドロしたそういう女の部分をあわせもっているわけですよ。

だから、いわばマザコンですね。お母さんのようなものとして女性というのは扱われると、扱われて女性は暑苦しくて暑苦しくて、そうじゃないのよそうじゃないのよと。

私をバシッとしばいてね、そして愛してちょうだいよと。女のいい面も悪い面も、汚い面もきれいな面も、煩悩の面も、そして、女性、母としての要素、両方受け入れて欲しいと。

そういう意味でですね、心理学ではね、男はどうなるかというと、セクシーなとか清らかなとかいくんですけど、最終的に男はどういう女性に行き着くかというと、知性と官能ををあわせもっているね。

非常に性的に官能が豊かな人と知性を、両方あわせもっている女性に、男は最終的に行き着く。

じゃ女性はどうなのかと、結局チャタレイ夫人の恋人みたいにワイルドな男がいいといったり、王子様のようなのがいいといったり、かっこいい人がいいといったり、男らしいのがいいといったり、包容力があるのがいいといったり、いろいろあって、最終的に女性はどういう男性像に行き着くかというと、牧師さんのような人に行き着くと。

自分というものも、いいものも悪いものも、罪も穢れも全部受け入れてくれる牧師さんのような男性像に行き着くらしいですね。これ心理学ですよ。

僕はどうなのかというと、全然そんなこともなく、とにかく気を遣わなかったらいいと。健康で、世話してくれて。明るく気が利いて、気を遣わずにやってくれる女性が今は一番いい。

官能も知性もどうだっていいと、そんなのは。気を遣う女性、浮き沈みある女性が一番困るね。それでなくても、たくさん世の中で気を遣うことばかりなのにね。

話しは元に戻りますと、アンドレ・ジイドの「狭き門」ね、遠藤周作の解説でようやくわかったわけですよ。あまりにも美化して美化して美化して、いわばマザコンですよ。

母親の聖なる像として美化するから、女性はそれが苦しくて、つらくて、暑苦しいからもうやめてよ、というかたちで、つらいことば、厳しいことば。

「なんで、キミはこんなにひどいこというんだ」という男も不幸になり、女も結局変な人生で、死んでしまって、両方不幸になったという物語だったわけだ。

まだ、女の本質というのに、あなたは目が覚めないのねって、その女友達に男がいわれて「ホー」で終りと。

結局、アンドレ・ジイドは「狭き門」としてそれをいいたかったわけですよ。だから、この人も同じです。要するにマザコンですよね。お母さんときっと仲いいと思うんですよ。
「母親が何だ」っていって、高校2年生くらいのときから、お母さんにとってはやりにくい男の子。いつでも母親とケンカして葛藤しているという高校2年生っていうのが非常に健全な男の子ですよ。

男としての自我が目覚めて、健全に成長しているので、うちの受験生でも高2とか高3でお母さんとぶつかってうまくいかないんだというのは、「キミ、それすごい健全だよ」と。

高校2年生3年生、大学1年2年3年ずーっと、お母さんと仲良しっていう男は気持ち悪いですな。めちゃくちゃ気持ち悪いですよ。なぜ気持ち悪いかというと、マザコンだからですよ。

お母さんのような要素はあるけれども、女性は女性として煩悩をもっているし、しばきあげて欲しいし、叱って欲しいし、いろいろやって欲しいこともあるわけですよ。

キスもいいけど、キスだけなのとか。いろいろやっても、それだけなのとか。思いきって私をぐちゃぐちゃにしてよというような衝動と、そんないきなりされてもという複雑な心理をよくわきまえて、女性心理は有機的、立体的に理解しなきゃいかんのは、そういう小説をたくさん読んでて、場慣れしてこないとできないんで、これはもう、痛恨の私の学生時代の反省点がありまして。

実は、このイトキンさんと全く私も同じようなもんだったですね、マザコンで。ところが、大学3年生の400人のESSのプレジデントになって、みんなの女の子のためにとやったことが・・・。

組織の長になるということは、組織の知性ですね、組織の知性としてどうあらねばならないかっていうことを考えたときに。

結局、1年生2年生のときに仲よくしていた女の子っていうのは、自分の要求、欲求はいうんだけども、部員として果たさなきゃならない責任感とか義務感とか、クラブのために闘うぞというようなものよりも、とにかく遊ぶこと。自分はやらないんだけど、要求だけすると。

というものが仲よくしておった女の子の実体だったということが、責任ある立場になったときにわかったんですよ。

結局、優しい男の子ばかりだと思うので、皆にとってなにが一番必要なのかというのが、鬼のようなしびれるような恐い男で、めちゃくちゃ実力があって、文句いえまへん、っていうような。

しびれるような実力と英語とロジックが明快で、対外試合でバシバシ勝ってくるような強いたくましい。対外試合でバチーンとね、やっつけてきて、ぐうの音も出ないような実力があって、鬼のような恐い先輩で、しびれるような実力のある先輩がいないんだと。

みんな優しい優しい優しいだったんで、結局クラブ活動にとって、何が一番必要なのか考えたら、みんなのために僕が鬼のような、鬼の半田、鬼のプレジデントになって、こいつらに喝入れていくんだ、というふうなことが、クラブ活動が要求している組織の知性ですよ。

必要だということがわかってですね、マザコンであることに気がついてですね、鬼の半田になって「何という態度だ、そんなんでいいと思っているのか」と名指しで、今まで親しかった友達にバシバシに文句いって、しかも実力があって対外試合で勝ってくるから、「すみません先輩」、「すみません半田くん、ごめん」っていって、たちまち女の子から手紙が来るようになりましたね(笑)。

なんだ、女の子はそれを求めていたのか。自分をバチーンと否定して欲しい、「馬鹿野郎このやろうめが」とか、物パーンと投げて「そんなんでいいと思っているのか」というかたちでいう、それを求めておったと。そればっかりだったら、厳しすぎて恐すぎて、何かもの足らないんだ。

ある大学教授が、もてる男はどういうものなのかという定義を分析しました。4つのポイントに彼は分析しました。その本は立ち読みで読みました。それを私が買っているのみていたら、東州さんはもてたいんだなと思われるので、立ち読みで全部読みました。

4つのポイントです。まず何かというと、
1)リーダーシップがある。みんないくぞと引っ張っていくリーダーシップのある人が男らしくていいなともてる要素。

2)自分の話を聞いて悩みを受け入れてくれる許容力ががあるのが男らしいな、といってもてる。

3)頭がいい、賢い。リーダーシップがあって、許容力があって、頭が悪いというのはあまりもてない(笑)。

4)自己犠牲ができる人。組織のために、みんなのためにオレがやってやるよというかたちで、みんなのために自己犠牲してでもやってくれるというのは、これはやっぱりかっこいい。アニメでも、コミックでも、ミュージカルでもヒーローってみなそうですね。

だから、この4つがもてる男の4大条件。こういうのはクラブ活動でサッカーとかラグビーとか、ああいう風なクラブ活動の中でリーダーシップだとか、部員の話を聞いたり、こうすりゃいいんだ、と賢くして、自己犠牲の精神、というのが運動クラブとかクラブ活動の中でそういう活動をしていくとですね、女性が本当に素晴らしいなと思う。もてる男の4大要素が確立するわけですね。

もう一つは、もてるとはどういうことなのかという定義ですね。その立ち読みした本ね。例えば、学生のころはいっぱいガールフレンドがいて、オレは女には不自由しないだよって、常に女の子がはべっててね、やりたいようにやっておった。

女では不自由しないんだという男が、ある40歳くらいの結婚適齢期になってきたときに、お見合いをしました。あっ、これは素敵だなという女性と結婚したいなという女性がおったら、次々とお見合いで断られたと。

はたして、この人はもてる男といえるのだろうかどうなのかですよ。若いときに知性も教養もなく、何でもかんでも誘惑に乗ってハイなんていっている女性といくら交際して「妊娠させてやったんだ」というかたちで、あたかも男のステータスのようなこというんだけども。

いわゆる男の実力の今いった4大条件の実力と能力と魅力がなければ、向こうもえらぶ権利があるわけだ。

そんな自分が結婚したいと思う女性から、あなたはイヤですといわれた男をもてる男といえるんだろうか。決してもてる男といえないでしょう。

だから、女の子がいっぱいいるのが決してもてるわけではない。10代20代で目一杯実力をもってきて、自分が結婚したなあと思う人が、「え、私もぜひあなたと結婚したいです」というのが、これが本当にもてる男なんだということでね。




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