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2015年11月 8日 (日)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年11月6日前半

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2015年11月6日放送分、テーマは「名前」、前半部分を書き取りました。


ウルトラマンの話という物語がありまして、ウルトラマンがビルの上からショワッチュって飛んだんですね。そうすると、どういうわけか空を飛べなくて、真っ逆さまに地面にズドーンと落ちて、顔面から、それで歯がボロボロになっちゃって、これがウルトラマンの歯無しという・・・・・・。

それよりは、もうちょっと実のあるのが私の話です。
今週のテーマは「名前」です。
名前というものは一生もの。マイナンバーも一生もの。

(※ウルトラマンのギャグは、東海林 桂さんとのやりとりがあり、東海林 桂さんがずっと笑っています))

「ウルトラマン、電話だよ」「ジュワッキ」というのがありますけどね。

じゃ、ウルトラマンの好きなヤクルトの人は?(※東海林 桂さん)
「ジョワ」でしょ。

「ウルトラマン、歳いくつか知っていますか?」
「ジュハッチ」

「ウルトラマン、海外旅行か?」
「ジャワ」ってのがあるんですけどね。

「ウルトラマン、湖だ」
「スワッコ」というのがあるんですけどね。

「ウルトラマン、マゾヒスト好きか?」
「シバッテ」というのがあるんですけどね。

「ウルトラマン、駐車違反だ」
「バッキン」というのがあるんですけどね。

どこまでも続いていくんですけど。

えー、誰にも名前がありますよね。
自分の名前は好きですか?きらいですか?
オオバさんという名前に、カナコという名前はね。
オオバカナコになりますからね。

京都に僕の後輩でね、サキコさん、ていてね。
後輩の友達に、マタくんというのがいましてね。
マタ君とサキコちゃんが結婚したら、マタサキコだなってね。

こんな名前の方がきました。
ラジオネーム南の家族さん。

はじめまして、深見東州さんの番組を聴きました。
深見東州という名前は、どんな由来で考えられたのでしょうか。
本名との差は何でしょう。

私が34歳で、今から30年前に初めて日本文芸社で本を出しました。「神界からの神通力」。その時ヒョウドウさんという社長だったんですけどね。その時に、ペンネームのほうがいいということで、最初に出たのが深見青山という名前でしたね。

南海に遊び、青山に至る。観音様は蓮台聖とか南海大士、色々な名前があるんですけど。青山というのは、観音霊場、青い山。山と海が隣接しているのを観音霊場といって、四国だったら足摺岬がそうですね。神戸もそうですね。そういう神いますところを青い山と書いて、青山というわけですね。

この名前は、艱難辛苦が多いんで、付けてくれた先生に、これは若いときの名前で、ある程度の歳になったら名前を変えるんですよ、と。

たとえば、イナダがワラサになって、ハマチになって、ブリになるように、これは私のワラサの頃の名前ですかね。それから43歳の時に深見東州にしたわけです。

この東州というのはどういう意味かといいますと、深見というのは深く見るということです。何を見るのか?東州というのは実は、中国から見た日本のことを東州といいます。

これは最澄の書いた「山家学生式(さんかがくしょうしき)」というものがありまして。こういう山をつくり12年間の修業の項目をつくったという、そういう宣言になるような本なんですけど。

そこで国宝のことをいっているわけですね。道心があってよくこれを人に語る人は、道のよき語り手。それをよく実践する人は、道のよき実践者。そして、道心があってよく人に語り、よく実践する人、これを国宝というんだ。国宝というものは金銀財宝とか、骨董品とか、そういうものではないんだ。本当の国宝というものは人材なんだ。

比叡山というものは、中心にあるものは法華経です。それから禅、密教、律。律というのは道徳ですね。この4つの学習項目は、仏法を広めるというよりもそういう人材を育てるんだ。だから、12年間あそこにいるわけです。

真言宗というのは、高野山は真言宗を広める。ですけど比叡山は人材を育てるところだ、という宣言がこの山家学生式にあるわけですね。

その中に書かれている「東州」というのが中国から見た日本のことをあらわす。だから、日本のことを深く見ると。日本文化、日本経済、日本の芸術、日本の宗教、日本の歴史。そういうのが深見東州の由来なんですけど。

比叡山はそういうのでね、宗派を広めるというよりも、人材を育成する。その人材こそが国の宝。

実はその、鑑真和上が日本に来たときには、8世紀ですね。小乗仏教の戒壇、要するに小乗仏教のお坊さんになる資格を与えるというのをつくったわけです。

で、大乗仏教の戒壇が日本になかったんです。それを最澄はつくろうとしておったんですけども、生きているときにはできなかった。で、最澄が亡くなった次の年くらいに、空海が、朝廷に働きかけて、許可がおりたわけです。ですから、亡くなった次の年に認められた。

だから比叡山というのは大乗仏教の正式なお坊さんになれる資格を与える、この大乗仏教戒壇を設けるというのが最澄の夢で、そしてそういう道心、仏法を極めていこうという道心を持って、よく実践し、よく人に伝える人材を育てる、その最澄の山家学生式で宣言したように、鎌倉時代になってきたら、比叡山から、曹洞宗の道元、臨済宗の栄西、日蓮上人、一遍上人、法然、親鸞。

それぞれ法華経だったり、禅だったり、臨済禅という公案のほうの禅が栄西で、只管打坐という禅が道元。

それから、踊り念仏の一遍、法華経の日蓮上人、南無阿弥陀仏の浄土宗の法然、親鸞。みんな比叡山から出て、一つの宗派に拘泥せずに時代と社会にあった形で広めていく、そういう母なる要素ですね。比叡山は。

真言宗は、高野山の弘法大師さんがスーパースターで、イエス・キリストみたいな形で、南無大師遍照金剛、南無は帰依するという意味ですから。ですからキリスト教みたいな感じですね。

父のような大天才、弘法大師と母のような比叡山、この比叡山と高野山がずっとね、戦国時代まで日本の社会の中心になっていた。これを黒田俊雄という有名な学者がですね「顕密体制論」。

鎌倉仏教といってもね、戦国時代の一向一揆が出てくるまではちっちゃな、マイナーな新興宗教に過ぎなかった。一向一揆が出てきて、初めて社会に勢力を持ってきた。

それまでは、比叡山と高野山、そして南都六宗ですね。これが顕密体制論。これが有名な論文で世界で引用されている。

そのようなことでですね、宗派に拘泥せず、本当の国宝、道心を持ってよく実践し、よく人に語る、その国宝をつくろうとした最澄のようにですね。私もそういう立派な人材に自分がまずなって、よく実践し、よく人に語り、そしてそういう人を育てていく。

日本の国というものを深く見てですね。最澄の本当の国宝は人なんだよという精神をですね、僕も見習いたいな、ということで、この深見東州というペンネームにしたわけです。直感的にひらめいたんですけど、意味はそういう意味です。

ペンネームを使うとね、自分じゃない自分が出てくる。本名は生のまま自分です。音も画数あるんでしょうけど、ペンネームを使うと違った自分が出てくるということでね。それがペンネームの由来ですし、本名との差です。




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