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2015年11月

2015年11月29日 (日)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年11月27日前半

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2015年11月27日放送分、今回のテーマは「物語を作る」。前半部分を書き取りました。


作詞、作曲、小説などを書く、何かをつくるときに頭の中でどんなことが起きているんでしょうか。想像力というのは鍛えることができるのか。

最初は自分の経験をもとに文章を書くのもいいかと思いますけど、どうでしょうかみなさん、文章を書く、物語を作るということをお話ししたいんですけども、こんなメールが来たんです。

ペンネーム、どんぐりさん。女性、自営業。
こんばんは、私は東州さんの小説の大ファンです。
東州さんは、小説をお書きになられる前には、たくさんの小説を一気に読まれると、以前お聞きしたことがあるように思います。もしお差し支えなければ後学のために、東州さんがお読みになられた気になる小説のいくつかをご披露いただけないでしょうか。実は私、SF作家を志しておりまして、作家としての心構えや助言などを合わせていただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いします。

ということなんですね。
これね、小説といっても二つのパターンがあるんですね。一つは三島由紀夫みたいに、プロットを考えて、登場人物のキャラをメモで書いて。人物を作っていくと、人物がかってに一人歩きしていくと、そういうようなことを北方謙三なんかもね。

人物設定していくと、勝手に小説のなかで人物が育っていくんだ、なんてね。そういうふうにプロットを考えて書いていくというひとつの小説の書き方。

もうひとつは、村松友視みたいに、時代屋の女房を書いた人ですね。あの人なんかは、ほんとうにジャズのノリみたいに、行き当たりばったりで、とにかく筆が赴くまにまに書いていくと。

その時に、御用聞きが来たら、「こんにちはクリーニング屋です」といったら、その時クリーニング屋がやって来て、というふうに入っていくんですって。

書きながら自分で「えー、オレはこんな事思っていたのか」と思いながら、感動しながら、筆が赴くままに書いていって、結局オレはこんな事思っていたのか、って書き終わりながら考えると。

まー、そういうふうな小説を書く人もいます。詩を書く人なんかだいたいそうですね。はじめにこれ書いて、これ書いてこれ書いて、頭でプロットを考えて書いていくという人と、ひらめいてくるものをそのまま書く。

まあ、本当はプロットも考えながら、あるところから筆が走っていく。両方の要素があるんでしょうけどね。

まあ、そういうことで、詩を書くのもそういうふうにして浮かんでくる。実は短歌とか俳句というものも普段からひらめいて書くというふうに思うかもしれませんけど、実はそうではない。

私の経験でもそうですし、私の短歌の先生、岡野弘彦先生、最近短歌あまり作りませんけども、昭和天皇の短歌の先生です。

「岡野先生、あのどうやってつくるんですか、いつもメモを持ってひらめいたときに書くんですか」
「いや、そんなのは締め切りとかあったら、作るときは二日も三日も閉じこもって、飲まず食わずで、徹夜でずーっと書いて、百首くらい読みますよ」

普段から、印象に残ったことをメモはしておくんだけども、短歌としてまとめるのは、締め切りというのがあって、その時にグワーッと作らなきゃいかんということで。

まあ手塚治虫がマンガ、コミック。連載小説している人間。子連れ狼の小池一夫なんかも、顔面蒼白でグワーッと締め切りに合わせて書くみたいに、締め切りというのがなかったら、連載小説している人も、手塚治虫も締め切りがなかったら書けないね、漫画家も小説家も。

実は短歌の人もそうなんです。俳句もそうです。締め切りがあって出さなきゃいかんという目標がないとなかなか書けないもんです。

普段からそういうことに注目して、印象に残ったことをメモしたりします。小説家も取材ということで現場のところ歩いて行ってみたら、こういうシーン、こういうシーン、こういうシーンという形で、書き始めるときは、やはり閉じこもって一気に書くもんなんですね。

でもそれはプロットを考えてずーっと書いていく人と、突然ひらめいて書くという人の二種類あります。

実は修善寺石亭 鬼の栖という会員制の料理旅館がありまして、1食六万円。お正月の時八万円くらいするんですけども。

私が、角川の本だったか、大天運を書いたときですかね。そこに閉じこもって書いていたら、実はこのお部屋は、瀬戸内寂聴さんがよくお泊まりになるところでして、その時に書かれた本がこれでして、って置いてあるの。

実は小説を書くときっていうのは、エネルギーと衝動、ワーッと書くという、そのためにはだいたい一ヶ月間、毎日毎日、小説を読んで読んで読み続けるんですって、四〇冊くらい読むんかな。

書いた人のエネルギーが宿っているから、三〇日か四〇日、毎日毎日小説ばっかり読むんですよ、人様の。そうすると小説のエネルギーが体に入ってきて、ある程度のところまで、臨界点にきたら、ブワーッと奔流のごとく書けるようになって、書き始めたら一気にずーっと書ける。その始めのとっかかりが一番難しいわけです。

なるほど、瀬戸内寂聴さんはそういうふうにして書いたのか、っていうところがその本に書いているわけですね。

あるときに、プレイボーイの編集長で今ライターしている人がおりまして。その人は一ヶ月に三冊も四冊も仕上げるんですよ。

「どうやって、月に三冊も四冊もかけるんですか。僕なんかほんとうに書くの苦労するんですけど。秘訣教えてくださいますか」
「教えてあげましょう」っていってね。

まず、その書かなきゃ、っていうときには、四日間、まあだいたい体の続くかぎり毎日毎日ゴルフするんですって。四日ぐらいやると、体、筋肉ガタガタになっちゃって。「もうこれ以上ゴルフができない」ってなってきて。

次に、事務所の近くのパチンコ屋に行って、朝から晩まで、開店から閉店までずーっと、パチンコばっかり、ずーっと、来る日も来る日も、そうするともうヘロヘロになって、パチンコに没入すると、あるとき、「こんなバカなことやってられるか」となって、事務所に閉じこもって一気にワーッと書き始めるんですって。

やっぱり、月に三冊もあげるようなすごいライターさんの秘訣は、結局、ゴルフ四日間、パチンコが三日から四日。球が少し小さくなると同時に事務所に一歩ずつ近づいているんだろうね。

あー、そうやってるんだ、僕と同じだ。僕も五日間ぐらいは、気のいい本を。まあ、文体がよくって、世界が暗くなんない。読みづらい本じゃない。リズムがいい本を読んでいって、五日ぐらいずーっと読み続けますよ。そうするとぼくの場合、五日目ぐらいにパチーンとチャンネルが、文章を書くという脳の動く部分でしょうね。

自分というものを文章の中に表現する世界に来たときに、五日目ぐらいからグワーッと書き始めて、三週間ノンストップでグワーッと書き続けるんですよ。とっかかりの仕方っていうのは、皆それぞれ書く人によって違うんですけれど、始まりが書けないということが、皆さん共通しております。

ぼくの場合は五日。そのすごいライターさんはゴルフ、パチンコ、少しずつ事務所に近づいていってやると。ねばならないと思えば思うほど、逃避したくなる。これ以上やりようがないというところまでいくと、「こんなバカなことやってられるか」と思うんですって。それから書き始める。

寂聴さんは、そういうことで四〇冊くらいもって、奔流のごとく、怒濤のごとく書きたいという、でてきて書けるというんですけど。あるときタクシーに乗った運転手さんが、元出版社におった人で、瀬戸内寂聴さんの担当だったらしいんですね。その人がいっていたのは、また聞きなんですけど、出版社さんがこの時にあげるという日に行って、

「何々出版のものですが、原稿をとりに来ました」
「あ、そう。何々出版さん、来られたのね」

そういって、それから書き始めるんですって(笑)。
だから、なかなか、なかなかそうやっていても、とっかかりができないもんで、ずーっと待たされて、「書かなきゃいかん」という締め切り効果ですね。それで、ずっと出版社が待って、そこから書き始める。ゼロから。だから、ずーっと待たして「お待たせしますわね」というところから書き始めて、何日も何日も、また来ますって、また書いていく。

ま、そういう風なものなので、皆さん、小説ってそういうものですね。で、特に気になる小説っていうよりも、私が俳句を十八歳くらいからやり、短歌もね、やり。そして評論文、エッセーなんかも書きますけど、小説というもの書くのに壁があったんですね。

そして、小説の書き方、ずっと本読みました。みんな書いてあるんだけども、始めの一歩の小説というね。一人称とか三人称の書き方あるんですけど、どうしても小説を書くという壁を越えられなかった。

それで、ずーっと小説の書き方って読んできて、この本に出会って、書けるようになったって本があるんですね。それが、岩波文庫か岩波新書だったか、高橋源一郎さん。たしか灘高を出て、どっかの大学行って・・・。高橋源一郎の書いた「一億人の小説教室」だったかな(※後半に訂正がありますが、本のタイトルは「一億三千万人のための小説教室」)。

それを読んでですね、なるほど小説っていうものは、そういうものなのか。というのは頭に浮かんでくるもの、なんでもいいから活字に書いていく。ウンコの話しだったら、とにかく、ウンコウンコウンコ・・・。それで絶対止めちゃいけないと。だから私の最初の小説というのは、おしっことウンコ。

ウンコというのは、ハニヤスヒコ、ハニヤスヒメ、神道では神様なんですね。えー、おしっことウンコのラブロマンスというのをつくったのが、私の最初の。

高橋源一郎さんのいったとおりに書いて、それからですよ。で、どんなものでも、こう書かなきゃいかん、ああ書かなきゃいかん、って拒否しちゃいかん。

結婚式で、ウンコを食べるというセレモニーをした、ほんとにウンコを食べ合ったというエグい話がずっと書いてあって。これも小説だから、きれいとか汚いとか、こうあらねばならないとか書いちゃいけない。

で、小説とはどんなものかというと、フィッツジェラルドといったのかな。7階の窓から下を開けると、小説っていうのが道路の上にいるんだ。それがフワーッと7階のところに飛んでくる。それで、ピアノの下とか机の下に小説ちゃんがいて「小説ちゃん」といって机の下に入っていって、「あ、こんなところに小説ちゃんいたの」っていうかたちで、そこから突然ひらめいてきて書くものなんだ。

で、また小説というのは、おびえた犬みたいなもんで、こういうの書こうって、意気込んでやったらおびえた犬がパッと逃げていくみたいに小説ちゃんは逃げていくんだ。だから、丁寧に丁寧に、小説ちゃんというかたちで、おびえたわんちゃんを触るみたいにして、浮かんでくるまにまに、ずーっと書いていくと小説のひらめきというのはキャッチできるんだ。

そうやって小説のひらめきっていうのは、そういう繊細なもんなんだよ。そういうものを大事にしなきゃいかんのだよ。

「なるほどね」ということを阿刀田さんに。私、日本ペンクラブの会員なもんで、そのときに。今は浅田次郎さんが会長ですけど、以前は阿刀田さんが会長で、短編小説の名手で、阿刀田さんに、テレビのゲストで来たときに話をしたんですよ。高橋源一郎さんのこれ読んで、僕も小説書けるようになったんですよ。

「そうですか、小説家はウソつきですからね。みごとなすごいウソつきますね。もうウソばっかりですよね」って、阿刀田さんの話を聞いておかしくって。

まあ、阿刀田さんのはナポレオンの話。ナポレオンが好きな人がおって、ナポレオンの顔に似た人がいつのまにいなくなって、行方不明になったんで、剥製が置いてあるんで、剥製の作り方という本が置いてあったので、その男を殺して、ナポレオンの剥製にしたんじゃないかと思わせるように、全部書かないんだけど、ゾッとくるような、これでたしか直木賞もらったんですね。

短編からはじめて書いていくというのは、阿刀田さんでもいいし、ぜひSF作家を目指すんでしたら、高橋源一郎さんの「一億人の小説教室」。これを読んで小説が書けるようになった人もたくさんいるらしい。私もそうだったんです。これはお勧めなんで。

小説というものの、はじめて小説書くときの壁というのは、なかなか林真理子さんでも誰でも、評論は書けてもエッセイは書けても、小説は書けない。この壁っていうのがあるんで、その壁をぜひ越えて小説を書く楽しさおもしろさ、苦しさもあるけども、醍醐味をですね、経験していただきたいな。

必ずしも小説の書き方って書いてあるとおりに、プロットを考えてやるというかたちって、なれてきたものなんでね。ひらめき型の村松友視派。私は村松友視派です。あと、プロットを考えてやるというふうなのが二種類あるんで、必ずしも小説の書き方に書いてある本のオーソドックスなのが書き方のすべてではありませんから、いろんなパターンを勉強して、自分に合ったパターンを選んだらいいんじゃないかと思います。




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2015年11月27日 (金)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年11月20日後半

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
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事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2015年11月20日放送分、テーマは「ぜんぶ自分」。後半部分を書き取りました。前半が長かったので、後半はみじかめです。


メールをいただきました。
お名前がミズホさん。60代女性。
銀行みたいな名前ですね。

歌の話が聞きたいです、ということで。まあ、大きな質問で、ずっと歌の話はこれからもしていきます。歌唱のテクニック、オペラとかポップスの話し。もうたくさんお話しすることありますけど、今回は「君のいないメリークリスマス」についてね。ちょっとだけお話ししますかね。

クリスマスというのは、みなさん楽しみにするのは子供でしてね。1年中で一番悲しいのがクリスマスっていう人もいるんですね。うちのスタッフでね。それはだいたい40すぎて独身の人っていうのは、みんなが楽しそうにしているときに、自分だけが喫茶店に行って、なんか水色のあれを交換するという、ティファニーなんですけどね。そういうふうなのがいないというのは、いっそう寂しさを感じるから、クリスマスが一番嫌いだという人もいるんです。

そういう女子従業員がいまして。そうか、クリスマスっていうのは、ボーフレンドとか、恋人とか、だんなとかいる人はいいんだけど、独身の女性とか独身の男性にとってみたら、意外に悲しいもんなんだなということですね。

その悲哀をですね、彼女と別れて3年目「君のいないメリークリスマス♪」ということで、「3年目の浮気ぐらい、大目に見ろよ♪」とかね、3年目というのは大きな節目なんで、男女間で、そういうことで、クリスマスというのは必ずしも楽しいものじゃない。子供は楽しい。大人になってくると、意外に独り者というのは寂しいものなんだ、というのを歌にしたのがこの「君のいないメリークリスマス」です。

次は、君がいるという、女性の側から見たもんだとか。みんなでクリスマス。今度は相手がいてクリスマスにある計画を、ということで、男の計画というのは、そんな品のあるような計画ではないですけど、順番にお届けしたいと思います。とりあえず、こういう歌の話で今日は終りましょうね。


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2015年11月24日 (火)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年11月20日前半

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
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2015年11月20日放送分、テーマは「ぜんぶ自分」。前半部分を書き取りました。


テーマは「ぜんぶ自分」です。「でんぶ自分」ではありません。でんぶは、ご飯の上にふりかけたり。おしりのここは臀部ですね。でんぶではなく全部です。

和歌山県というのは、もうね
「全然忙しくてお膳が片付けられなかった」というのを
「でんでん忙しくておでんが片付けられなかった」って、「ぜ」と「で」がミックスしてるのが和歌山弁です。

その「でんぶ」じゃないんです。なかなか進みませんけどね。このタイトルは、「ぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」という「全部」なんですけど、何ごとも全ては、自分に責任があると、全て自分から帰結しているというお話しでございます。

では、今日という日が終る時間まで。これを天井といいますね。楽団とリハーサルなんかしていると、「今日は天井までに終ってくださいね-」っていうのがね、12時までに終ってくださいっていうんですね。12時というのは、楽団の用語で、「天井」というんですね。時計の針が・・・。

そういうことで、今日という日が終る時間までおつき合いくださいませ。




スポーツ競技といいましても、いろいろありますね。その中でも球技というのは、野球というのは日本で一番、人気があるのは野球で。この間、数週間前に、南アフリカへ行ってね、スポーツ平和サミットというんで、やってきまして。そこでイアン・ソープというのと、金メダル5つとったという。

イアン・ソープって、日本ではまた別の意味になるんですけど、あれはSOPなんで。ソープって、Thorpe。

その時に、イアンとかみんなに、日本では何が、スポーツが盛んなんだ?

とにかく、行くとラグビーの話しばっかりですよ。南アフリカに勝ったときにティムさんというロンドン大学の学長をして、74で、うちの組織のWSDという、わたしが総裁で、彼が副総裁なんですけど。

イギリスで、ずっとテレビ見てて、日本のラグビーの試合見てて、南アフリカの大きい選手に小さい選手が立ち向かっていってね。きちっと礼儀守って、最後までやって。最後、号泣したんですって。あまりにも見事な試合ぶりに。

みんなイギリス人はね、日本のラグビーは素晴らしい。勝ったとかいうよりも、小っちゃいのが大きいのに打ち勝っていき、礼儀とマナーがちゃんとしてて、立派な、本当に勇敢な素晴らしい試合だった、ということで、皆ラグビーの話しばっかりですよ。

そういうことで聞くのは、日本ではラグビーはどうなんだ。サッカーはどうなんだ。何が一番スポーツは盛んなんだ?

それはやっぱり、野球ですね。野球が中心的なスポーツというのはアメリカと日本ぐらいですかね。あとは、プエルトリコとかあっても、よくわからないですけども。

そういうことで、野球の話なんですけどね。野球は相手選手がバッターの打ちにくいところへ投げるじゃないですか。剛速球の投手だったら、バッター、バッターと切り捨てますよね。

球を投げる、球を打つという中にドラマがあるのが野球なんですけども、いわばピッチャーとバッターの勝負ですね。

ところが、ゴルフというのは、止まっているんですよ。止まった球を打つんだから、バッターとかサッカーよりも優しいんじゃないかと思うんだけども、ところが、「あにはからんや」、「弟、はからんや」。

本当、弟も兄もはかれない(笑)。

笑い声が聞こえるのは、放送作家の東海林さんで、しょうじの陰から今見てるんですけどね。

止まっているのにですね、実はものすごく難しい。自分が少しでも気持ちとか、筋肉とか、迷いとかあったら、すぐに自分がでますから。そして、球が小さいしね。しかもその球がまっすぐにあるとは限らない。

前下がり、左下がり、前上がり、左上がり、微妙に左斜め前下がりとかね、傾斜があります。芝生が春夏秋冬に違います。それによってみな打ち方が変わっていくので、自分との戦いですね。

だから、狙った方向にも行かないし、結局季節によって、秋芝と春芝と夏芝がみな違うし、フェアウエイに落ちたときとラフに落ちたときもまた違うし、距離によって、フェアウエイウッド使ったり、アイアン使ったり、アプローチによって、それから距離によっても違う。

全部自分の技術、全部自分のせい。




これは、弓道と同じですね。弓道というものは、君主の武術なんで。普通の武術というのは、槍にしろ、刀にしろ、鉄砲にしろ、全部相手がいてやるんですけど。弓道というのはすべて的というのが一定しているんで、自分に迷いがあったら的が外れるし。いかに心を乱すことなく、一定のペースで、ど真ん中にうち続けることができるか。

これは有名なヘリゲルというドイツの哲学者が書いた「弓と禅」という有名な本がありましてね。「弓禅一如」です。自分との戦い、自分を極めるのに弓を通して自分の、禅でいう見性、覚り、内面の自分が出ていく。

ヘリゲルという人はドイツのハイデッカーの哲学を勉強した人ですけども、日本に来て、射撃をやっていたから、禅というのもなかなか難しいんで、弓道を通して、禅を学ぶ「弓禅一如」ですね。

それをやったんですけども。まあ、射撃をやっていたからいいだろうと。ところが、当代随一といわれる、たしかセンダイだったかな、という弓道の達人がいて、そこに弟子入りしていって。

うったら、「あー、ダメだダメだ、キミは」
「どこがダメですか?」
「的を狙っただろう。的を狙っちゃダメなんだ」
「エーッ、的を狙わずして、どうして当てるんですか」
「的というものは狙うものじゃない。狙わずして狙うものなんだ。おのずから狙うものなんだ」

よくわからない、何回も何回もやってたら。素振りと同じように、何回も練習していたら、一日何百回もそればっかりやって、それで、もうこんなのやっていけないと。
「狙わないで、どうやってやっていけるんだ。今日で弓道やめます」

というときに、「わたしの家に来なさい、今日の夜」。夜に招かれたら、ヘリゲルは、庭にお師匠さんの的がある。真っ暗ですよ。見えない。その的の前のところでお線香を一本立てて、そこに的があるという。

師匠が、わたしの弓を見なさいということで、真夜中ですから、真っ暗で、お線香の灯りしかない。その方向でスワーとうって、「ポン」と音がして。次にまたもう一本スワーとうったら、「バリン」と音がしてね。何の音だと思ったら、こんどロウソクで見に行ったら。

最初の矢は、ど真ん中にズバーンと当たってて、2本目の矢は、最初の矢の端っこに当たって真っ二つに矢が割れて刺さっていたと。

それを見て、ヘリゲルは腰を抜かして、
「こんなものは人間業で出来るのか」
「できるじゃないか」

そして、「もう一回やります」
それでまた毎日、狙わずして狙う、ってやっていたら、お師匠が手を合わせてお辞儀するんです、ヘリゲルに。
「何ですか、何ですか。なぜお辞儀するんですか」
「今、ヘリゲルさんじゃないヘリゲルさんが出て、弓をひいた」とお辞儀して、
「あそうですか」
「あっ、まただめだ。またヘリゲルがひいている」
また毎日何時間もこればっかり。

要するにエアー弓道ですよ。狙わずして。弓つけたら狙っちゃうから。それをずーっとやって、奧さんもそれやって。それで、ずーっとやった結果、六段をもらったんですよ、師匠から。奧さんは三段かな。

それでね、的があっても的を見ないと。見たら迷いが起きてくる。狙わずして狙う。師匠の真っ暗闇で、お線香一本ですから、見れないじゃないですか、的ね。

もう一本が矢の端っこに当たって、真っ二つに割れて、真ん中に刺さる、というようなことは人間業じゃない。これが弓道の達人のやることなんだ。実際のを見たもんだから。

それで、日本にいて東北大学の教授で来ていたんですけどね。ドイツに帰るときに、六段もらって、三段もらって、帰ってから、自分の研究した論文というのを全部焼き捨てたんです。

これはみんな、どうでもいいような哲学だった。本当にカスみたいなものを勉強していたんで、今までの自分の研究した哲学というのはみんな間違っておった、と。




これ実際、ヘリゲルの「弓と禅」という岩波文庫ででている。という話を、前のテレビのゲストで来た、MXテレビであった番組で来たんですよ。学校の女の子で、弓道一筋。

キミ、和弓をやってたんなら、有名なヘリゲルの書いた「弓と禅」があるだろ、っていったら、「え、何ですかそれ」。

キミ、弓道やっているのにヘリゲルの「弓と禅」知らないの?
「知りません」
高校の弓道の先生に、「先生はごぞんじですよね」
「いやー、知りません」
「えっ、弓道部の先生がヘリゲルの『弓と禅』知らない」っていって、私が暗闇の中で弓をひいて、的に刺さって、その次に的に刺さったくらいに驚きました。

高校の弓道部の生徒が知らないのは、そうと思うんですが、監督の先生がこの有名なヘリゲルの『弓と禅』というのを知らないのか、と思って愕然としましたよ。

まあ、そういうことで、それがやはり「弓禅一如」。弓という技の中に、弓を行う自分の中の人間性、中身っていうのが問われるわけなんで。

だから、まあ那須与一なんていうのは、海の上になすびを置いて、さしたというのはウソですよ。それは扇ですよ(笑)。

だから君子というのは、そういうことで、ヘリゲルの「弓と禅」を江戸時代の将軍は見てはいないでしょうが、明治の本ですからね。だから、自分との戦い、自分をいかに修めていくか。

禅ですよ、「弓禅一如」。無念無想というのはなかなか難しいんで、弓道を通して、自分じゃない自分を磨いていく。雑念妄想に打ち勝っていくという、まあ、的から外れるのは自分が悪い。タイミング、呼吸、雑念妄想、当てようとか、やるぞというような気持ちがあったらできないんで。

そういう坐禅をする代わりにやっていたという、こういうのが、弓道は君子の武道、武術という。敵がいないわけですよ。現代で考えたら、ゴルフは弓道と同じく君子のスポーツと。

卓球でも相手がいるし、サッカーでも相手がいる。勝ち負けがあるじゃないですか。ゴルフは、基本的には、まあマッチプレーは勝ち負けありますけど、自然との戦い。ゴルフのコースとの戦い。自然とかゴルフのコースと自分との戦いなんで。

ですから、非常にメンタルな要素の7割か8割といわれていますね。そこが面白いわけです。そこが難しいからやめるという人もいるわけで。だいたいゴルフ始めた人で続く人っていうのは10人にひとりらしいですね。

小さいころにスナックゴルフというのをやってて、ある程度までできる人は10人のうち6人くらいが続くらしいんですけど。




まあ、そういうことでですね。何がいいたいかといいますと、19日からISPSハンダカップフィランスロピートーナメントが成田ヒルズカントリークラブで始まりました。シニアなんですけど、50歳以上ですね。

50歳以上をシニアと定義するわけです。女子の場合は45歳以上がシニアですね。60歳以上はグランドシニアといいまして、68歳以上はスーパーシニア、またはゴールドシニアといいます。

だから、ゴルフの選手にいつもいうんですよ。50歳過ぎても賞金が稼げますよ。現役のアスリートとして、60歳すぎてもグランドシニアというので賞金稼げますよ。68歳すぎてもスーパーシニアというので賞金稼げます。

内田けさおという人の、74歳で死んだけども、お父さんは90何歳まで生きてね。96歳でスーパーシニアに出るわけですよ。風が吹いたらふらふらふらとなるんですけど、100切るんですよね。90すぎてでも現役のアスリートとして賞金が稼げるなんていうスポーツは、ゴルフだけですよ。

だから、サラリーマンやって定年退職であとのんびり行くよりも、野球でもね、サッカーでもラグビーでもね、現役の賞金稼げるプレーヤーが90歳でやれるか、っていうんだ。サッカーとかラグビーやったら骨折だらけですよね。

ですから、まあボーリングもわりと年とってからでもできます。

そういうことで、いつも励ますわけですね。PGAさんとシニアトーナメントを主催してこれが33戦目です。いままで33回いろんなトーナメントを主催してきまして、すべて大会は入場無料ですけども。

私はゴルフの発端は37歳で「僕も突然スポーツマン」ということで、あらゆるスポーツをやり始めたのが37で、ゴルフだけが長続きしました。

それは、同じ頃に盲人ゴルフというのをね。西オーストラリアのパースで会いまして、こんなに明るく楽しく幸せそうな盲人見たことなかった。ゴルフそのものがそうですし、オーストラリアがそうなんでしょうけども、それで感動しまして、日本で盲人ゴルフクラブをつくりました。27年前にね。それで、今もやっています。

盲人ゴルフから障がい者ゴルフ、ゴルフの社会貢献というふうにきまして、シニアがなかなか活性化できなかった、3試合しかなくなったときにね、シニアをやり始めてから、私もその中で、アマチュアとしてある程度の成績だったんで、参加して、アマチュア枠で。

一番下手なシニアのプロにいかに勝つかということで、おかげで、筋肉もトレーニングしたり、やっているんで、健康で今元気でいられるのはゴルフのお陰なんです。

ですから、シニアのゴルファーというのは、みな余裕があってね。ナイスショットしてもミスショットしてもOBでも「あー」っと笑っていますよ。観客を楽しませながら、青木選手を始めとして、みなゴルフのトーナメントそのものを楽しんでいるんで、非常に個性と技があってプレーに余裕がある。プレーできることを幸せに思っていますから。それが、シニアトーナメントの魅力なんで、盲人とか、手とか足とか不自由な人も、ゴルフはハンディキャップがあれば平等にできますから。

そういうゴルフの魅力を今も追求し、これからも追求して、ということですんでね。昔のグレンモアというピート・ダイがつくった難しいコースですけども、都市に近いですので、是非皆さん無料ですから観に来てください。

開催するところは、成田ヒルズ・カントリークラブですね。グレンモアコースで。グレンというのは、「オー、ダニーボーイ♪(歌)」From glen to glen~♪(山から山へ)。グレンというのはそういう意味で、非常にフェアウエイもアンジュレーションがある。

それでグレンモアって、非常に難しいコースなのは、森さんという前のPGA会長のお兄さんが買い取ってですね、名前変えて、もうちょっと易しくし、ドラマチックにしました。
ここで私初めて、下手なプロに勝ったんですよ。グロスでね。そういう想い出のところでやります。是非皆さん観に来ていただきたいと思います。




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2015年11月22日 (日)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年11月13日後半

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2015年11月13日放送分、テーマは「笑い」。後半部分を書き取りました。


お便り紹介。
ラジオネーム「女難の相」

「カモメのじょなんさん」という本がありましたけど、カモメも女難で苦しんでいるのかなあという感じですね。そういう本がありました。

「ジョナンサン」というファミリーレストランも西荻窪にありまして(笑)。愛用しております。

はじめまして。
人生相談です。
私のつき合う女性は、最初はとてもかわいくてデートなども楽しいのですが、つき合っていくうちにイタリアンが食べたいとか、三つ星レストランに行きたいとか、わがままをいい始めます。女性ってみんなこんな人が多いのですか?お金がドンドン消えていきます。

ということで、これは、おいくつかわかりませんが、男として未熟ですね。全く同感なんですけどね(笑)。しかし、人類のうち半分が女性ですから。

女性にそういうことを要求するのは無理でございまして、そういう女性に辟易として、男同士のほうが理性と知性と良識と、相手の気持ちとか生活にですね土足で踏み入るようなことしないんで、男同士で住もうという欧米の人たちが入るのも無理はないな、と。

しかし、ここで考えなきゃいけないことは。こういう話があります。私の知り合いの知り合いでね、ある女性がね、私はずっと主人にだまされ続けてきたけども、本当に今の主人と結婚して幸せだというんですね。

どういう主人かというと。

「ねえ、あなた。ハワイに行きましょうよ、ハワイに」といったら、普通の人は、
「何いってんだよ、こんな忙しいのに行けるか」とか。
「何いってるんだ、そんなカネ、どうするんだ」とかいって、
男は知性と理性、女性は感情の問題になってくるんで。

「隣の奥さんがね、こんなこといって、こんなこといって、もう人の気持ちも知らないで」っていうと。
「そんなもの、どこにでもあることだからガタガタいうなよ、そんなこと」
「あなたは、人の気持ちも知らないで、私がどんなイヤな思いしたか、わかんないでしょう」と泣きながらいうんですよ。

男性と女性の会話ってこうですよ。
女性は、自分の気持ちが分かってくれるのかどうなのか。それが大事なんで。

男性は理性と、客観的に考えた社会で、そんなことはどこにでもあることなので、ガタガタいうことはないよ。だれだってそんなこと、あることなんだよ、っていって。会話がね。そういう男性多いですよ。

これは男性としては無理のない普通なんですけど、私からいわせれば、未熟な男性ですね。

さっきいった女性は、主人にだまされてばかりだけど、本当に主人と結婚してよかった、幸せだ、というんですよ。

どんな主人かというと、
「ねえ、私ハワイに行きたいと思うんだよね」といったら、その男性は、
「ハワイ、いいね。僕もいってみたいと思ったんだよ。行きたいね、ハワイに。いつ頃がいいのかね、ハワイ。夏もいいし、冬もまた涼しくて、偏西風がふいているみたいだから、いいみたいだね。隣の奧さんもハワイに行ってきてよかったって。そうだ、いつかみんなでハワイに行こうじゃないか」って、絶対に奧さんの話を頭ごなしに否定せず、いっしょにつき合ってくれる。

「しかし、まあなかなか忙しい中でいつか行きたいけど、とりあえず今度の日曜日はファミレスで、ハワイというカクテルなんかも飲もうよね。そしたら、ハワイに行った気分になるだろ。そうだね」とか。

「とりあえずは、ハワイに行く前哨戦として常磐ハワイアンセンターで、フラダンスを観に行こうよ」というかたちでいって、結局、ハワイ行かないままだった。

それから、セントラルヒーティング見て、
「あなた、私セントラルヒーティングしたいのよ」っていったら、
「セントラルヒーティングいいじゃないか。ずっと暖房があって、いいね。絶対にやりたいね、いつか。とりあえず資金もいることだし、しばらくは・・・。やがて、この道はセントラルヒーティングにつながる道だ」
「そうよねー」
といいながら結局セントラルヒーティングしないままで、こういるわけですね。

ちょっとずつかなえてくれるんだけど、そういうふうに奧さんがあれがいいね、これがいいねといっても、頭ごなしに否定されたことがない。それいいね、それいいね、って。

一緒に夢を語ってくれて、会話を楽しんでくれて、でも財政的にはどうなるか、難しいんだと思うんだけど、奧さんのいうことを絶対否定しない。いつも夢を語ってくれて、会話にのってくれて。

まあ、何一つとしてかなわなかった。ハワイも行かないままだし、セントラルヒーティングしないままなんだけどね。

世界一周もいいね。80日世界一周で船の旅もいいね。クイーンズなんとかも、船旅がいいんじゃないの、とかいって、ずーと話しにのってくれて、それで、夢を語ってくれたけども、まあ、船旅もしないままで。

そういうご主人で、本当に幸せだったと。でも、そういう意味でいっぱいだまされて、何一つとしていったことがかなっていないんだけども、いい主人と結婚して幸せだ。

イタリアンが食べたいと、「いいね、イタリアンもいいよね。三つ星レストランもいいじゃないか」といって、とりあえずこういう状況なら行こうよね。
「そうね」

会話を楽しんで、気持ちをわかってあげるということです。女性の気持ちをわかってあげて、現実のところにちょっとずつ近づいていこうよ、と。そういうことを、女性は期待しているので。

言葉どおりに、真剣にまじめに考えて、そういうお相手ができないというのは、男として女心を理解していない。女性というものをわきまえていない。やっぱり、男として若干未熟だ、と私は思いますね。

そういうふうにしてくれる男性を、実は女性も求めているんで、こういう風にするのよなんて、女性はいいませんけども、そういう男性がいると女性は楽しくて幸せですね。

気持ちをわかってあげて、気持ちを無にしない。夢を語ってくれる、しかし現実は一歩一歩ということで。ちょっとずつは聞いてくれるんだけども、まあ無理もないかなと女性もわかるわけなんで。そういうやり取りをしてあげたらいいわけなんで、とくにどんどんお金が消えていかなくても。

モーニングサービスのいいところがあるので、とりあえず三ツ星に行く前にモーニングサービスから征服しようよ、というかたちで、一ツ星、二ツ星というやれる範囲のことをやればいいわけです。

そういう、女性扱いが上手な男性とめぐり逢うと、女性は幸せです。男性は女性のそういうことを理解して、女性扱いが上手な、女心をよく理解した、感情と気持ちをわかってあげる男性という自分を追求すべきではないかと思いますね。


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2015年11月19日 (木)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年11月13日前半

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2015年11月13日放送分、テーマは「笑い」。前半部分を書き取りました。


「笑う門にも服は着たほうがいい」
私がギャグの本をたくさん出版しておりますし、「ベティの心があたたまるさむい本」「ポパイの心があたたまるさむい本」というのも出しております。

版権が切れておりますので、ベティとかポパイでなかなか出せないんですけど、売れ残っている分は、まあいいんじゃないかということで、まあ・・・。

それ以外に、「笑う門にも服は着たほうがいい」というギャグの本が三冊、四冊と。吉本でギャグ一〇〇連発というビデオが出まして、それよりも三倍面白いということで、ギャグ三〇〇連発を出して、それよりも二倍面白いということでギャグ六〇〇連発を出して、次にギャグ八八八連発を出して、次にギャグ一〇〇〇連発は今制作中ですけど。

僕は大学の頃から、そういうギャグ・パフォーマンスというものをやったわけです。大学の時、ESS(English Speaking Society)で、中学のESSというのは中学生なりの中身のESSで、歌うたったり、会話を覚えたりですけど。

大学生になってくると、大学の中身のあるESSで、大学はディベート、ディスカッション、スピーチコンテスト、ドラマ、英字新聞、と五つのセクションがありました。

我が同志社大学というのは、その当時四〇〇人の部員がいて、日本一の大学のクラブだったですね。サークルというよりも学術団でしたから、めちゃくちゃハードで。

そのディスカッションは、対外試合二九回。明治大学、明治学院大学、早稲田大学、慶応大学、日本女子大学ですね、よくやっていたのは。

関西では、関西大学、関西学院大学、立命館大学とよくやってました。あと九州は、西南学院大学。名古屋では南山大学。青学は一回やったくらいですかね。

ディスカッションは、物価問題についてとか、安保問題についてとか、英語で八時間くらいディスカッションするわけですよ。僕がチェアマンしたり、その経験が今、WSDという組織でモデレータをやっていますけど。あれ全部、英語でやっていましたんで。

モデレータというのは、いわば議論をまとめて進めていくチェアマンシップですね。あと、パネラーとかディスカッションする人をディスカサントといいますけどね。

大学の交歓ですから真剣勝負の議論をするわけですよ。全部終った後、エンターテイメントの、エンタテ、エンタテといって・・・。それぞれの大学がビール飲んで乾杯して、楽しい交流会でですね、お互いやるわけですね。

日本女子大学でやるときは楽しいですね。本女のみなさんは・・・。明治大学とか、慶応、早稲田は・・・。関西では、関学が・・・。

私は、それでウルトラマンシリーズなんかをね。

ウルトラマン電話だよ。ジュワッキとか。

ウルトラマン歳いくつ。ジュハッチとか。

ウルトラマン、ヤクルト飲むか。ジョワとか。

ウルトラマン、海峡渡っているのか。ドーバーとか。

ウルトラマン、駐車違反だ。バッキンとか。

ウルトラマン、マゾヒズム好きか。シバッテとか。

ウルトラマン、湖だ。スワッコとか。

ウルトラマン、海外旅行か。ジャワとか。果てしなく続いていくんですね。

ウルトラマン、着物の裾はだけて見えてるよ。ジュバンとか。

いろんなウルトラマンシリーズをずっと作ってね。そういうのが、私が大学の頃から、ギャグ、コント、ダジャレ、いろんなシリーズを。そういうようなものが、ギャグ六〇〇連発とか、八八八連発にあります。

笑うというのは、免疫力が上がるんですね。ワーと笑うとNK(ナチュラルキラー)細胞が20%、30%・・・。だからいつも笑っている人は自然に免疫力が上がるし、リラックス効果がある、ストレスが発散できる。

ということで、私の極限まで集中した後って、やたらと下ネタをいいたくなる。やっぱり、ターミネータとシーモネータというのは、男にとって重要なものでしてね。男の力ですよ。ターミネータとシーモネータはね。

これは、心理学用語で退行化現象、高度な知性を使うとその反動がくるわけですよ。例えば芸術家でいうと、作曲家のような、すごい神経と頭脳と集中を持ってグワっと曲を絞り出すでしょう。

だから、作曲家でまともな人は一人もいない。一番まともなのは、メンデルスゾーンといわれているんですけど、頭痛持ちで、いつも頭痛と闘っていました。

ベートーベンなんていうのは、曲ができないーって、ドンドン、ドンドンやるから、常に大家さんから追い出されて、叫びながらやったり、荷物を片付けなくて、ずーっとゴミだらけにするもんだから、大家が怒って、追い出されて常に家を転々としておった。

でも、そうだからといって、音楽史に残るあのベートーベンの偉大さは誰も否定できない。それだけ高度な頭脳を集中させると反動が来るわけですよ。

チャイコフスキーなんていうのは、あれだけ素晴らしい・・・。最終的には、ホモの近親相姦ですからね。それだけ、異常なる何かを求めたくなるという。それで落ち着くんですね。

ですから、天才っていうのは、タイガーウッズでもそうですし、みんな多かれ少なかれ、どこかにあらわれ出ててくる。酒のほうにいくか、異性の方にいくか。ドラッグは違法ですけども、博打の方にいくか、どこかにすごく極度な頭脳を使うと、反動が来る。

これは有名な話で、ドイツの哲学の教授が、難しい哲学の話しをした後、帰って、お母さんのひざまくらで絵本を読んでもらうと。で落ち着いて、次の授業にいくと。バカみたいなもんですけど、落ち着くんだって。

それだけ哲学とか、大学教授で論文書くようなすごい知性を使った人というのは、反動が来るわけですね。もっと使うと異常な行動に出たくなる。

作曲家というのは、それだけの知性を使うので、それをどう自分とつき合っていくのかというふうにみていかないといけないんで、天才の素行をみますと、ある程度、産み出していく苦しみの反動がどう現れているのかということを考えてあげないと。

作曲家にそういう人間性とか、素行の素晴らしい方でたいした曲を作らなかった作曲家と、ほんとに異常じゃないかといって名曲を残したのが、どっちが・・・ですね。

モーツアルトも、アマデウスという映画見たらケーと笑って、要するに好きな言葉が、「うんこ」「おしり」「おしっこ」だった。

それで、とにかく博打しながら、なんか楽譜に書いていたら、それが素晴らしい天上界のメロディーを。

博打しながら、楽譜に書くなんてよくできるなと思うんですけど、その反動ですよ。それだけ、神なるものの曲を作ったモーツアルトというのは結局、博打とか異性の方にいって、「うんこ」「おしり」「おしっこ」というと落ち着くと。

僕もものすごく曲作ったり、カーッと集中した文章を書いたり、集中が何時間も続くとその反動が来て、異常なくらいに「うんこ」といいたくなるんですよね。「おしり」といいたくなるし、「おっぱい」というとなんか落ち着くんですよね。

それから、息子さんのね。中国語で「チンチン」というと「どうぞお入りください」。イタリア語では「チンチン」というと「乾杯」なんですね。日本の場合は「チンチン」というと珍しい珍しい何かということなんですけど。

まーそういうことで、異常なくらい何かシーモネータ、ターミネータ・・・。ギャグをいいたくなる。ギャグ、コント、コメディ、ダジャレをいいながらワッハッハ笑っていくと落ち着くんですね。

こんなバカなことばかりいっていいんだろうかと思って、一生懸命集中すると、こんなまじめなことばかりやっていいんだろうかと思う、と。陰極まりて陽、陽極まりて陰。

東の方を追求していくと、地球丸いから西から出てくる。西を追求すると、地球丸いから東から出てくる。陰極まりて陽、陽極まりて陰。

極限まで集中するとですね、コントとか、ギャグとか、ダジャレとかいいたくてたまらなくなる。いうと落ち着く。こんなバカなことばかりいっていいのかと思って、まじめな世界へ没入する。

まじめな世界へ没入すると、こんなくそまじめなことばかりやってていいんだろうかと考えて、自然にバカなことをいいたくなるんですね。

僕の場合は、酒も飲まないし、タバコも吸わないし、ドラッグももちろんしないし、とにかくギャグで自分の退行化現象と上手につき合ってる。

オーケストラでいうと、主題があって次に展開があって、さらにもう一回モチーフが出てきたときに、スケルツォがあります。何かおかしいもの。そして最後にもう一回展開が来る。

能楽でいうと、シアリアスな能の後に必ず狂言が入って、リラックスさせて、そしてまたシアリアスな能をみるんですね。昔は五番能があって、その間に狂言が二つ、三つあったんですけど、今は能二つに間に一つ狂言が入る。

アイスクリーム食べても、舌が冷たくなると、ウエハース食べて元に戻して、そしてまたアイスクリーム食うでしょ。

お肉も。お肉ばっかり食べていると、脂っこくなるとワインを飲んで口を整えて、それからまたお肉。お肉と赤ワイン。アイスクリームとウエハース、オーケストラのスケルツォ、能楽の中に狂言ですね。

能楽というのは、能と狂言のことなんですね。狂言が能楽の楽なんです。それがないと二番も三番もシアリアスな能をお客さんもみれないわけね。そういう舞台芸術の人間心理をよく計算されて、演能というのは考えられていますね。

そういうことで私にとってのウエハース、赤ワイン、狂言、スケルツォがコント、ギャグ、ダジャレなんです。好きとか嫌いというよりも、これがないと生きていけないですね。
極端に集中したときに自然に出てきますから。これの繰り返しです。まじめ、ギャグ、まじめ、ギャグ。こんなバカなことばかりやってていいんだろうかと思ってまじめになる。こんなクソまじめなことばかりやってていいんだろうかと思って、またギャグになる。こういう繰り返しの循環で自分の退行化現象を上手にコントロールしていく。

僕にとっては、生きるか死ぬかのことなんですよ。ギャグとかコントとかダジャレというのは。これがなかったら、歴代の作曲家とか画家みたいに、変な行動にでてしまう。これがあるおかげで、おかしい。みて楽しいじゃないですか、人に迷惑かけないんで。

私にとっては、これがなくてはならない。生きるか死ぬかという、人に迷惑かけずに、自分の頭脳の健全さを保つ大切なものなんですね。

他の人たちはどうか知りませんけども、多かれ少なかれ、どの人も同じじゃないかと思いますよ。だから、楽しく面白く。つらいときもつらいと思わずに、楽しむのに変えていくという心を持つことによって、僕もノンストップで、やり続けられるわけですね。創作とか。




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2015年11月10日 (火)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年11月6日後半

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2015年11月6日放送分、テーマ「名前」の後半部分を書き取りました。


みすず学苑の名前の由来なんですけど、最初は三十鈴と書いてミスズ。イスズというのは五十鈴と書くんですけどね。五というのは真ん中に進出していく、三というのは産み出していく。だからミスズは、三十の鈴を産み出していく。鈴は若い人間の魂をあらわす。

ミスズという音は、信濃の国の枕詞なんですね。みすずかる信濃の国にます・・・・・・。
諏訪大社にいったときに、ミスズ学苑をつくっていく財政的援助をしてくれて、やろうよという気運が出た。これは諏訪大社の無から有を生む神様。

だから、すわ一大事の時に、会社が倒産してこれからどうやったらいいかとか、初めて会社をする時にどうなのか、あるいは逆に、選挙で落選してこれから一からやるというような時には、そういうときは諏訪大社に行くと、本当にすわ一大事なんで、ぶわっとこの、諏訪の龍神さんのようなかたちで、柱が立ってくる。

だから、ほんと御柱祭りみたいに、売上の柱、人材の柱、無から有を生んでいく時の柱ができるということを、みなさん経験則で感じているから、七年に一回の御柱祭りって、みんな熱心にやるんですね。

諏訪南宮上下法性大明神というんで、武田信玄も諏訪大社を崇敬しておった。高島城のお祭の時、必ず雨が降りだすんですよ。地元の人が、そろそろ雨が降るぞって、本当に雨が降るんですよ。そういう龍神さんがいるんだっていう熱心な信仰に基づいてあの御柱祭り、七年に一回のものが続いているわけです。

その諏訪大社行った後に、ミスズ学苑を、私が二十六の時です。学苑というのも囲いのない苑なんで、新宿御苑の”苑”にしてある。これがミスズ学苑の由来。

たちばな出版の由来というのは、私どもの先生が橘カオルさんというペンネームを持っていたんで、たちばな。

タチバナってミカンのことでね。皮をむくといっぱい袋が出てくるんで、ミカンは縁起のいい果物とされて、お正月に鏡餅だしますね。その上に昆布をのせて、ダイダイをのせる。これ代々(だいだい)続いていくということなんです。

ミカンというのは、袋がいっぱい集まっていますでしょ。人がいっぱい集まってくると。だから、色んなものが集まってくる。右近の橘、左近の桜。本もまだ未完です(笑)。そういうことで、これがたちばな出版の名前の由来です。

ペットにどんな名前つけたらいいのか?
たとえば、目の前におります放送作家さん、桂というね。名字じゃなく、名前の最初の音によってですね、性格がだいたい決まってくる。

桂(かつら)は、「あ」で始まるでしょ。活発、活動的な人が多いです。「ひでき」「ひでこ」「ひでお」とか「い」で始まる人は、非常に頭が緻密な人が多いです。「お」母音で始まる人はおおらかな人が多いです。「さしすせそ」で始まる人は、芸術的な才能がある人が多い。

最初の母音の音によって、性格がだいたい、おおまかなあれですよ、決まるんで。ペットの名前をつけるんだったら、活発なペットにしたいんだったら、「あ」母音で始まる「たかお」とか。

芸術的な犬とか猫にしたいんだったら、「さしすせそ」で始まる、「さると」でもいいし、「さすけ」とか「さるとび」でもいいし。「よさく」だったら「お」母音なんで。

「やゆよ」で始まる人は魅力的な人が多いです。「やすこ」とか「やえこ」とか「ゆうたろう」とか「ゆめこ」とか「ゆまこ」とか「ようこ」とか。

さて、芸術的なセンスをとるか、頭の賢さをとるか、活発なのをとるか、おおらかなのをとるか。おおまかななんですがそのような性質になってきます。呼び続けるわけですから。

私も猫を飼っていたことがありまして、猫好きの気持ちを理解しようと思って、チンチラとゴールデンとヒマラヤンの三匹を飼いました。チンチラが一番賢かったけどね。

猫は、本人の気分によってゴロゴロっと来たり、こっちが疲れておーいおいでと呼ぶと、フーンとあっちへ行く。目と目が合ったときはフーっと怒るわけですよ。

お前に何か悪いことしたおぼえはない。目と目が合っただけで、なんでフーと飼い主が怒られなきゃならん。お前の食費をだれが払ってると思ってるんじゃ。

毎回、いいキャットフードを買っているのに、そうやって疲れて帰ってきた時にフーと怒るわけですよ。お前に怒られる筋合いないというかたちで、やっぱり僕には猫は合わないな、と思いましたね。

チンチラが一番賢かったけど、プライド高いです。ゴールデンのほうがまだね。ヒマラヤンがどっちかっていうと、ワイルドな感じで人間性というか猫性はよかったけどね。

犬は、特に日本犬というのは主人(あるじ)が帰るまで、おしっこを辛抱しているし、餌も食べないで待っているというので、それがかわいいですよね。忠誠心があるから。

日本犬はね、秋田犬も土佐犬も柴犬も紀州犬も忠誠心ありますよ。主人に絶対的に。ところが、ヨークシャーテリアなんていうのは外国ですんで、主人が替わっても、替わった主人にパッパと尻尾振っていくから。

日本人の性質そのものですよ、日本犬というのは。ところがそれだけ忠誠心あると、主人が帰るまで、ずっとおトイレがまんして、ご飯も食べないで待っているというのは、忠義なんだけどね。責任があるから。

しかし、犬のほうは、ラブラドール犬なんて、うんとフレンドリーでね。ヨークシャーテリアも、ヨーキーっていうんですけどね。ワイヤーヘアードフォックステリアという犬が一番神経質でしたよ。秋田犬も子供の時飼ってもらったんだけど、賢かったですね。

犬はちゃんと面倒みてあげないといけないし、なついてくるし、疲れて帰ってきたときもいつも尻尾振ってくるから、心がなぐさまるしね、裏切られませんよ。

犬は三日受けた恩を一生忘れない。猫は一生の恩を三日で忘れるといいませけど。

そういうふうに、ほったらかしにしていいから猫のほうがいいといって、今は猫ファンが多いです。

一応、猫飼ってみて、昔はリスも飼っていました。鳥も飼いましたね、ジュウシマツ。

たちばな出版で、リストラ・キャンペーンといってね、本当のリスを書店さんに貸してあげるんですよ。トラは飼えないので、たちばな出版の本を買うとワンカップ大関をあげるということで、これ飲んで自分でトラになってくれって・・・・・・。それで、リストラ・キャンペーンって。全国の書店でやったことありますね。

そんなこと、誰が考えるんだって、私が考えるんだけどね。

で、色々なペットを飼いました。タバコを吸いませんけども、タバコを吸う人に言いたいのは、ペットでタバコを吸わないで、と(笑)。ほんとのに、火事になりますので、気をつけていただきたいなと思います。これが今日のトークのまとめでございましたね(笑)。


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2015年11月 8日 (日)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年11月6日前半

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2015年11月6日放送分、テーマは「名前」、前半部分を書き取りました。


ウルトラマンの話という物語がありまして、ウルトラマンがビルの上からショワッチュって飛んだんですね。そうすると、どういうわけか空を飛べなくて、真っ逆さまに地面にズドーンと落ちて、顔面から、それで歯がボロボロになっちゃって、これがウルトラマンの歯無しという・・・・・・。

それよりは、もうちょっと実のあるのが私の話です。
今週のテーマは「名前」です。
名前というものは一生もの。マイナンバーも一生もの。

(※ウルトラマンのギャグは、東海林 桂さんとのやりとりがあり、東海林 桂さんがずっと笑っています))

「ウルトラマン、電話だよ」「ジュワッキ」というのがありますけどね。

じゃ、ウルトラマンの好きなヤクルトの人は?(※東海林 桂さん)
「ジョワ」でしょ。

「ウルトラマン、歳いくつか知っていますか?」
「ジュハッチ」

「ウルトラマン、海外旅行か?」
「ジャワ」ってのがあるんですけどね。

「ウルトラマン、湖だ」
「スワッコ」というのがあるんですけどね。

「ウルトラマン、マゾヒスト好きか?」
「シバッテ」というのがあるんですけどね。

「ウルトラマン、駐車違反だ」
「バッキン」というのがあるんですけどね。

どこまでも続いていくんですけど。

えー、誰にも名前がありますよね。
自分の名前は好きですか?きらいですか?
オオバさんという名前に、カナコという名前はね。
オオバカナコになりますからね。

京都に僕の後輩でね、サキコさん、ていてね。
後輩の友達に、マタくんというのがいましてね。
マタ君とサキコちゃんが結婚したら、マタサキコだなってね。

こんな名前の方がきました。
ラジオネーム南の家族さん。

はじめまして、深見東州さんの番組を聴きました。
深見東州という名前は、どんな由来で考えられたのでしょうか。
本名との差は何でしょう。

私が34歳で、今から30年前に初めて日本文芸社で本を出しました。「神界からの神通力」。その時ヒョウドウさんという社長だったんですけどね。その時に、ペンネームのほうがいいということで、最初に出たのが深見青山という名前でしたね。

南海に遊び、青山に至る。観音様は蓮台聖とか南海大士、色々な名前があるんですけど。青山というのは、観音霊場、青い山。山と海が隣接しているのを観音霊場といって、四国だったら足摺岬がそうですね。神戸もそうですね。そういう神いますところを青い山と書いて、青山というわけですね。

この名前は、艱難辛苦が多いんで、付けてくれた先生に、これは若いときの名前で、ある程度の歳になったら名前を変えるんですよ、と。

たとえば、イナダがワラサになって、ハマチになって、ブリになるように、これは私のワラサの頃の名前ですかね。それから43歳の時に深見東州にしたわけです。

この東州というのはどういう意味かといいますと、深見というのは深く見るということです。何を見るのか?東州というのは実は、中国から見た日本のことを東州といいます。

これは最澄の書いた「山家学生式(さんかがくしょうしき)」というものがありまして。こういう山をつくり12年間の修業の項目をつくったという、そういう宣言になるような本なんですけど。

そこで国宝のことをいっているわけですね。道心があってよくこれを人に語る人は、道のよき語り手。それをよく実践する人は、道のよき実践者。そして、道心があってよく人に語り、よく実践する人、これを国宝というんだ。国宝というものは金銀財宝とか、骨董品とか、そういうものではないんだ。本当の国宝というものは人材なんだ。

比叡山というものは、中心にあるものは法華経です。それから禅、密教、律。律というのは道徳ですね。この4つの学習項目は、仏法を広めるというよりもそういう人材を育てるんだ。だから、12年間あそこにいるわけです。

真言宗というのは、高野山は真言宗を広める。ですけど比叡山は人材を育てるところだ、という宣言がこの山家学生式にあるわけですね。

その中に書かれている「東州」というのが中国から見た日本のことをあらわす。だから、日本のことを深く見ると。日本文化、日本経済、日本の芸術、日本の宗教、日本の歴史。そういうのが深見東州の由来なんですけど。

比叡山はそういうのでね、宗派を広めるというよりも、人材を育成する。その人材こそが国の宝。

実はその、鑑真和上が日本に来たときには、8世紀ですね。小乗仏教の戒壇、要するに小乗仏教のお坊さんになる資格を与えるというのをつくったわけです。

で、大乗仏教の戒壇が日本になかったんです。それを最澄はつくろうとしておったんですけども、生きているときにはできなかった。で、最澄が亡くなった次の年くらいに、空海が、朝廷に働きかけて、許可がおりたわけです。ですから、亡くなった次の年に認められた。

だから比叡山というのは大乗仏教の正式なお坊さんになれる資格を与える、この大乗仏教戒壇を設けるというのが最澄の夢で、そしてそういう道心、仏法を極めていこうという道心を持って、よく実践し、よく人に伝える人材を育てる、その最澄の山家学生式で宣言したように、鎌倉時代になってきたら、比叡山から、曹洞宗の道元、臨済宗の栄西、日蓮上人、一遍上人、法然、親鸞。

それぞれ法華経だったり、禅だったり、臨済禅という公案のほうの禅が栄西で、只管打坐という禅が道元。

それから、踊り念仏の一遍、法華経の日蓮上人、南無阿弥陀仏の浄土宗の法然、親鸞。みんな比叡山から出て、一つの宗派に拘泥せずに時代と社会にあった形で広めていく、そういう母なる要素ですね。比叡山は。

真言宗は、高野山の弘法大師さんがスーパースターで、イエス・キリストみたいな形で、南無大師遍照金剛、南無は帰依するという意味ですから。ですからキリスト教みたいな感じですね。

父のような大天才、弘法大師と母のような比叡山、この比叡山と高野山がずっとね、戦国時代まで日本の社会の中心になっていた。これを黒田俊雄という有名な学者がですね「顕密体制論」。

鎌倉仏教といってもね、戦国時代の一向一揆が出てくるまではちっちゃな、マイナーな新興宗教に過ぎなかった。一向一揆が出てきて、初めて社会に勢力を持ってきた。

それまでは、比叡山と高野山、そして南都六宗ですね。これが顕密体制論。これが有名な論文で世界で引用されている。

そのようなことでですね、宗派に拘泥せず、本当の国宝、道心を持ってよく実践し、よく人に語る、その国宝をつくろうとした最澄のようにですね。私もそういう立派な人材に自分がまずなって、よく実践し、よく人に語り、そしてそういう人を育てていく。

日本の国というものを深く見てですね。最澄の本当の国宝は人なんだよという精神をですね、僕も見習いたいな、ということで、この深見東州というペンネームにしたわけです。直感的にひらめいたんですけど、意味はそういう意味です。

ペンネームを使うとね、自分じゃない自分が出てくる。本名は生のまま自分です。音も画数あるんでしょうけど、ペンネームを使うと違った自分が出てくるということでね。それがペンネームの由来ですし、本名との差です。




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2015年11月 4日 (水)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年10月30日放送の後半部分を要約して書き取り

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2015年10月30日放送分、テーマは「中年」の後半部分を要約して書き取りました。


私は、ゴルフはプロとしかまわらない。プロに絶対負けるかということで、一番下手なシニアのプロに勝つ、そういう目標があったら体を鍛えられるんですよ。

ゴルフというのは自然と一体となる。フィトンチットも出ているし、人とのアソシエーションもできますからね。

そういう研究した分だけ、スリムでいられるし、長生きできる。それを超えた病気で死ぬときは、もう運命だからね。でも、自分の怠りで病気になって死ぬということは、責任ある立場として、申し訳ないことです。そういう気持ちで私は努力しているんですけどね。

ゴルフで面白い話があります。半分ジョークで半分本当で、ゴルフの効用といえるんですけども。

アジアで成功する外交官、政治家、ビジネスマンには3つの条件があるといわれている。それは、ゴルフをすること、カラオケを楽しむこと、ドリアンを美味しく食べれること。

アジアはゴルフに費用がかかるので、一定以上の階級の人でないとなかなかゴルフできない。オーストラリアでは、プレーフィーが1000円とか500円とかね。メンバーなんて年間2、3万だしたら、毎回ただでやれる。こういうクラブシステムはオーストラリアとかイギリス、アメリカなんかにあるんで、安いから、ゴルファーも子供の頃から環境に恵まれてますね。だからいいゴルファーが育つ。

日本の場合は、ジュニアの優遇はありますけど、やっぱりちょっと費用がかかる。高いですね。アジアも日本と同じです。

そういうことで、ゴルフをしていないとなかなか出世できない。それから、一緒にカラオケでワーっと楽しまないと、お酒が好きな人たちも多いので、友達関係が広がらない。ドリアンもおいしく食べないとアジア人とはいえない、と(笑)。

私は今、カンボジアの福岡名誉領事もしておりますし、フンセン首相の首相顧問もし、政府顧問もしています。全ての発端はゴルフだったんです。

もちろん、小林旭さんとか、クリントンも、マイケル・ボルトン、みなゴルフを通して親しくなった人たちばかりです。

カンボジアのフンセンさんと初めて会ったときは、カンボジアに24時間の救急病院を作ったり、学校を寄付したり、今は大学も作り、テレビ局、ラジオ局も大学でかって。大学の総長もしておりますし、そこでも教えています。孤児院も運営しております。

そういうようなことで、フンセンさんに会う機会がありまして、プロトコル・レディ、秘書といいましょうか、案内をしてくれる人が、厳しい顔で「首相に会うのは、必ず15分以内でお願いします」というんです。「はい、わかりました」と。

フンセンさんと初めて会って、すごい迫力でね。

「ところで、フンセン首相はハンディキャップは4と聞きましたけども、どういう理由でゴルフはじめたんですか?」って聞いたら、ニッと笑って、「医者のススメでねぇ」

「どこで練習していらっしゃるんですか?お忙しいのに」「事務所でこういう網を張ってアプローチの練習をしているんだ」

「息子さんも・・・?」「息子は300ヤード飛ばすので、僕はプロにしたいんだけども、家内が反対してね」

「どんなクラブ使ってるんですか?」「ホンマのアレを使ってて」「ドライバーは?」「ドライバーはこんなだけど、なかなか本物のがなくてねえ」「ボールはなんですか?」「ボールはこれを使って」「パターはピンパターに決まっているんですか?」「カンボジアはどんなゴルフ場が・・・?」

それで結局、今度私が使っているクラブ持ってきますから、日本のいいやつを、っていったら。「うん、頼むよ」って、1時間半話していました。

プロトコル・レディが笑っちゃって、好きにして頂戴ってかたちで。

それから、今度カンボジア行くときに約束どおり、日本のいいクラブ。ヘッド、シャフト、グリップ、角度、これをスペックというんですけどね。フンセン首相に持っていったら、「ほお~」と。長尺シャフトを持っていったら、わざわざ手紙が来ました。「あなたの持ってきてくれたクラブは、過去最も飛んで、まっすぐで、飛距離が最高で、いいクラブありがとう」って、わざわざ英文でお礼の手紙が来ました。

唯一ゴルフのみがお接待に使えるんですね。
お接待でエベレスト登るか、お接待で水泳するか、お接待でトライアスロンするか、お接待でラグビーするか。なかなかできないです。

ゴルフの魅力は、お接待に使える、アソシエーションに使える。酒飲むと体にくるし、麻雀してるとたばこの煙とか、座り続けるけど、ゴルフは本当に健康になる。

ジョーリンターナー(ディープパープル、レインボーのシンガー)、彼もゴルフ好きです。60過ぎてでも、ちゃんと歌っている人はほとんどの人がゴルフやっている。

ゴルフの唯一の欠点は何かというと、面白すぎるということなんだ。これがゴルフの格言であるくらいですから。

ゴルフの話っていうのはたくさんありますので、これからも面白い話を紹介したいと思います。


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2015年11月 2日 (月)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年10月30日放送の前半部分を要約して書き取り

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2015年10月30日放送分、テーマは「中年」の前半部分を要約して書き取りました。


精神的には年齢を忘れているが、肉体的にはきちっと年齢を考えて、この年齢になるとどうなるかを分析して、完璧に克服する努力をしている。だから、年齢は忘れたり、しっかり覚えたりです。

僕はたくさん会社とか組織を運営し、経営しているので、社員を路頭に迷わすことができない責任というものがある。真剣勝負でメタボやおなかぽっこりと闘っている。

現代の病気というのは、難病もあれば、感染症もあれば、遺伝的なものもあるんですけども、今の病気というのは三つの原因がほとんどだといわれている。

寝不足、運動不足、ストレス。この三つが生活習慣病という中で、ほとんどの原因です。
メタボリックシンドロームというものについて研究しました。なぜかというと、お医者さんというものを全然信じていませんから。お医者さんも、病院も信じていません。セカンドオピニオン、サードオピニオンでは全然反対のことをいいますから。

結局、自分の健康は自分で守るしかない。

大きく分けて、血管の病気と、腫瘍の病気が一番多いですよ。血管の病気というのは動脈硬化。血管が硬くなって収縮していくと、脳梗塞、脳溢血、心筋梗塞、腎不全。細かい毛細血管があるところがやられます。

もうひとつは腫瘍ですね。糖尿病になってくるとガンの発生率が増えてきて、肝臓ガン、膵臓ガン、胆のうガンの三つが多くて、要するに臓器に隣接しているもの。

糖尿病になって恐いものは合併症ですが、それよりもガンの発生率が高くなるというのが一番の問題。

糖尿病になったら、糖尿病の本全部読んで、糖尿病の専門の医者よりも詳しくなるように勉強しています。

肉体というものは歳とともに衰えるので、52、3歳を過ぎたらいつ死んでもおかしくないと考えて、徹底的に今も勉強しています。

免疫力が弱くなることによって、いろいろな感染症が起きてきますね。感染症もウイルスとか菌が出てくるのと同時に、常在菌が悪さしてダメになってくる。これが難病とか奇病が多いです。

ですから勝つためには免疫力を高めるしかない。メンタルな面が一番大事ですね。免疫力というのは意志の力というのが第一です。

それと生活習慣病の3大理由。ストレスのため過ぎ、睡眠不足、運動不足で免疫力落ちます。
ストレス溜めずに、ぐっすり寝て、しっかり運動していたら、ほとんどの病気が治るし、病気にならない。それは免疫力が高くなってくるから。

そういう日頃の努力を怠っている人がサプリメントにはまるんです。サプリメントも適度にはいいんですけども、根本的な部分をおろそかにしないこと。

メタボについて、
皮下脂肪は悪さをしないんです。問題は内臓脂肪。痩せていても内臓脂肪があることがある。ウエストが94cm以上といわれているんですけど、これを越えると、内臓脂肪が悪さをする。

脂肪が血管へ出てくると、高尿酸症、高血糖値、高脂血症、高血圧。この悪の元凶は何かというと、内臓脂肪なんです。これが一定以上になると、血管に溶け出して、リンパに溶け出して、やられてしまうわけです。

ですから、内臓脂肪をいかに溜めないか。溜めたらいかに燃やし尽くすか。

中年のメタボリックシンドロームで、一番健康診断で問題なのは、内臓脂肪のつきすぎなんですよ。

そこをどう越えていくのかということを医学的にも研究してですね。闘っていくということが、責任ある会社の社長や役員。お子さんがまだ小さい場合は、お父さん頑張って。子供の養育費や、住宅ローンがある場合は返済するまで、頑張って長生きしなきゃいけないです。
責任として健康というものを保たなきゃいけない。

健康管理をするということもストレスになってくる。私の場合は、ストレスなく健康管理ができるというのは、ゴルフしかない。




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