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2015年11月19日 (木)

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」2015年11月13日前半

「深見東州のぜんぶ私の歌、ぜんぶ私の話」
ラジオNIKKEI第1 毎週金曜日 23:30~24:00
提供:たちばな出版 みすず学苑
事業家、教育者、芸術家など多彩な顔を持つ深見東州氏が物事の森羅万象を語る新時代の“ラジオエッセイ”です。

2015年11月13日放送分、テーマは「笑い」。前半部分を書き取りました。


「笑う門にも服は着たほうがいい」
私がギャグの本をたくさん出版しておりますし、「ベティの心があたたまるさむい本」「ポパイの心があたたまるさむい本」というのも出しております。

版権が切れておりますので、ベティとかポパイでなかなか出せないんですけど、売れ残っている分は、まあいいんじゃないかということで、まあ・・・。

それ以外に、「笑う門にも服は着たほうがいい」というギャグの本が三冊、四冊と。吉本でギャグ一〇〇連発というビデオが出まして、それよりも三倍面白いということで、ギャグ三〇〇連発を出して、それよりも二倍面白いということでギャグ六〇〇連発を出して、次にギャグ八八八連発を出して、次にギャグ一〇〇〇連発は今制作中ですけど。

僕は大学の頃から、そういうギャグ・パフォーマンスというものをやったわけです。大学の時、ESS(English Speaking Society)で、中学のESSというのは中学生なりの中身のESSで、歌うたったり、会話を覚えたりですけど。

大学生になってくると、大学の中身のあるESSで、大学はディベート、ディスカッション、スピーチコンテスト、ドラマ、英字新聞、と五つのセクションがありました。

我が同志社大学というのは、その当時四〇〇人の部員がいて、日本一の大学のクラブだったですね。サークルというよりも学術団でしたから、めちゃくちゃハードで。

そのディスカッションは、対外試合二九回。明治大学、明治学院大学、早稲田大学、慶応大学、日本女子大学ですね、よくやっていたのは。

関西では、関西大学、関西学院大学、立命館大学とよくやってました。あと九州は、西南学院大学。名古屋では南山大学。青学は一回やったくらいですかね。

ディスカッションは、物価問題についてとか、安保問題についてとか、英語で八時間くらいディスカッションするわけですよ。僕がチェアマンしたり、その経験が今、WSDという組織でモデレータをやっていますけど。あれ全部、英語でやっていましたんで。

モデレータというのは、いわば議論をまとめて進めていくチェアマンシップですね。あと、パネラーとかディスカッションする人をディスカサントといいますけどね。

大学の交歓ですから真剣勝負の議論をするわけですよ。全部終った後、エンターテイメントの、エンタテ、エンタテといって・・・。それぞれの大学がビール飲んで乾杯して、楽しい交流会でですね、お互いやるわけですね。

日本女子大学でやるときは楽しいですね。本女のみなさんは・・・。明治大学とか、慶応、早稲田は・・・。関西では、関学が・・・。

私は、それでウルトラマンシリーズなんかをね。

ウルトラマン電話だよ。ジュワッキとか。

ウルトラマン歳いくつ。ジュハッチとか。

ウルトラマン、ヤクルト飲むか。ジョワとか。

ウルトラマン、海峡渡っているのか。ドーバーとか。

ウルトラマン、駐車違反だ。バッキンとか。

ウルトラマン、マゾヒズム好きか。シバッテとか。

ウルトラマン、湖だ。スワッコとか。

ウルトラマン、海外旅行か。ジャワとか。果てしなく続いていくんですね。

ウルトラマン、着物の裾はだけて見えてるよ。ジュバンとか。

いろんなウルトラマンシリーズをずっと作ってね。そういうのが、私が大学の頃から、ギャグ、コント、ダジャレ、いろんなシリーズを。そういうようなものが、ギャグ六〇〇連発とか、八八八連発にあります。

笑うというのは、免疫力が上がるんですね。ワーと笑うとNK(ナチュラルキラー)細胞が20%、30%・・・。だからいつも笑っている人は自然に免疫力が上がるし、リラックス効果がある、ストレスが発散できる。

ということで、私の極限まで集中した後って、やたらと下ネタをいいたくなる。やっぱり、ターミネータとシーモネータというのは、男にとって重要なものでしてね。男の力ですよ。ターミネータとシーモネータはね。

これは、心理学用語で退行化現象、高度な知性を使うとその反動がくるわけですよ。例えば芸術家でいうと、作曲家のような、すごい神経と頭脳と集中を持ってグワっと曲を絞り出すでしょう。

だから、作曲家でまともな人は一人もいない。一番まともなのは、メンデルスゾーンといわれているんですけど、頭痛持ちで、いつも頭痛と闘っていました。

ベートーベンなんていうのは、曲ができないーって、ドンドン、ドンドンやるから、常に大家さんから追い出されて、叫びながらやったり、荷物を片付けなくて、ずーっとゴミだらけにするもんだから、大家が怒って、追い出されて常に家を転々としておった。

でも、そうだからといって、音楽史に残るあのベートーベンの偉大さは誰も否定できない。それだけ高度な頭脳を集中させると反動が来るわけですよ。

チャイコフスキーなんていうのは、あれだけ素晴らしい・・・。最終的には、ホモの近親相姦ですからね。それだけ、異常なる何かを求めたくなるという。それで落ち着くんですね。

ですから、天才っていうのは、タイガーウッズでもそうですし、みんな多かれ少なかれ、どこかにあらわれ出ててくる。酒のほうにいくか、異性の方にいくか。ドラッグは違法ですけども、博打の方にいくか、どこかにすごく極度な頭脳を使うと、反動が来る。

これは有名な話で、ドイツの哲学の教授が、難しい哲学の話しをした後、帰って、お母さんのひざまくらで絵本を読んでもらうと。で落ち着いて、次の授業にいくと。バカみたいなもんですけど、落ち着くんだって。

それだけ哲学とか、大学教授で論文書くようなすごい知性を使った人というのは、反動が来るわけですね。もっと使うと異常な行動に出たくなる。

作曲家というのは、それだけの知性を使うので、それをどう自分とつき合っていくのかというふうにみていかないといけないんで、天才の素行をみますと、ある程度、産み出していく苦しみの反動がどう現れているのかということを考えてあげないと。

作曲家にそういう人間性とか、素行の素晴らしい方でたいした曲を作らなかった作曲家と、ほんとに異常じゃないかといって名曲を残したのが、どっちが・・・ですね。

モーツアルトも、アマデウスという映画見たらケーと笑って、要するに好きな言葉が、「うんこ」「おしり」「おしっこ」だった。

それで、とにかく博打しながら、なんか楽譜に書いていたら、それが素晴らしい天上界のメロディーを。

博打しながら、楽譜に書くなんてよくできるなと思うんですけど、その反動ですよ。それだけ、神なるものの曲を作ったモーツアルトというのは結局、博打とか異性の方にいって、「うんこ」「おしり」「おしっこ」というと落ち着くと。

僕もものすごく曲作ったり、カーッと集中した文章を書いたり、集中が何時間も続くとその反動が来て、異常なくらいに「うんこ」といいたくなるんですよね。「おしり」といいたくなるし、「おっぱい」というとなんか落ち着くんですよね。

それから、息子さんのね。中国語で「チンチン」というと「どうぞお入りください」。イタリア語では「チンチン」というと「乾杯」なんですね。日本の場合は「チンチン」というと珍しい珍しい何かということなんですけど。

まーそういうことで、異常なくらい何かシーモネータ、ターミネータ・・・。ギャグをいいたくなる。ギャグ、コント、コメディ、ダジャレをいいながらワッハッハ笑っていくと落ち着くんですね。

こんなバカなことばかりいっていいんだろうかと思って、一生懸命集中すると、こんなまじめなことばかりやっていいんだろうかと思う、と。陰極まりて陽、陽極まりて陰。

東の方を追求していくと、地球丸いから西から出てくる。西を追求すると、地球丸いから東から出てくる。陰極まりて陽、陽極まりて陰。

極限まで集中するとですね、コントとか、ギャグとか、ダジャレとかいいたくてたまらなくなる。いうと落ち着く。こんなバカなことばかりいっていいのかと思って、まじめな世界へ没入する。

まじめな世界へ没入すると、こんなくそまじめなことばかりやってていいんだろうかと考えて、自然にバカなことをいいたくなるんですね。

僕の場合は、酒も飲まないし、タバコも吸わないし、ドラッグももちろんしないし、とにかくギャグで自分の退行化現象と上手につき合ってる。

オーケストラでいうと、主題があって次に展開があって、さらにもう一回モチーフが出てきたときに、スケルツォがあります。何かおかしいもの。そして最後にもう一回展開が来る。

能楽でいうと、シアリアスな能の後に必ず狂言が入って、リラックスさせて、そしてまたシアリアスな能をみるんですね。昔は五番能があって、その間に狂言が二つ、三つあったんですけど、今は能二つに間に一つ狂言が入る。

アイスクリーム食べても、舌が冷たくなると、ウエハース食べて元に戻して、そしてまたアイスクリーム食うでしょ。

お肉も。お肉ばっかり食べていると、脂っこくなるとワインを飲んで口を整えて、それからまたお肉。お肉と赤ワイン。アイスクリームとウエハース、オーケストラのスケルツォ、能楽の中に狂言ですね。

能楽というのは、能と狂言のことなんですね。狂言が能楽の楽なんです。それがないと二番も三番もシアリアスな能をお客さんもみれないわけね。そういう舞台芸術の人間心理をよく計算されて、演能というのは考えられていますね。

そういうことで私にとってのウエハース、赤ワイン、狂言、スケルツォがコント、ギャグ、ダジャレなんです。好きとか嫌いというよりも、これがないと生きていけないですね。
極端に集中したときに自然に出てきますから。これの繰り返しです。まじめ、ギャグ、まじめ、ギャグ。こんなバカなことばかりやってていいんだろうかと思ってまじめになる。こんなクソまじめなことばかりやってていいんだろうかと思って、またギャグになる。こういう繰り返しの循環で自分の退行化現象を上手にコントロールしていく。

僕にとっては、生きるか死ぬかのことなんですよ。ギャグとかコントとかダジャレというのは。これがなかったら、歴代の作曲家とか画家みたいに、変な行動にでてしまう。これがあるおかげで、おかしい。みて楽しいじゃないですか、人に迷惑かけないんで。

私にとっては、これがなくてはならない。生きるか死ぬかという、人に迷惑かけずに、自分の頭脳の健全さを保つ大切なものなんですね。

他の人たちはどうか知りませんけども、多かれ少なかれ、どの人も同じじゃないかと思いますよ。だから、楽しく面白く。つらいときもつらいと思わずに、楽しむのに変えていくという心を持つことによって、僕もノンストップで、やり続けられるわけですね。創作とか。




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